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14・2小間使い界

「眼福でした!」

 買い物を済ませて馬車に乗り込むと、リリーは購入したばかりのハンカチが入った紙袋をぎゅっと抱き締めた。


「そうね、楽しいお店だったわね。また来ましょう」


 違います、と彼女は首を横に振った。

「もちろんお店も素敵でしたけど! アレン・バグナーですよ!」

 誰よそれ?と言いそうになって、思い当たった。


「シンシア様の従者のこと?」

「はい! 小間使い界で大変な話題なんです! フェルグラートの新当主がお連れになったお三方が見目麗しいって。特にアレン・バグナーは一番人気で! ようやくご尊顔を拝めました!」


 なるほど。小間使い『界』か。そういう横の繋がりもあるんだ。

 リリーは私より五つ年上で、未婚。恋人もいないと聞いている。同じ境遇の女の子が集まれば、自然とそういう話になるのだろう。


 彼女にはマルコ僧たちのことは伝えてある。だけど彼女はあの時は怯えきっていたせいで、彼らをよく覚えていないそうだ。

 ちなみに『マルコ』は出家してからの名前なので、今はマルコ僧がブルーノ、ヤコブ僧がラルフという。


 リリーは、噂以上に素敵だったと目を輝かせている。

 小間使いたちには貴族のクラウスよりも、従者のアレンという青年のほうが身近で、憧れるにはちょうど良い距離感なんだろうな。


 そういえば、彼も絹の手袋をしていた。クラウス同様、畑仕事やら大工仕事やらで手が醜いということかな。でも修道士だったとは思えないくらい、従者の振る舞いが板についていた。言葉は不遜だったけど。


 マルコ……じゃなかった、ブルーノとラルフは従者の装いをしても、騎士然とした動作のままだけどね。

 クラウスとアレンのいた修道院は、優雅なところだったのかな。優雅な修道院ってどんなのだか、わからないけどさ。


 今度物知りなリヒターに尋ねてみよう。


「アレン・バグナーは恋人はいないの?」

 主人の方はあれこれ楽しんでいるという噂だけれど。

「わかりません。かなりモテてはいるみたいですけど」

「リリーは? 恋人になりたい?」

 彼女の顔が一気に真っ赤になった。

「まさか! 滅相もない! あんなイケメンの隣に並べるような顔をしてませんもの! 彼は観賞用です!」

 力説する彼女は、本気のようだ。思わず笑みがこぼれる。

「リリーは可愛いわよ」

 それは本当。

「ありがとうございます。でもあれに釣り合うレベルじゃありません! それに……、あ……、と」

 リリーは言いかけて、黙った。

「『それに』?どうしたの?」


 彼女は、二人きりしかいない馬車の中でキョロキョロして、それから

「内緒ですよ」と言った。「シンシア様がアレンに夢中だそうです」

「シンシア様が?」

 はいとうなずくリリー。


 おかしいな。シンシアはウェルナーに夢中になるはずだよね。それなのにあのSっ気従者に? まるで正反対の人物じゃないか。


「だからフェルグラート家の小間使いは、アレンに近づけないみたいです。シンシア様が泣きそうな顔をして見つめてくるのですって」

「……後で意地悪をされるとか?」

 そんな風には見えなかったけれど。

「いいえ! シンシア様が可哀想だから、我慢してるんですって」

「そうなの。好かれているのね」

「はい、昔はひどいわがままなご令嬢だったそうですけど。あるとき急に変わられて、それ以来小間使いたちとの関係も良好なんですって。それでシンシア様がアレンに夢中なのに、アレンは全く気づかないばかりか、態度が冷たいからかわいそうに思っているそうで……」


「ちょっと待って!」

 突っ込みたいところがありすぎるよ!


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