番外編・狭量クリズウィッド
こちらは以前、活動報告に載せていたお話です
「そんなに不機嫌な顔をしないでください」隣を歩くウェルナーの声音には、笑いが含まれている。「お気持ちはわかりますが」
私たちの進む先、王宮のエントランスホールにはルクレツィアとアンヌローザ、ジョナサンとクラウスの四人の姿がある。笑顔で楽しそうに会話をしているのが遠目でもわかる。
あいつら、今日はダブルデートなのだ。この私をおいてけぼりにして。ずるい。
「ご自分で許可をなさったのでしょう?」とウェルナーが続ける。
「そうだが」としぶしぶ答えた。「ルクレツィアにお願いされたら許可するしかないではないか。まさか四人で行くことになるとは思わなかったし」
発端は、クラウスとアンヌローザがふたりきりでシェーンガルテンでデートをしたことだった。それを知ったルクレツィアが、自分もジョナサンと行きたいと言い出した。となれば当然ジョナサンも乗り気になる。
ルクレツィアは長く窮屈な暮らしをしてきたのだ。そのくらい許可してやろう、警備をたくさんつければ問題ないだろう。
そう考えたのだが、ルクレツィアは近衛に囲まれたデートなんて味気ないとしょんぼりした。で、アホなジョナサンが『一騎当千のクラウスがいれば、護衛を減らせる』などと言い出して。結果的にダブルデートになった。
おかしくないか?
クラウスが適役なのはわかる。だが、警護にアンヌローザは必要ないではないか。
――自分たちだけ、楽しそうにして。私はひとり、孤独に政務をするのに。
「お嫌ならば、許可しなければいいものを。ルクレツィア殿下とアンヌローザ殿に嫌われたくないからと、いい顔をして」とウェルナー。
「痛いところをつくな。そう簡単に狭量も見栄っ張りも直らないのだ」
「恐れながら陛下。あなたがうちの子ならば――」
「うちの子!?」
ウェルナーが微笑んでいる。
「頭をナデナデしています」
「それはどういう意味だ」
ウェルナーは答えずに前方を見る。いつの間にか私たちに気づいたクラウスが、こちらに顔を向けていた。睨んでやると、なぜだか笑顔を返された。
腹が立つヤツだ。私がなぜ不機嫌なのか、わかっているだろうに。
ルクレツィアが振り返った。慌てて笑みを浮かべる。彼女は素晴らしい笑顔で、
「お兄様!」
と呼んだ。
――まあ。あの笑顔を見られるのは、嬉しい。
クラウスとジョナサンの笑顔は癇に障るが。仕方ないだろ、私は心が狭いのだから。
四人の元に行くとルクレツィアが嬉しそうに、デートができる感謝を口にする。アンヌローザも。ふたりが心弾ませている様子は微笑ましい。クラウスもそんな眼差しを彼女たちに向けている。
「おい」とクラウスを呼ぶ。「うつつを抜かしてルクレツィアの警備をおろそかにするなよ」
「もちろん」とクラウスが答える。
「ジョナサンは頼りにならないからな」と私が言えば、
「そのとおり」と本人がしたり顔でうなずく。「今日の僕は近衛じゃない。ルクレツィアの婚約者だからな。デートを思う存分楽しむのさ。留守番ですまないな、クリズウィッド」
「一言余計だ」
笑い声が上がる。
そうして四人は上機嫌のまま、出かけて行った。
来た廊下を戻りながら、
「また酷い人相になっていますよ」と、ウェルナーが笑いを噛み殺しつつ言う。
「いけないか。羨ましくて仕方ないのだ!」
「国王陛下のご表情ではありませんねえ。元王妃殿下にみつかったら、また叱られますよ」
その通り過ぎて、反論できない。
「政務に戻る前に、ご婚約者様のご様子を見に行かれるのがよろしいのでは」
ウェルナーの助言に、思わず鼻を鳴らした。
「元よりそのつもりだ。約束してある」
「そうでしたか。ならば顔は自然に戻りますね」
「そうだ」
と答えたとき、遠くに元王妃をみつけた。こちらに向かっているようだ。ウェルナーと顔を見合わせる。
「ギリギリセーフ」
重なった声に、お互い笑みがこぼれた。
《ゲームエンド後の時系列》
本編・「悪役令嬢になった訳」
番外編「リヒターの変装道具」
番外編「キスとジョナサン」
番外編「怯える王子」
番外編「ウラジミールの幽霊」
本編・「エンド半年後」
番外編「エドの家族と初対面」
番外編「14歳の王女」
(アンヌとクラウス婚約)
番外編「元修道士と息子」後半
番外編「秋祭り」
番外編「シェーンガルテンでデート」
番外編「狭量クリズウィッド」←このお話
番外編「警備隊員の幸せ」
番外編「堅物ラルフ」前半
番外編「エヴァンス邸」
番外編「堅物ラルフ」後半




