14・4リヒターの噂
それにしても小間使い界か。
以前あれこれ調べたとき、フェルグラート家の二人についてはリリーからは何も聞き出せなかったし、逆にウェルナーについてはリリーに聞かなくても簡単に情報が集まった。
だから今まで気づかなかったけれど、リリーたち小間使いの情報網はすごいのかもしれない。
そういえば。色々ありすぎて忘れていたけれど、リリーはリヒターについて警備隊に聞いた、と話していたっけ。
「ねえ、リリー。前にリヒターのことを調べたって話していたわよね?」
はいとうなずくリリー。
「警備隊とも繋がりがあるの?」
彼女の顔がうっすらと赤らみ、表情が緩んだ。
ん? これは?
「彼氏?」
「違います! お友達です!」
「お友達ね。今のところ」
ついニヤニヤしてしまう。リリーが恨めしそうな顔をする。
「隅におけないわね」
「お嬢様だって! いつの間にか恋をしてらっしゃるじゃないですか!」
「……うん」
リリーにもルクレツィアにも賛成してもらえないけど。
気まずい沈黙が降りる。
リリーもしまったという表情だ。
気持ちを入れ換えなきゃ。
「……でね、警備隊は、本当にリヒターを知っているの?」
うなずくリリー。
「要注意人物みたいですよ。あの外見ですからね。表だって悪いことをしている、という事はないらしいですけど、裏町では一目おかれているようです」
「どうして?」
ケンカは強いし、頭の回転も早そうだけど。いたって普通の人に見える。
「噂によると顔役の用心棒たちを一人でのしちゃったとか。別の町の顔役だったとか。色々な説があるみたいです」
「……用心棒たち?」
「警備隊も手を焼くような屈強な猛者たちが何人もいるそうです」
「それをリヒターが? あの人、警備隊なんかよりよっぽど細身だよね」
うなずくリリー。
「有力な説は、以前は傭兵だったって説だそうですよ。彼は剣も使えるみたいです。だけどトラブルを起こして都に逃げてきて、顔を隠してこっそりヒモ暮らししているって話です」
……なんだそれ。
リヒターが傭兵?
全然結びつかない。
だけど私は傭兵に会ったことはない。
お金で雇われ戦に参加するという傭兵。主義主張がないから、お金のためなら昨日まで敵だった陣営にも平気で参加すると聞く。
あまり良い印象ではない。戦をする上で欠かせない戦力らしいけれども。
リヒターがそんな傭兵?
……でも、お金には固執してるか。
口調は汚いし軽い感じがする。けど言うことはわりと常識派だ。歩き方は警備隊っぽいと思ったっけ。
これはどう捉えればいいのだろう?
「彼が悪人ではなくても」リリーは申し訳なさそうな顔をした。「彼はダメですよ。お嬢様が幸せになれる相手ではありません」
「……分かってる。恋人がいるし、護衛をしてもらう以外のことは考えてないから」
私の言葉に安堵の表情を見せるリリー。
ごめんね、リリー。
私は嘘つきだよ。
もしリヒターが恋人と別れて、一緒に来いと言ってくれたら、私は喜んでついていく。
自分でも信じられないくらい、彼が好き。
そんな素敵なお誘いなんてあり得ないだろうけどさ。




