番外編・エドの家族と初対面
アンヌのお話です。
時期は秋祭りの少し前くらい。
フェルグラート邸の応接間。向かいにすわるシンシアの表情が固い。
「緊張している?」と訊くと彼女は、
「ものすごく!」と力いっぱいに答えた。
あと少しでエドのご家族が到着する。もちろんのことシンシアは初対面。そしてエドの婚約者として会うのだから、やっぱり緊張するのだろうな。
「だって」とシンシア。「お義母様は完璧な淑女のお手本みたいな方らしいの。それに、かなり厳しいようで。お前みたいなちんちくりんは息子の妻に相応しくないと言われたらどうしよう」
泣きそうなシンシア。
「そうなの?」
クラウスやブルーノ、ラルフも会ったことはないと聞いている。
「ええ。先ほどエドに打ち明けられたの。もっと早く教えてくれればマナーのおさらいをしておいたのに」
「大丈夫よ。シンシアは完璧な令嬢よ」
シンシアは首を横に振った。
「自信がないわ。私は引きこもりだったから、自分では気づいていないダメなところがあるかもしれない」
「そんなことはないわ。私、普段は令嬢らしくないけど、振る舞いとマナーは完璧にしつけられたの。お母様が私をシュタルクの王族に嫁がせたかったからね。シンシアは大丈夫と自信を持って言えるわ」
「そうだったわね」彼女の顔が少しほぐれた。「ありがとう、アンヌ」
「クラウスはなんて言っているの?」
「話してないわ。忙しそうだから邪魔をしては悪いかと思って」
クラウスは朝からバタバタしているみたいで、私も到着したときに挨拶をしただけだ。同じくエドも。
シンシアはその理由を知らないみたいだけど、私はラルフから少しだけ聞いた。彼女のお母様が騒いでいるらしい。
シンシアにとって、両親とクラウスならば優先するのはクラウスだ。だから婚約者のご家族との初対面に、旧邸に住む両親を招いてはいない。後日、クラウス抜きで挨拶に行く予定はあるそう。
だけどこれにお母様が納得していないみたいで、今日無理やりこちらに来ようとしているらしい。そもそもお母様はシンシアの結婚相手が貴族でないことも我慢がならず、クラウスの陰謀だと主張しているとか。
シンシアも苦労しているよね……。
「でもやっぱり緊張する!」シンシアが身震いした。「せめて私がもう少し美少女だったらよかったのに」
「わかったわ、シンシア。もしエドのお母様があなたを認めなかったら、私があなたの良さを語って説得する!」
私がラムゼトゥールの娘だという大問題はあるけど。一応あちらの皆様にはシンシアの兄の内定婚約者として、フェルグラート兄妹とともにお出迎えすることを伝えてある。拒まれてはいないものの、心中は複雑だろう。でもシンシアの長所はたくさんあげられるもの。
「本当?」
「もちろん」
「私に良いところがあったかしら」
「急に弱気にならないで」
「冗談よ」シンシアが笑う。「励ましてくれる素敵な友達がいる。つまり私も素晴らしい!」
「その意気よ!」
「でもそれと彼ママは別問題なのよ。あのエドのお母様だし」とシンシアがまた情けない顔になる。
「そうね、エドを上回るドSだったら……」
「不安だわ!」
「大丈夫、こっちには最強のシスコンがいるじゃない」
「『最強のシスコン』! 確かに我が国、いいえ世界一のシスコンだわ――でもなぁ」
ダメだな、これは。シンシアってば相当に不安みたい。大丈夫かな。
◇◇
今回やって来たエドのご家族はお母様と三人のお姉様たち。みんなエドに似た美形かつ気が強そうな雰囲気で、これは手強そうと思ったのだけど……。
ひととおりの挨拶が済むとエドのご家族はシンシアを取り囲んだ。
「あ、あの?」
戸惑うシンシア。
大変、いつでも助太刀できるようにしておかないと!
「シンシア様」とお母様は唐突に彼女の両手を掴んだ。
「な、なんでしょう!」
「エドワルドをもらってくれて、ありがとう!!!」
「ありがとう!!!」とお姉様がたも声を揃える。
「エドワルドはこんなに顔がいいのに」と言うお母様が涙をこぼす。「性癖がひん曲がっているせいですぐにフラれてしまうし、そのくせ縁談は嫌がるし」
「ちょっと。やめてください」エドが不機嫌な顔で止めに入る。
それを無視してお姉様が。
「どのみち街中にアイツの嗜虐性は本物だと知れ渡ってしまっまっているし」
「勇気ある子が現れても、アホだから手加減しないでいじめて毎回一週間ももたずに逃げられて」とふたりめのお姉様。
「ついたあだ名が残念イケメン」と三人目のお姉様。
「エドワルドは一生結婚できないものだと思っていました!」
お母様が言えば、お姉様がたがうなずく。
「早まったか」と隣に立つクラウスが不安そうに呟いた。
「で、でもジョナサンだってルクレツィアを好きになったら残念イケメンからレベルアップしたわ」
小声で返す。
クラウスが私を見た。
「エドにはその兆しどころか悪化の一途しか見えないんだが」
「……否定できない」
「念のための確認なんですけど」とお母様。「エドワルドに強請られて結婚を拒否できないなんてことは……」
「母さん、いい加減にしてください! 彼女が困っているでしょう!」
エドがお母様からシンシアの手をむしり取った。痛そう……。
「だってあなたよ! それにこんな善良そうなお嬢さん、なにかの間違いだと思うでしょう?」
言うお母様、うなずくお姉様がた。
「間違いじゃありません」不機嫌マックスのエド。
クラウスが前に出ようとした。その腕に手をかける。
『シンシアの表情を見て』と言おうとしたけど、それより早く彼女が、
「お義母様、私は彼の性格をわかった上で彼がいいと思っています」と言って微笑んだ。
「歯に衣を着せない物言いが好きです。誰に対しても不遜な態度を取ることのできる度胸も、口では文句を言いながらも、しっかり仕事をしているところも好きです」
それはそれでどうなのかな……。
「だからご安心してください。私は彼から逃げはしないし、勘違いも間違いもありません」
でも。淑やかに、だけどきっぱりと断言したシンシアはカッコいい! アッパレと拍手を送りたい!
「まあ! なんて素敵なお嬢様なのでしょう」
お母様もお姉様がたも心を打たれた様子でシンシアを褒めそやす。
ちらりとクラウスを見れば、こっちは感涙する寸前の表情だ。さすが最強シスコン。
それにしてもお母様は聞いていた感じとは違うけど――?
「でもエド」と、シンシアが婚約者を見て首をかしげた。「皆様のイメージがだいぶ昔違うわ」
エドが悪い笑みを浮かべる。
「ああ言えばシンシアは不安がって子リスみたいになるだろうから。可愛い姿を楽しみにしていたのに、見られなくなって残念だった」
「お前!」クラウスがエドに詰め寄った。「シンシアをいじめるなと言っているだろう!」
「なに、ほんの軽い冗談ですよ」
「タチが悪いわ! シンシアは本気で心配していたのよ!」私もエドに抗議する。
「仕方ないでしょう。本来なら私がフォロー役を楽しむはずだったんです。なのに緊急事態になったから」
「……それは悪かったが」とクラウス。
「だとしても『楽しむ』って、ひどいわ」
エドのお母様たちは蒼白になってシンシアに詫びている。だけど彼女は、
「大丈夫、お義母様がたもアンヌもクラウスも。エドが楽しみたいと思うのはお気に入りに対してだけだとわかっているから」
と言って頬を染めた。
エドが嬉しそうな顔になる。
こ、これはこれで幸せの形なのかな?
◇◇
シンシアとエド一家は墓参に出掛け、クラウスと私は応接間に残った。当初はシンシアも同行しない予定だったのだけど、お母様がたにぜひ一緒にと請われたのだった。
「あちらのご家族に歓迎されてよかった」
となりにすわるクラウスが安堵の表情を見せる。
「本当に」
「まあ、シンシアを気に入らないなんてことはあるはずがないがな」
「そのとおり!」
隅に控えていた従者のロンサムが剣呑な目を向けてきた。きっと主のシスコンぶりに呆れているんだろうな。
「だがエド、あいつはまったく……!」クラウスがため息をつく。「どうしてああも意地が悪いんだか」
「それを許しちゃうシンシアもシンシアだけど」
「不憫すぎる。もっとまともな男が山といるのに、あんな嗜虐心に溢れたヤツを好きなんて」
まともな男の人なんていたっけという考えが頭をかすめる。でもたぶん、私のまわりが個性が強い人ばかりなだけだ。きっとゲームの影響だな。
「私もちょっと心配ではあるけど、シンシアが幸せならいいかな。エドも嬉しそうだったしね」
「あいつは本気でシンシアを好きだからな。そこは信頼してるが、あの性格が」
一度クラウスが話してくれたことがある。エドはシュタルクの大手弁護士事務所に所属していて、仕事は一時的に休業しているだけ。元王妃様との復讐が終わったらあちらに戻って弁護士業を再開する予定だったって。
でも彼はシンシアを選んだ。彼女は兄や友人から離れないほうがいいだろうと考えて、自分は仕事も顧客も家族も手放してノイシュテルンの王都にとどまった。
愛がなければできないことだと思う。
でもほんとエドはドSが過ぎる。
「好きな女の可愛い姿を見たい気持ちはわかるが」
とクラウスが私との距離をつめて頬にキスする。
とたんに、
「コホン!」
とロンサムが咳払いをする。
「……ロンサム、退出」
クラウスが低い声で言う。
「そうしたい気持ちは山々ですが、あなたを止めないと私が叱られます。元王妃殿下に」
「ここまで手を回しているのか!」
「まだ婚約前です」
「そう変わらないだろ」
クラウス、ぶつぶつ。
「婚約したらふたりきりにしてくれるの?」
と尋ねると、ロンサムは表情を変えずに、
「恐らく新たに命じられるでしょう」と答えた。
「信用なさすぎじゃねえか!」クラウスがリヒターの口調になって叫ぶ。
「マナーです。それから公爵らしい言葉遣いをお願いします」
「好きで公爵をやっているわけじゃないのに」
クラウス、またも文句。
「まあいいか」
あれ。案外あっさり引き下がった。
クラウスが私を見て素晴らしい笑顔を見せる。
「ロンサムなんていないと思えばいいんだ」
「はい?」
クラウスがさらに距離を詰める。というよりだいぶ密着していますが!?
「クラウス様!」とロンサム。
「今まで品行方正に生きてきたんだから、少しくらい好き勝手してもいいだろ」
ロンサムがはあぁっと深いため息をつく。
「――新しいお茶用の湯を沸かしてまいります。五分ほどで戻ります」
「十分!」
「五分!」
「十分!」
ロンサムがまた息を吐く。それから銀の盆に茶器を手早く乗せると、
「五分」
と捨て台詞を残して部屋を出て行った。
「彼、強いね」
うちにあんな従者はいなかった。
「俺よりもフェルグラート家に長いからな」
「そうだとしても」
「だがなアンヌ。雑談をしているヒマはない。あいつはかっきり五分で戻ってくるぞ。今日は突発事態のせいでアンヌが全然足りないんだ」
クラウスは私を抱き寄せ、額に頬にとキスをする。くすぐったい気持ちになる。
やっぱり私も『十分!』と主張すればよかったかな。
《ゲームエンド後の時系列》
本編・「悪役令嬢になった訳」
番外編・「リヒターの変装道具」
番外編「怯える王子」
番外編「ウラジミールの幽霊」
本編・「エンド半年後」
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番外編「14歳の王女」
(アンヌとクラウス婚約)
番外編「元修道士と息子」後半
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