15・2今度
いつもどおりに先に来ているリヒター。私の顔を見るなりため息をついた。
「え? 何? 私、もう何かした?」
焦って意味もなく自分の手やカゴや体を見た。
ぶっと吹き出すリヒター。
「ちげえよ」
「えぇ? 何なに?」
やだなぁ。でも笑ってくれてるからいいなかな。
「今日は時間あんぞ。帰りにバルに行くか?」
「本当! やった! ありがとう!」
びっくりだ。今度ねと約束したのは先週だし、めちゃくちゃ面倒くさそうにしていたのに。嬉しすぎてまた泣きそう。
「嬉しいよ!」
「しつけえ」
リヒターが私の肩を拳で小突いて歩きだす。
「へへっ。優しいね!」
「優しくねえよ。別料金だ」
「わかってる! ……あれ? でも何のため息だったの?」
「のんきなアホ面に呆れただけ」
「酷いなあ」
「ニコニコしながら言うんじゃねえ。マゾか」
「だって嬉しいもん。ずぅっとバルに憧れてたんだよ」
「そんな大層なとこじゃねえけどな。まあ俺は楽に稼げるからいいけどよ」
「へへっ」
「『へへ』じゃねえよ。毎度毎度オプションばかりやりやがって」
でも今日はリヒターから誘ってくれたよ、とは言わないでおく。気が変わったら嫌だもん。
「色々やりたいことが沢山あるから仕方ないよ」
「あ? まだ他にもあんのか?」
「あるよ」
「……俺にやらせる気か?」
「引き受けてくれると助かるなあ」
「……ちなみに何だ?」
「えっと、秋祭りとサーカスと……」
「次元がちげえ!」
呆れ声で叫ばれた。
「言い値で払うよ」
深いため息をつくリヒター。
「まずい女に引っ掛かっちまったぜ……」
そう言いながらも引き受けてくれるに違いない。楽に稼げるのは本当だろうけど、間違いなくリヒターはお人好しだ。
傭兵だろうが顔役だろうが、どうでもいい。気にならないと言ったら嘘になるけど、私にとっては今この時があればいい。
雇用主と雇い人の関係だとしても。少なくともリヒターとの会話は料金とは別の話だよね。
「で? 婚約はどうするか結論出たか?」
「え……と。熟考中」
ちらりと視線が寄越されたのを感じる。
「いいけどよ。極論出す前にちゃんと言えよ。がっつり金を巻き上げてやるから」
「うん。がっつり払うから、その時は助けてね」
偽装駆け落ちは幾ら?と喉まで出かかったセリフを飲み込む。
普通に金額を答えられても、私、ショックを受けるだろうなあ。




