11・2ルクレツィアの恋
途端に彼女の顔が真っ赤になった。唇を噛み、うつむき何度も瞬く。
やはり、そうなんだ。
先ほどクラウディアに聞かされたのだ。ルクレツィアはジョナサンが好きなのだと。
「ごめんなさいね。親友を称していながら、あなたの気持ちに気づかなくて。彼の悪口ばかり言ってしまって。自分を情けなく思うわ」
あまりの愚かさに、自分で自分を殴りたい。というか、クラウディアに一発入れてもらっておけば良かった。聞いたときは驚きすぎて、なにも考えられなかった。
彼女の話では、ルクレツィアは相当昔からジョナサンが好きらしい。
だけれど同じく相当昔から世間は、彼と私が婚約をするだろうと考えていた。
だからルクレツィアは親友の私を慮って、恋心を誰にも打ち明けなかったそうだ。
それにジョナサンは、残念ながら世間から馬鹿にされている。私だってそう。そんな男を好きだなんて、恥ずかしいと思い、気持ちを秘めていた面もあるらしい。
だけど恋多きクラウディアは、それを見抜いた。以来、妹の叶わぬだろう恋の悩みを聞いてきたそうだ。あくまで、聞くだけ。それ以上をルクレツィアは望んでいなかったという。
ところが私はクリズウィッドと婚約をした。ジョナサンはまだ相手がいない。ついにルクレツィアに好機が訪れたわけだ。姉としては可愛い妹を応援したいという。
そこで妹に、もう親友に打ち明けたらと促したのだけどその返事が、『アンヌはジョナサンをバカにしているもの。恥ずかしくて言えないわ』だったそうだ。
それで先ほど私は頼まれたのだ。バカな男なのは間違いないけど、ルクレツィアの力になってあげてほしい、と。
「本当にごめんなさい」
私の謝罪に親友はふるふると首を横に振った。
「私も、彼って残念すぎると思うのよ」
聞き取れないような小さな声。
「頭ではわかっているのに、どうしても好きな気持ちが消えないの」
ルクレツィア……。
彼女の手を取り、握りしめた。
その気持ち、すごくよく分かる。リヒターを好きだと気づいてから、一生懸命に彼の欠点を探したり、彼の恋人のことを考えたりするけど、全然ダメ。早く約束の日になってほしいと思うばかり。会いたくて仕方ない。
「苦しんでいることに気づかなくて、ごめんなさい」
彼女はようやく顔をあげた。目が合う。
「ジョナサンなんてと呆れないの?」
「当たり前よ! ルクレツィアが好きになるのだもの。彼にだって素敵なところがあるのでしょう? 気づかず悪口を言っていた私が馬鹿なだけ」
「……ありがとう」
彼女のきれいな目に涙が浮かぶ。ぽろぽろ零れ、私はハンカチを出して彼女に渡す。
この前同じことをリヒターにされた。
その時のことを思いだし、急に視界の靄が晴れたかのように、自分の心がわかった。
あの時泣いたのは、ルカ僧のことが半分。残りの半分はリヒターの優しい言葉と、シワひとつなかったハンカチのせいだったんだ。
あのガサツなリヒターがハンカチを持っていることが意外だし、自分でアイロンを当てているとも思えない。きっと恋人が用意をして持たせているのだ。
私は差し出されたハンカチの向こうに、彼の恋人を見てショックを受けたんだ。
「……ごめんなさい、ルクレツィア。実は私も好きな人がいるの」
ぽろりと涙が一粒こぼれた。でも今は、泣かない。
「絶賛大失恋中よ」
がんばって、にこりと微笑んだ。




