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12・1お礼

「嘘だろ、またしょんぼりモードかよ」


 リヒターのうんざり声に笑みが浮かぶ。


「ああ? 演技か?」

「うん。上手でしょ?」

「ガキが! 小賢しいマネしやがって」

 約束の日。いつもどおりに先に来ていたリヒター。

 本当に悪い人なら、先に来ないと思うけどな。誰もわかってくれない。


 リリーはどう感じたかな。彼女はどこかの物陰から彼を見ているはずだ。

 先週私が彼に恋したことを知った彼女は、今日リヒターを値踏みすると意気込んでいた。


 彼女のことは頭の隅に追いやって。リヒターの隣を歩く。

 一週間をこんなに長く感じたのは初めてだ。

 彼には恋人がいるから、気持ちは伝えない。今までどおり雇用主と護衛の関係を続ける。

 クリズウィッドのことは……。追々。


「あのね、親友の話をしたでしょ?」

「王女様か?」

「うん。色々とバレちゃって。彼女もあなたを信用できないって言うの」

「だからそれが普通の反応だって」

「そうなんだね」

「お、素直じゃねえか。神父には食って掛かっていたくせに」

「へへっ」

「もっと公爵令嬢らしい笑い方ができねえのかよ。町娘だってもっとマシだぜ」

「仕方ないよ、これが私だから」

「色気ねえなあ」

 その言葉がグサリと胸をえぐる。


「……きっと私には色気なんて似合わないよ」

「……ま、これからだな、ガキは。好きな男がいれば成長するだろ」

「どうかなあ」


 リヒターの好みの女性ってどんなタイプ?と聞けたらな。聞いてみたいけれど、さらりと言える自信がない。めちゃくちゃ噛みそうだもん。


「婚約者の王子様はどうした。上手くいってるのか」

「うん。何も変わらないよ」

 ふうん、と気のない返事。自分で聞いたくせに。


 とるに足りない話をしていると、あっという間にパン屋についてしまう。

 いつも通り外で待つ彼を残して買い物を済ませた。


 パンが入って重くなったかごを持とうと手を伸ばすリヒターに、

「これ」

 とかごからひとつのパンを出して差し出した。

「この前のお花のお礼。何が好きか聞けばよかったんだけど、お店に入ってから思い出したからさ。気に入らなかったらごめん」


「……ああ」

 心なしか低い声。しまった。嫌いだったかな。

「ありがとよ。腹減ってねえから後で食うわ」

 そう言ってリヒターは受け取ったパンをシワのないハンカチでくるんで懐に入れた。

「嫌いだった?」

「俺が嫌いなものを嫌いと言わねえと思うか?」

「そうだね。はっきり『食わねえ』って言うね」

 ほっとする。よかった、受け取ってもらえて。

「へへっ」

「なんだよ、気味がわりいな」


 こんなことが嬉しいって、重病だよね。

 ずっとリヒターと一緒にいられればいいのにな。


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