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番外編・クラウスのチョコの美味しい食べ方

「みんなでチョコレートを作らない?」


 思いがけない提案に、ルクレツィアと私は発言主であるシンシアを見た。

 王宮西翼の小さなサロンに三人集まって、お茶をしているところだ。


 レセプション舞踏会から二週間ほど。王宮はまだ混乱の中にある。もちろん、ラムゼトゥール(うち)も。

 フェルグラート家は平和だけど、クラウスはずっと王宮に泊っていて、ほとんど帰れていないみたい。

 だから二日に一度集まって、お互いに状況を確認しあっている。

 そんな中での、シンシアの提案だった。


「どうしてチョコレートを?」

 そう尋ねるとシンシアは、

「今日は三月十四日。ホワイトデーなのよね」と答えた。「ゲームとクラウスのことで頭がいっぱいですっかり忘れていたけど、先月はバレンタインがあったのよ」


『確かに』とうなずくルクレツィアと私。


「元日本人として、イベントを楽しみたかったなという後悔が半分。疲労困憊のクラウスたちをチョコでねぎらいたい気持ちが半分。どう?」

「シンシア、天才だわ!」

「本当、大賛成!」

「お台所を借りても問題がなさそうならね」とシンシアが続ける。

「シャノン!」


 ルクレツィアが声をかけると、侍女のシャノンはすぐに『確認してまいります』と部屋を出て行った。

 

「まずは、それぞれの恋人に」と、シンシア。「それから、頑張っているひとたちのぶんを三人で共同で作りましょうよ」

「お兄様にあげたいわ」とルクレツィア。

「そうね。絶対に外せないわ。クラウディアもね。普段とてもお世話になっているもの」


 私がそう言うと、シンシアはにやりとした。


「アンヌはマーキングで騙されたけれどね」とシンシアが笑う。「でもクラウス的には美味し展開だっただろうから、可愛い妹としては巨大チョコケーキを贈呈したい気持ちよ」

「なんで知っているの!」

「公爵がお兄様に抗議をしたからよ」とルクレツィアが答える。「それでお兄様がお姉さまに、『アンヌをからかうのはほどほどにしてくれ』って頼んだの。たまたまそれを聞いちゃったのよ。ね?」

 シンシアがうなずく。


「ちなみにお姉さまはからかったのではないみたいよ。アンヌを応援しただけですって」

「クラウスはクラウディア殿下に、へたれ認定されていたのよ」と苦笑するシンシア。

「お姉さまは、お兄様はアンヌローザと婚約を解消したほうが、幸せになれると考えていたみたい」ルクレツィアが微笑む。「でも公爵は自分からはお兄様を気遣って行動を起こさないだろうから、アンヌローザを焚きつけたのですって」


 んんん?


「ちょっと待って。クラウディアはマーキングの話を私がクラウスにすると思って、ああ言ったの?」

「そうよ」とルクレツィアとシンシアが声をそろえる。

「つまり、私がクラウスを好きだと思われていたってこと?」

「そうよ」

「ああ、そっか」とシンシアが笑う。「アンヌは自覚がなかったものね。でもみんな、そう思っていたわよ」

「えええ!? どうして。私が好きなのはリヒターだったのよ」

「本能的に同一人物だと気づいていたのじゃないかしら」


 そうなのかな。

 確かにお人好しなところが似ているとは思っていたけれど。あと後ろ姿か。


「それからウェルナーでしょ」と、ルクレツィア。

「ブルーノとラルフもよ」シンシアも言う。

 ……もう話題が移っている。

 ま。いいか!


「シンシアとルクレツィアはチョコを作ったことはあるの?」

「あるわ、前世で!」とふたりが声を揃える。「アンヌは?」

「私も前世だけ。この世界の道具でできるかな」


 ちょっと不安になってきた。経験者が、ゼロなんて。


「大丈夫です」頼もしい声がした。

 戻って来たシャノンだった。「台所は使えますし、パティシエに指導を頼みました」

「さすがシャノンだわ!」


 ということで、にわかにチョコ制作が決定した。



◇◇


 小さなサロンで、円卓を挟んでクラウスとふたりきり。本当は『第三者』としてブルーノがいるはずなのだけど、彼は毎回、部屋を出て行ってしまう。ラルフも同様。アレンだと同席する。



「ということで、これはねぎらいというか。励ましというか。食べられるかな」


 チョコ作戦が決まった日の翌日。慣れない道具を使いながらも、なんとか見目好いチョコができた。ルクレツィアはジョナサンに。シンシアはアレンに。それぞれ渡しているはずだ。私はもちろん、クラウス。


 クラウスは毎日目が回るような忙しさだけれど、必ず一日に一度は私に会う時間を取る。好意としてもだけど、ラムゼトゥール家の状況確認も兼ねている。私が困ったことにならないように。ツラい思いをしないように。

 優しいひとだ。

 本人曰く、二年前に私に出会ったから変われたとのことだけど。元々がそのような性格なのだと思う。


 摂食障害のある彼に食べ物を渡すのは、緊張する。けれどクラウスは、克服したいと思っているようだ。だからチョコ作りに賛成した。


「チョコ? アンヌが作ったのか?」

 お皿の上のそれを、しげしげと見つめるクラウス。


「うん。チョコは疲労回復に効くから、忙しいリヒターにもいいかもしれないと思って。でも、もちろん無理はしなくていいよ」

「無理はしねえけど」


 クラウスはそう言うと、首をかしげてチョコをじっとみつめた。それから、私を。


「さっきブルーノにもなにか渡していたよな」

「あれもチョコだよ。ラルフと、クラウディアとクリズウィッドのぶんもあるの」

「ちょっと、面白くない」とクラウスが口を尖らせる。

 とうてい公爵様の表情じゃない。拗ねるの、可愛い。でも――


「イヤだった?」

「ああ」とクラウスは大きくうなずいた。「だって、カレシ予定は俺だし」

 ポッと頬が熱くなる。

 まだ、その関係には慣れない。


「あとさ、俺、菓子類が一番苦手なんだよな」

 さらりと言われた言葉にハッとした。彼の乳兄弟は、お菓子を食べて亡くなったんだった――。


「ごめんなさい」

 あまりに考え無しだった。

「いや、この機会に食べられるようになりたい」


 クラウス、にやり。

 彼はおもむろに立ち上がるとそばに来て、私も立たせた。そして私のいすに座ると、足の上に私を座らせた。


「リヒター!? ちょっと、これ、まずくないかな!?」

「菓子のハードルは高いんだぞ? これくらいの褒美がないと、無理。毎日毎日妃殿下には泣き言を言われて、ツラいしさ」

「そっか。ご苦労様」

「ほんとだよ! ということで」またまたニヤリとするリヒター。「アンヌが食べさせてくれ」

「私が!?」

「そ」


 ううん。リヒターだったらいいけど、顔面がクラウスだしなあ。キラキラしすぎていて、ちょっとためらう。でもクラウスは食べようとがんばってくれている。


 チョコを人差し指と親指でつまむと、彼の口元に持っていった。

 ぱくり、と食べられる。私の指ごと


「リヒター!」

 思わず叫んだけれど、指はすぐに解放された。

「悪い悪い。気合入れすぎた」

 そう言う目が、悪そうに笑っている。


 でもそれが、がんばって作っている笑みに見えた。


「大丈夫?」

「平気だって。今までは避けてきたってだけ。アンヌが作ったものなら、なんでも食いたい」

「うん……」

「アンヌの手から食べたら、美味しい気もした。すごく元気がでたぜ」

「そっか。よかった」


 クラウスが私の手をとった。甲にキスをされる。


「また作ってくれ」

「いいの?」

「もちろん」


 今度は指先にキスをされる。


「いつかきっと、味がわかるようになるから。待っててくれ」

「うん。でも私の指は食べちゃダメだよ」

「なんで?」


 綺麗な緑色の瞳がいたずらげに私を見つめる。


「もぞもぞするから!」

 クラウスがフハッと吹き出す。

「正直だな」またも、ちゅっとされる。「ま、俺はもぞもぞさせたくてやっているんだから、大成功ってわけだ」

「意地悪」


 クラウスが笑う。

 私も笑う。


 お互いに笑いあうことができることに感謝しながら、

「続きは婚約したら、お願いするね」

 と言って、立ち上がった。


「待てるかよ!」と叫ぶクラウス。


 そう言いながらも、優しくて本当は真面目なクラウスは、きちんと待ってくれるのだろうな。


《おしまい》

こちらの作品のコミカライズが、Renta! 様で配信されています。

よければチェックしてみてください!


↓配信ページ

https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/368046/"

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