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11・3ルクレツィアの打ち明け話

 ルクレツィアがジョナサンを好きになった切っ掛けは、私たちが出会う前のことらしい。とんでもなく古い話だ。




 侍女と王宮の庭園を散歩していた彼女は運悪く、親について遊びに来ていたハイクラス貴族のご令嬢たちと鉢合わせしてしまった。

 こういうときに起こることは、いつも一緒。

 王女といえども父の一派に属さない彼女は、令嬢どもに意地悪されからかわれ馬鹿にされ、笑われる。

 逃げ出せば、意地悪令嬢たちが勝利に酔うだけ。


 だからその時も、ルクレツィアはお決まりコースを黙って耐えていた。そこへジョナサンがやって来た。

 今現在残念イケメンにしか見えない彼は、令嬢たちから庇うようにルクレツィアの前に立った。そして

「何を意地の悪いことをしているんだ。自分たちより可愛いからって、嫉妬は醜いよ」

 と言ったのだそう。軍務大臣の息子のジョナサンにそう言われては、どんなに悔しくても言い返せない。

 令嬢たちは黙って去った。


 彼女たちの姿が見えなくなると、ジョナサンはくるりと振り向いて言った。

「君も可愛いのだから、自信を持って反論すればいいのに」




 それでルクレツィアは恋に落ちてしまったという。



 ◇◇



「その後すぐに気づいたのよ」と苦笑するルクレツィア。「彼の行動原理は『可愛い女の子は正義!』だって」

 その通りだと思うけど、黙っておく。

「単に可愛い女の子が大好きなだけ。意地悪側に彼好みの娘がいれば、違う対応だったと思うの」


 うん……。


「分かっているのよ。なのに、まだ」ルクレツィアは声を落とした。「好きなの。あんなに馬鹿なのに」


 昨日もあのバカ、露骨にクラウディアの胸を見てにやけていたしね。


「可愛い女の子には片端から声をかけるし、女の子はみんな自分を好きだと思っているし、たいした能力もないのに自分を出来る男だと勘違いしているし」

 捲し立てるルクレツィア。

「いいところなんて、一つもないの!」

「……見た目は素敵よ」

「見た目なんてクラウスの方が上よ!」

「……うん」


「……でも、時々優しいの」

 また小さな声。はにかんだ顔をしている。

「私にだけじゃないって分かっているのだけど。それだけで嬉しくなっちゃうの」


「わかる!」

 思わず力強くうなずく。

 リヒターは優しい。でもきっと恋人にもそうなんだろう。だって優しさが板についているもん。泣いてる私を抱き締めるなんて、絶対に女慣れしているから出来ることだ。


 ……もっとも私を女として認識していない可能性もあるけれど。


「ありがとうアンヌ」

 ルクレツィアは淋しそうな、悲しそうななんとも言い難い表情をしている。

「あなたに理解してもらえて嬉しいわ。あなたに嘘をついていることが心苦しかったの」

「いいえ、あなたに嘘をつかせてしまったのは、私の態度のせいでしょう? 本当にごめんなさい」


 私たちは手を取りあった。


「私はどうすればいい? あなたの恋が上手くいくようにお手伝いをすればいい? それとも……」ちょっと言い淀む。「好きな気持ちをなくしてしまいたいと思う?」


「そうなったらいいな、と思うのよ」また小さな声。「でも……」

 頬を赤くしてうつむくルクレツィア。私は手にそっと力をこめた。

「……本当は一緒に踊ってみたいの」

「うん」

「……好きになってもらえたらいいな、って考えてしまうの」

「うん」

「私、おかしいかしら?」

「いいえ。ちっともおかしくないわ。応援するわよ、私。ルクレツィアの恋がうまくいくように最大限、がんばるわ!」

「だめよ!」

 慌て顔をあげるルクレツィア。

「悪役令嬢になってしまったら大変だわ!」

「もちろん気を付けるわよ。だけどそれを回避することと同じぐらい、あなたの恋も重要よ」

「アンヌ……。ありがとう」

 涙を浮かべる可愛いルクレツィア。


 だって彼女は恋が成就する可能性があるもの。ジョナサンはあちこちの女の子に声をかけるし、モテているけど、決まった相手はまだいない。

 それなら全力で挑むべきよね。


「一緒にがんばりましょうね、ルクレツィア」

 こくりとうなずいたルクレツィア。

「だけどアンヌが好きな方はどなたなの? その……失恋というのは、どうして?」


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