8・1対策会議再び
翌日再び王宮を訪れた。
ルクレツィアに昨日のことを詫び、中断してしまった対クラウスのことを彼女と相談するためだ。
一方で昨晩、クラウスから丁寧な詫び状が届いた。マルコとヤコブが都に着いた時点で、ラムゼトゥール家に知らせておくべきだった、と。
彼らは私たちが会ったのは二年近くも前のわずかな時間だけだから、私は顔を覚えていないだろう、きっと辛い事件だっただろうから、自分たちから申し出ないほうが良いだろう、と考えていたらしい。
ところがどっこい、私は覚えていた。
私は無難な返事を書いて送った。どうかこれが火種になりませんように、と念じながら。
ちなみにクラウスからの丁寧な詫び状には、詫びの品も添えられていた。豪華なフルーツ盛り合わせ。
ラッキーと思ったのもつかの間、父様に見つかって、窓の外に投げ捨てられた。相当彼に苛立っているらしい。
リリーに頼んで無事なフルーツだけ拾ってもらい、一つだけ二人で食べた。残りは今日の午後、孤児院に持っていくつもり。
王宮で、昨日と同じパラソルの下、ランチタイムだ。軽めのサンドイッチやカナッペが中心になっている。淑やかにつまみながら、リンゴのジャムを見て、ふと先日の自分の行いを思い出した。あっちのほうが私らしいのだよね。
あぁ。今頃リヒターは何をしているのかな。
ルクレツィアはクラウスからの手紙を読み終えると、
「綺麗な字ね」
と言った。確かに書家とみまごう美しさだ。もしかしたら修道院で写本係をしていたのかもしれない。
「大丈夫? 字が美しいからって恋しないでね」
しないわと苦笑するルクレツィア。
「なんでも素晴らしい腕前みたいなのよ、彼。出来ないことがないってお姉さまが舞い上がっているわ」
「どうして? ゲームキャラだから?」
「さあ。それが理由なら、ジョナサンだって……」
淑やかなルクレツィアは言葉を濁した。
「そうね、彼はもう少しまともでもいいはずね」
私はズバリと言う。苦笑するルクレツィア。
「そういえば、なぜ彼は手袋をしていたのかしら」
ああ、と彼女はうなずいた。
「醜い手だからだそうよ」
「醜い手?」
「ええ。彼のいた修道院は小さなところだったけれど、衣食住すべてを自分たちでまかなっていたそうなの。彼、畑仕事も大工仕事も、食事の用意も何でもしていたそうよ。だから手が荒れて、貴族らしくないのですって」
昨日の優雅な姿からは、まったく想像がつかない。鍬や鋤を持って畑を耕していたっていうこと? トンカチを持って釘を咥えて、トテカンしていたの? ……あ、これは日本の大工さんか。どのみち。
「……見えないわ」
「そうね。だけど」ルクレツィアは頬を染めた。「ジョナサンも負けるほどの筋肉らしいわ」
「なるほど」
「お姉さま情報よ! ご婦人方の間で噂になっているって」
まったく、そのご婦人たちはいつどこで確認しているのやら。
「わかっているわ。だけれどそれじゃあ、さすがのジョナサンもやきもきしているかしら」
口さえ開かなければいい男で、侯爵家の跡取りのジョナサン。今までは社交界イチ結婚したい男だった。
「だいぶ彼の取り巻きが公爵に流れているそうよ」
そもそもジョナサンの取り巻きをしている時点でミーハーな方たちだ。より良い男が来たら翻るのは当然だろう。
「それでどうしましょう。さっそくお近づきになってしまったわ」
私の言葉にルクレツィアは手を頬に当てて、首をかしげた。
「やっぱり基本は三ない運動ね。深く関わらない、二人きりで会わない、意地悪をしない……はおかしいわね」
「微笑まないはどうかしら? 気があると勘違いされないように」
「だけれど上手くやらないとツンデレに思われないかしら」とルクレツィア。
「そうね。そんな誤解は困るわ。優しくしない。これもツンデレになりそうかしら」
「そうね」
「気を持たせない」
「いいわね」
「でも気を持たせるって、具体的には何をするのかしら」
そうねと考えこむルクレツィア。
「ゲームで主人公が言いそうなセリフを口にしなければいいのではないかしら?」
「賛成だわ。ツンでもデレでもない。普通を目指しましょう。その他大勢になるのよ! ……これって他の対象にも使えるわね」
ルクレツィアはうなずいた。




