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0・2スタート二年前 (後編)

 馬車から引きずり出され、後ろ手に縛り上げられた。

 今朝まで元気にしていた従者、護衛たちは皆、無惨な姿になっている。助けてくれる人はもう一人もいない。

 馬車から馬を取られ、荷物を下ろされ、盗賊たちは全てを奪っている。

 私たちはどうやら売り飛ばされるらしい。

 馬車から最後に気を失っている母さまが、乱暴に出された。


「年増だな」

「いらんか」

 と盗賊が話している。

 まさか。母さま。


 一人の盗賊が剣を振り上げる。


 そのとき、盗賊の眉間に矢が刺さった。そのまま崩れ落ちる。


 盗賊たちは一斉に動きを止めた。

 ヒュンッ

 ヒュンッ

 ヒュンッ

 続けて飛んでくる矢。

 狙い違わず次々に盗賊に刺さる。

 馬が駆ける足音。


 そちらを見ると馬に股がり弓を構えた三人がこちらへ向かってくる。


 三人……。

 うちの護衛より少ない。

 だが、盗賊たちは顔色を変えた。


「『死神』だっ!」

「ヤバい、引け!」

「持てる獲物を持って逃げろ!!」


 盗賊たちが慌てて退散し始める。

 そこへ先ほどの三人のうち一人が駆けこんできた。いつの間にか弓ではなくて剣を手にしている。


 ……上がる叫び声。乱れる馬の足音。

 私は怖くて目をつぶった。




「終わりましたよ」

 すぐそばから声をかけられ、気づくと静かになっていた。

 終わった?

「もう大丈夫です」

 恐る恐る目を開くと、目前に一人の男が立っていた。白い地に大きな十字が入った特徴的な衣を身につけている。修道騎士だ。それなら悪人ではないはず。助かったんだ。

 安堵に全身の力が抜ける。


「縄を解いて差し上げたいのですが、触れてもよろしいですか?」

 無言でうなずく。

 そうだ母さまは、と見ると変わらず気を失っているいるものの、無事なようだ。

 よかった。


 その男は私の縄を短剣で切ると、リリーへ向かう。

 あれ、後の二人はと首を巡らせると、一人は盗賊を縛り上げていて、もう一人は矢を回収していた。


 生きているのは馬車の中にいた私たち四人と、修道騎士三人、盗賊一人のようだ。たくさんの人たちが地面に横たわっている。


 私たちの縄を解き終わった修道騎士は改めて私を見た。倒れている母さまを示して、こちらは母上かと尋ねる。また無言でうなずく。声が出ないのだ。


「では失礼してお嬢様」と修道騎士は私に恭しくお辞儀をした。「私共は聖リヒテン修道騎士団でございます。私はマルコ、あちらは」と盗賊を縛り終えた修道騎士を示す。「ヤコブ」そして矢を回収している修道騎士を示す。「ルカ」です。


 その時にようやく気づいた。ルカと紹介された修道騎士は顔の上半分を布の仮面で隠し、頭からすっぽりと頭巾をかぶっている。見えるのは口だけ。異形だ。

 さっき最初に駆けつけたのは、彼だ。


「……ルカの仮面はご容赦ください。火事にあい、顔と喉を焼かれたのです」

 そうか……。失礼にも不躾な視線を送ってしまった。


 私は息を吐いた。

 死ななかった。

 ケガすらしてない。

 大丈夫。


 気力を振り絞って立ち上がった。

「私はアンヌローザ・ラムゼトゥール。ラムゼトゥール公爵家の次女です」

 馬車には家の紋章がついている。父は宰相もしているから、辺境に住む修道騎士といえども、ラムゼトゥール家を知っていることだろう。

 マルコ修道騎士はうなずいた。


「そのような名門一族が通る森ではありません。盗賊の噂をお聞きになられなかったのですか」


 恥ずかしい。

「……忠告は受けたのですが、大丈夫だろうと判断をしました。お恥ずかしい限りです」

 たくさんの護衛。それに馬車の紋章。母さまは盗賊だってラムゼトゥール家の威光にひれ伏すと考えていた。


 私はそんなことはあり得ないと知っていた。宰相である父は国民から嫌われている。だけれど、二年後の運命を知っているから、危険なことは起きないとたかをくくっていた。


 そのせいで……。


 ヤコブとルカが、遺体を道の端に移動している。盗賊も護衛も従者も同じ扱いだ。ルカが私たちの方に顔を向けた。仮面のせいで表情も視線の先もわからない。だけれど責められている気がした。


「お嬢様」とマルコ。「あなたはなかなかに気丈な方のようだ。しかと覚えていて下さい。ラムゼトゥール公の家紋など盗人には宝の在りかの印でしかない。私共が助けに駆けつけたのは、億分の一の幸運です」


 はいとうなずく。


「ましてやルカがいたから、三人でも対応できたのです。彼がいなければ、私共はあなた方を避けて道なき森を抜け、通報することしかできなかったでしょう。勿論、それでは間に合いませんでしたね。幸運を神に感謝なさって下さい」


 うなずき、ルカを見た。よく見れば他の二人より細く小さい。それでもこの中では一番強い、ということらしい。


「私とヤコブは助けを呼んで参りましょう。ルカを置いていきます。先ほどの人数ぐらいの盗賊ならば、彼一人で十分ですからご安心を。あなた方は馬車の中でお休みになっていて下さい」



 私たちの乗っていた馬車は、車輪の一つが破損して傾いている。それでも外で待つよりはいいだろう。マルコが母さまを抱えて馬車に乗り込む。

 道端のルカとヤコブを見た。全ての遺体を端に寄せ終わったようだ。

 散乱している荷物の残骸と血溜まりを避けてそちらへ向かう。


「アンヌさま?」

 と後ろからリリーの声がした。返事をしたくても喉が張り付いて声が出ない。膝も震えている。

 祈りを捧げているルカの隣に並んだ。


 惨たらしい、遺体。

 見たくない。

 だけど昔から仕えてくれていた従者も護衛もいる。

 私たち母子の判断ミスのせいで、こんなことになってしまったのだ。


 目をつぶる。


 せめても私にできること。

 彼らのために祈る。

 ごめんなさいと謝りながら。


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