表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/251

9・1後悔

 約束の場所に行くと、いつもどおり先に来ているリヒターの姿。


「なんだ、またしょげてんのかよ」

 呆れ声。フルーツが入っているせいで重いカゴを、さり気無く手に取りながら

「話を聞くのは別料金だからな」

 と言った。どうしていつも優しいのだろう。

 並んで歩き出す。

「で? 今日はなんだ? ていうかお前、しょんぼり率高すぎじゃねえか?」

「……しょんぼりしてないよ」

「うそつけ」

「リヒター」

「なんだよ」

「……仕事、何しているの?」

 彼はちらりと私を見た。

「ヒモ」

 この前と同じ答えだ。

「……恋人がいるってこと?」

「恋人じゃねえな。ギブアンドテイクってとこだ」

「私と一緒で怒られないの?」

「ギブアンドテイクだからな。だいたいこれはいいこづかい稼ぎだし」

「……そうか」


 言い方はともかく。恋人のような相手がいることには違いない。そうか。


 その人には顔を見せるのかな?

 ……見せるよね、やっぱり。




「で?」

「『で』?」

「本題は?」ため息混じりの声。

 本題? なんのだろう。

「しょげた顔して、どうせまたグチりたいんだろ?」

 ……。そうだ。今日はルカ僧のことを聞いてもらおうと思っていたんだ。

「ルカ僧の話を覚えている?」

「かっこつけの修道騎士だろ?」

「うん、認識は間違っているけど、そのルカ僧。亡くなってたの」

「そうか。仕方ねえ。人間誰でもいつか死ぬ」

 ひょい、と頭にリヒターの手が乗った。わしゃわしゃと撫でられ、離れていった。

「そいつもこんな遠くに悼んでくれる奴がいて喜んでるよ」


 ぽろりと涙が零れた。

 ぽたぽたと止まらない。


「おいっ! 俺が泣かしたみてえじゃねえか!」

「ご、ごめん」

 リヒターに腕を引っ張られて路地に入る。ほらよと差し出されるハンカチ。シワ一つない。

 どうしてか止まらない涙を拭う。


 通りすがりの見知らぬ誰かが、

「色男! 女を泣かせんなよ!」

 とからかいの声をあげて通りすぎる。うるせえと怒鳴るリヒター。


「……ごめん……」

「……いいから、気が済むまで泣いちまえ」

 珍しく静かな声でリヒターは言うと、その腕を私にそっと回した。

「その代わり、別料金だからな。きっちり払えよ」

「……うん……」



 ◇◇



 散々泣いてようやく落ち着くと、冷静に自分のおかれた状況を鑑みれた。

 私、男の人の腕の中にいる!

 軽く腕を回されているだけだけど、端から見たら完全に抱き合ってるよね。

 まずいよ、これ!

 顔が一瞬で熱くなる。


「……ありがと、もう大丈夫」

「まったく世話かけやがって」

 離れたリヒターはいつもどおりだ。こんなことに慣れているのだろう。

「まずいなその顔。神父に言われるぞ」

「それは困る」

 リヒターのせいで泣いたと勘違いされたら、また、付き合いをやめろと言われてしまう。

「とりあえず顔を洗え」

 手首を捕まれて連れて行かれたのは、路地の先にあった水飲み場。リヒターはこの街をよく知っている。


 バシャバシャと顔をしっかり洗う。さっき借りたハンカチを取ろうとしたら、目の前に別の布が差し出された。リヒターが顔の下半分を隠すように巻いていたストールだ。

 彼を見上げると、口元が丸見えだった。意外にも整ったつくりだ。


「……ありがと」

 やっぱりリヒターは優しい。受け取って顔を拭く。

「ハンカチと、洗って返すね」

「洗わなくていいから今返せ」

 リヒターは濡れているストールを手にすると、元通りに巻いた。口が隠れる。

「……冷たくない?」

「顔を晒したくねえの」

「なんで?」

「前の町でやらかしたんだよ。見つかりたくねえ」

「そうなんだ」

「さっきよりはマシだな。行くか」


 何をやらかしたの?と聞きたいけれど、今はやめておく。

 たくさん泣いたわりに、まだ胸の中が重苦しい。なんでなんだろう。


「きっとそいつ、後悔してるぜ」

「え?」

 隣を歩くリヒターを見上げる。

「お前がそんなに泣くなら、死ななきゃよかったって後悔してる」

「……」

「お前は変だけどいい奴だよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ