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番外編・リヒターの変装道具

アンヌのお話です。

レセプション舞踏会が終わった翌月くらい。

 クラウスが扉を開く。

 初めて彼の私室に入るんだ、と思ったら急に緊張してきた。

 胸がドキドキして、扉をくぐるとき思わず、

「お邪魔します」

 と言ってしまった。


 ぷっ、とシンシアが笑う。


「アンヌったら。そんな大層なものではないわ。――私も初めてだけど」

「一緒じゃない!」

「でも焦りはしないわ。オタク魂は震えているけど」

「『オタク』とはなんだ?」クラウスが尋ねる。

「秘密よ。アンヌとルクレツィア、私のナイショの暗号なの」

「ふうん」と答えてクラウスは部屋の奥に進む。ついて行きながら、壁に小さな鏡があることに気づいた。

 前の屋敷には置いていないと話していたけど――。


「ああ、今は使っている」

 私の視線を辿ったらしいクラウスが言った。

「アンヌ様に会うときに、ヨダレ跡でもついていたら大変ですからね」とラルフが笑う。


 そうなんだ。嬉しいお話だ。


「そんな顔も見てみたいけど」と私が言えば、

「私も!」とシンシアが賛同する。「でも妻になるアンヌの特権かもしれないし。うぅん、悩みどころだわ」

「妻!」

「でしょ?」

 シンシアがニタリと笑う。


 クラウスはと見れば、彼も頬が緩んでいた。

 ラルフが、

「だらしない顔になっているぞ」とクラウスの背を叩いて続き部屋に消える。

「仕方ないわよね」とシンシア。「クラウスはアンヌが大好きだもの」

「そう、仕方ない」

 クラウスが大真面目にうなずく。


「いいなぁ、アンヌは」とシンシア。「恋人が好き好きオーラ全開で。エドはツンばっかり」

「そうね。あなたの見ていないところでは嫉妬全開だけど」

 クラウスがうなずく。


「シンシアに来た見合い、片端から断りの手紙を書いていたからな。兄の許可なく」

「そうなの?」

「しれっとした顔で、『必要かと思い書いておきました』とか言っていた」

「嬉しい」とシンシア。「でも私にもそういうところを見せてほしいわ。ムリだろうけど」

「エドってヘタに『優しくしてあげて』と頼むと余計に意地悪しそう」

「そうなのよ!」

「そのとおりだ」

 兄妹の声が重なる。


「あいつは生まれながらの天邪鬼ですよ」

 戻ってきたラルフが言う。手には畳まれた衣服。

「悪いな、ラルフ」とクラウス。


「わ、懐かしい! この帽子、最初のころにリヒターがかぶっていたもの!」

「クラウス、かぶってみて!」とシンシアがねだる。


 三人で話していてたまたまリヒターの話題になり、シンシアが『リヒター』に会ってみたかったと言い出したのだ。そこに仕事から帰ってきたラルフが、変装に使った一式はまだありますよと言って、みんなで見ることになった。わざわざ私室まできたのは、応接間で広げていたら絶対に侍従のロンサムにクラウスが叱られるかららしい。


 クラウスが上着を替え、帽子をかぶる。帽子には黒髪の前髪つき。


「リヒター!」

「そんな嬉しそうな声を出すなよ」とクラウスが不満げに文句をつけた。「自分に嫉妬しそう」

「だって私が好きになったのはこのリヒターだもの」

「そうだが。なんか複雑」

「アンヌ、クラウス、ここに私とラルフもいるわ。覚えている? 二人の世界に入らないでね」

「すまない。どうだ、シンシア」

「そうね、見るからに不審者だわ! アンヌ、よくこんな人を好きになったわね」彼女は笑いながらそう言って、「妹としては感謝しかないわ」と続けた。


「よし、大満足」とシンシア。「私は先に戻っているわ。ふたりはごゆっくりどうぞ」

「え?」

「さ、ラルフ、行きましょ」

 シンシアがラルフの腕を引っ張る。

「いや、それはマズくは……、ロンサムが怒りますよ」

「私がとりなせば大丈夫」

「そうかなぁ」


 ふたりはそんな話をしながら出ていった。

 扉は開いているけど、クラウスと部屋にふたりきり。こんなのレセプション以来では? 王宮だと妃殿下がうるさいから常に誰かが一緒だもの。

 なんだか緊張するな。


 クラウスはリヒター帽子を取り上着を脱いでいる。

「ね、それをかぶってみたい」

「これ? なんで?」

「その前髪で前が見えるのか、ずっと不思議だったの。せっかくだから上着も着る!」

「変なヤツ」

 言葉とは裏腹の楽しそうな顔。


 まずは上着を借りて手を通す。

 ブカブカ。


「大きい。リヒターって細いと思っていたのに」

「……」

 袖なんて指先まで隠れてしまう。

 次は帽子。こっちもちょっとだけ大きい。視界は――。


「以外によく見えるね。でもめちゃくちゃ邪魔。鼻がくすぐったい」

 髪がかする鼻がもぞもぞする。

「どう? リヒターぽく見える?」

「……」

 返事はない。

「リヒター?」


 はあっと深いため息が聞こえたと思ったら、ぎゅっと抱きしめられた。嬉しいけどなんで?


「どうしたの?」

「よくわかんねえが、バカ可愛い」

 返ってきたのはリヒターの口調。

「俺の変装道具を着てなにが楽しい? 意味がわからん。おかしなアンヌが可愛い」

「そう?」

「目が隠れてても可愛い」

「……ありがと」

 ちょっと『可愛い』を連発しすぎじゃない? 恥ずかしくなってきた。

「めちゃくちゃモサくてダサいのに、可愛いって反則じゃねえか」


 腕の力が緩んだと思ったら、ちゅっとキスをされる。唇に、頬に、耳に、口元に……。

 あれ? これは変なスイッチが入っちゃったんじゃない?


「あの、リヒター?」

 返ってきたのは、またも深いため息だった。ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

「……可愛い」

「ありがと。リヒターもいつもかっこいいよ。きっとヨダレを垂らしていても様になると思う」

「イヤだね、それは」


 またも深いため息。

「全然アンヌが足りない」

 私もぎゅっと抱きしめ返す。

「……可愛いことするなって。俺の理性が吹っ飛ぶぞ」


 それはそれで嬉しいけど、色々まずいものね。

 手を伸ばして、クラウスの頭をいい子いい子する。


「だから可愛いことをするなって言ってるだろ!」

「リヒターてばなにをしても可愛いって言う!」

「仕方ねえ! アンヌは全部可愛いんだ!」

「なにもできないじゃない」

「……だな。自制、自制」


 腕がほどけて、クラウスが離れた。前髪越しに目が合う。


「やっぱりあと一回」

 クラウスはそう言うが早いか、ちゅっとキスをした。

「ほら取れ、俺が冷静なうちに」

「確実に冷静ではないよ?」


 帽子を取り、差し出された手に乗せる。と、その腕を捕まれ、またキスをされた。


「素のアンヌにまだしてなかったからな」

 ニヤリと悪いオトコ風に笑うクラウス。


 可愛いのは、諦め悪くキスしまくるクラウスもだよ。

 でもそれを伝えると、もっと止まらなくなるのは目に見えているから黙っておこう。

 ――今のところはね。



《ゲームエンド後の時系列》

本編・「悪役令嬢になった訳」

番外編・「リヒターの変装道具」←このお話

番外編「怯える王子」

番外編「ウラジミールの幽霊」

本編・「エンド半年後」

番外編「14歳の王女」

(アンヌとクラウス婚約)

番外編「元修道士と息子」後半

番外編「秋祭り」

番外編「シェーンガルテンでデート」

番外編「警備隊員の幸せ」

番外編「堅物ラルフ」前半

番外編「エヴァンス邸」

番外編「堅物ラルフ」後半

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