8・2残りの対象
ゲーム『王宮の恋と陰謀』の攻略対象は。
1、クリズウィッド。王子。二十四歳。出会い済み。
2、クラウス。公爵。二十歳。出会い済み。
3、ウェルナー。男爵。二十八歳。出会ってないけどお互い認識あり。
4、ジョナサン。二十歳。近衛師団長。なかったことにしたいけど、残念ながら出会い済み。
それから。
5、ルパート・ザバイオーネ。十六歳。学生。出会っていないけど存在は知っている。
ルパートは上流階級に位置するけれど、貴族ではない。ザバイオーネ商会という武器商の息子で私のひとつ年下。昼間は大学で法律を学んでいる。社交界で見かけはするけれど、話したことはない。
ザバイオーネ家はかなりの財力があり、また軍務大臣とはズブズブの関係らしくて、貴族の前でも大きな顔をしている。ゆえに裏では反感を買っているようだ。
ルパートはそんな家の五人姉弟の末っ子長男。十六で大学に入っているぐらいだから大変な秀才らしく、ザバイオーネの自慢の息子だ。だけど甘やかされて育ったのだろう。我が儘で傲慢だ。ジョナサンはただ残念なだけだけど、ルパートは人間性に問題がある。
ゲームでのルパートは、ヤンチャ系だけど親しみやすく友達感覚のキャラだった。実際の彼の我が儘と傲慢を、かぎりなく薄めて好意的に捉えれば、そんな風にみえる……かもしれない。
攻略対象なので、黒髪黒瞳のエキゾチック系美少年なんだけど、私は無理。ルクレツィアも彼は苦手だそうだ。
父はザバイオーネ家を、どんなに財力があっても所詮平民と見下している。おかげで私は彼に出会っていない。
ザバイオーネ家は、西翼の住人なんて親しくする価値はないと見下している。おかげでルクレツィアも彼に出会ってない。
できればこのまま、出会わずに終わりたい。
万が一出会ってしまったら、『三ない運動』で乗りきろう。
問題は最後のひとり。
ゲームにはお助けキャラがひとりいる。
ランダムな場所、時間に出てくるので使い勝手は悪いのだけど、攻略対象との親密度や、アドバイスを教えてくれるキャラだ。通称えっくん。
このキャラは、五人の攻略対象の全てのエンドを終えると攻略できるらしい。
わかっているのはそれだけ。私もルクレツィアも、まだ彼のシルエットしか知らないし、本名もわからない。
彼のルートには入るのが大変だから、ネットでもあまり情報はなかった。悪役令嬢が誰か(そもそもいるのか)、どんなエンドなのか、何も分からない。
彼は攻略対策の中で一番の難物だ。
対策の立てようがない。
一応、リヒターではないのは確か。あんな汚い口調じゃないからね。だいたいリヒターが王宮内にランダムに出没するはずがないしね。
「一番の対策はゲーム開始前に、外国の方か庶民の方と結婚をして王宮から離れることよね」
ルクレツィアのその言葉に、雷が落ちたかのような衝撃を感じた。
外国の人は以前、考えた。
なぜ庶民を考えなかった!
リヒター、偽装結婚をしてくれないかな。料金は弾むよ!
なんてね。もうクリズウィッドと婚約をしているから不可能だよね。
そういえば、すっかり忘れていたけれど、彼の仕事って結局なんなのだろう。
「ルクレツィア」
「なあに?」
「『ひも』ってどんなお仕事かわかる?」
彼女は目をぱちくりした。
「……『ヒモ』?」
そうとうなずく。彼女は戸惑った顔をして、辺りを見回した。誰もいないと知っているはずなのに。対策会議だから、侍女たちも下がらせているのだ。
「ええと、どうしてかしら?」
「知人がそのお仕事をしているの」
「ええ?」
彼女はますます戸惑い顔だ。そんな変な仕事なのかな。
「からかわれたのではないかしら? その、『ヒモ』って女の人に生活の面倒をみてもらっている愛人のことよ」
「え……」
でもリヒターは最初に確かにそう言った。からかわれたの?
「万が一本当なら……」とルクレツィアは眉を下げた。「その方にはお気をつけてね」




