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13・2婚約の真相

「どうして解消したい?」とリヒター。

「そこは内緒」

「……他に好きな男ができたのか」


 息を飲む。

「えっと……」

 まさかリヒターにそう問われるとは思っていなかった! だってガキガキ言われてたし。

「ち、違うよ」

 まさかあなたが好きなせいです、とは言えない。


「こっち来い」

 腕を捕まれ、細い路地に入る。

 大通りから離れたところまで来て、ようやく離された。

「婚約解消したって好きな男と結婚はできねえぞ。王子相手に自分を有責にしちまったら、いくら宰相の娘でも問題物件になる。そう簡単に次の男には乗り換えられねえ」


 あれ。バレてる。

 誤魔化せなかったか。


「そんなことは考えてないよ」ちょっと迷う。だけど言ってしまえ。精一杯の告白を。「だって、か……、片思いだもん」あなたに。「ただ、今の婚約から逃げたいだけ。殿下はいい人だから、心苦しいの」

「そんな理由で解消しようなんて、馬鹿だ」

 片思い発言はするりと流された。誰に?とか気にならないんだね。

「お説教はいらないよ。わかってる、殿下は父様にしてはベストチョイスなの。でもそういうことじゃない」


 リヒターは深いため息をついた。


「……ごめん。忘れて。リヒターなら力になってくれるって勝手に思ってた」


 勝手に相手に期待して、ダメだから落ち込むって……。なんか最近似たようなことで怒られたよね。

 よく考えたらリヒターって、結構常識派なのかも。口調はあれだけど、言うことはいつも筋が通っている。


「お前は世間知らずのガキだよ」

 呆れ声。胸が痛いよ。

「……知ってる」

「なんで宰相が自分の一派じゃない王子と縁組みしたか、お前はわかってないだろ」

「え?」


 見えない顔を見上げる。

「……殿下を自分の一派に引き込むためじゃないの?」

「だったら王子にもっとましな職務を与えてる」

「……そうか」

「裏町はな、王宮のことから貧民街までなんでも情報が入るんだぜ。それを元に悪事を企むんだからな」

「そうなの?」

「俺はしてねえぞ」


 再び腕を引っ張られて、誰かの家の玄関に上がる段差に並んで座った。


「そもそもな、宰相と軍務大臣が仲がいいのは表向きだけって話だ。軍務大臣の方はより力をつけたいからお前を息子の嫁にって望み、宰相の方は逆に力をつけさせたくないから拒否ってた」

「そうなの!?」

「じゃなきゃとっくに婚約済みだ」


 裏町ってのはな、情報がカネになんだよ、とリヒターは言った。


「……情報料を払う?」

「おお、払え。なんで俺がこんな相談に乗んなきゃいけねえんだよ」

「ありがと」

 リヒター、ため息。

「……でな、お前と王子の婚約は、お前の鬼門のフェルグラート公爵封じだ」

「どういうこと?」

「軍務大臣と同じだよ、力をつけさせたくねえ」

「……公爵と私?」

「ちげえ。王子と公爵の妹」

「なるほど」

 そういえば公爵には妹がいたね。

「王子とフェルグラートに手を結んでほしくねえ、って訳だ。自分たちがやったことをそのままやり返されたらたまらないだろ?」


 側室の息子でありながら、王位につくってことか。


「この国の法律に則って考えると、今でも王位への正統性が一番あるのは、血筋がいいフェルグラートだ。ユリウスは暫定の王として即位したから、あの一家は王家の姓を名乗れていない。しかも公爵は人気のあった先代国王にそっくり。それが第二王子側につくと、アホで人気のない王太子の立場がまずくなる。王太子がこけたら、お前の兄が権勢を振るえなくなる」


「……そんな先まで考えてるの?」

「そうだよ。だからこその婚約なんだ。できれば二人の王女にも、宰相の息がかかった奴と結婚させたいらしいぜ。でも適した相手がいねえ。軍務大臣が今、息子を猛アピール中だけど、国王が渋ってる」

「そうなの?」

 ルクレツィア的には喜びそうな話だけど、どうしよう。


「だからな、反対に考えればいい。フェルグラートが死ねば、婚約を解消できるかもしれねえ」

「そういう可能性は考えたくない」

「失脚や追放でもいい」

「論外! 他人に迷惑をかけたくないよ」

 そうかい、とリヒター。

「だが婚約の経緯から鑑みると、解消はほぼ不可能だぞ」

「そこをなんとか!」

「……そんな軽い話じゃねえだろ」

 とまたため息。


「……最終的には修道院に駆け込もうと考えているの」

「極端すぎるだろうが」

「そうでもないよ。前にも一度、入るつもりだったから」

 院も決めてあった。だけどルクレツィアに泣いて止められた。私を一人にしないでと懇願されて、思い留まったのだ。


「ただ、出来るだけ親友を一人にしたくくないし……」

 もう少し、リヒターのそばにいたい。

 贅沢かな。

 こんな風に並んで座って、呆れられながらも会話をしていることが嬉しい。

 ……贅沢というより、わがままか。相談料を払うとはいえ、リヒターを困らせている。

「……穏便に解消できたらいいなって考えてるの」


「お前、俺の話を理解したのか」

「うん」

「それでも解消してえのか」

「うん」

「その男がそんなに好きなのかよ」

「……うん」

「そいつに告るのか?」

 リヒターを見上げる。顔は見えない。

「……しないよ」


 深いため息。


「力になってやりてえけど、俺には荷が重すぎる」

「……そっか。ごめん。確かに軽く考えすぎていたかも」

「もう一度よく考えとけ。一応、俺も策があるか考える」

「うん。ありがとう」

「もし修道院に駆け込むときは、先に俺に知らせろ。いいところを紹介してやるから」

「ありがとう」

「それとな、そもそもお互い様かもしんねえだろ?」

「お互いさま? 何が?」

「王子だって他に好きな女やら愛人やらがいるかもしれねえ」


 それは考えもしなかった。自分の失恋で頭がいっぱいだった。

 確かにありうるよね。クリズウィッドはいい年だ。秘めた思いや隠れた恋人がいたっておかしくない。


「そうね。本当だ」

「だろ? だからもうちょい気軽に考えろ」

「本命がいたら、申し訳ないよね」

「そうじゃねえ!」


 はあぁっ、とため息をつくリヒター。


「もう知らん。遅くなると子供らが心配するから、行こうぜ」

「……うん」

 うなずいて立ち上がる。『子供らが心配する』だって。やっぱり優しい。


「あのね、もうひとつお願いがあるんだけど」

「はあっ!? ふざけんな、やっぱり友達いねえだろ!」

「今度、帰りにバルに寄りたい。ずっと入ってみたかったの。もちろん……」

「別料金だかんな! 今日は無理だぞ! 俺も忙しいんだよ」

「うん。今度ね。お願いします」


 なんなんだよ、このわがまま女。

 とぼやきながら歩くリヒター。

 それでも駄目とは言わないんだから。優しいというか、お人好しなのかも。





 ◇◇



 その晩、コップに生けた花を見ていたら、様々な疑問が沸き上がった。

 クリズウィッドとクラウスの関係に、リヒターの言ったような意味があるのならば。今現在、普通の友人に見える二人の実態はどうなんだろう?

 本当に友人? それとも別の思惑があるの?


 それに。ゲームのタイトルは『王宮の恋と陰謀』だ。謳い文句にはしっかりと《ミステリー風》とあったし、ゲーム中盤で殺人事件も起きるという。主人公はその真相も探りつつ対象と仲を深めないとハピエンにはならないらしい。


 ……大丈夫だろうか。

 攻略対象や悪役令嬢が被害者もしくは犯人だったとの情報は目にした覚えはないけれど。

 なんだか不安になってきた。


 リヒターが王宮や貴族の情報にも通じているのなら、不穏な動きがあったら知らせてほしいと頼んだほうが良いのだろうか。きっと別料金だぞと言いながら、教えてくれるだろう。


 彼は結構なお人好しに違いない。帰りにまた花売りの少女に声をかけられ、その手に銅貨を落としていた。お金にうるさいくせに。今回は赤いアネモネ。私にくれた。

 確実に、花がほしいからではなくて、少女を助けるために買っている。


 私ってば、かなり素敵な人を好きになったんじゃないのかな?


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