7・2 意外な人物
私の言葉に返ってきたのは、クリズウィッドの声だった。
振り返ると、植木の影から彼とクラウスが出て来た。私とルクレツィアは視線を交わす。
「お兄さま」
ルクレツィアが素晴らしい笑みを浮かべて、ちらりとクラウスを見る。紹介してほしいとの素振りだ。
彼女は私が返事をしなくて済むように、気遣ってくれたのだ。なんて的確な対応力!
「ああ。君たちは彼とはまだ話したことがなかったか」とクリズウィッド。
私たちはうなずく。
クリズウィッドがそれぞれを紹介し合う。
終わるとクラウスは、お近づきできて光栄ですと言って、ルクレツィアの手を取りキスをした。そして次に私。
どきりとしたけれど、あくまで敬意を払って形式に則っただけのようだ。唇を近づけただけで、触れることはなかった。ほっとする。
ただ。どうしてなのかこの暖かい陽気の中、彼は絹の手袋をしている。
「せっかくだ、一緒にいいかな?」
とクリズウィッド。再び視線を交わす私たち。心の中では嫌よ!と叫んでいるけれど、そうもいかない。
ルクレツィアが完璧な笑みを浮かべて、もちろんと答えた。
クラウスはやはり、不思議な雰囲気がある。動作は先日まで僧侶だったとは思えないほど優雅で、一見、ちょっと美男子すぎるだけの青年貴族なんだけど。なんなのだろう。ゲーム効果なのかな。クリズウィッドも時々、キラキラフィルターがかかっているのかなと思うときがあるものね。
二人が席に着くのを見ていて、ふと、気配を感じた。目をやると距離をおいてひとりの男が立っている。
私の視線に気づいたのか、
「彼は私の従者だ」とクラウスが説明した。
なるほど。例の元修道騎士だろう。年の頃は四十前後だろうか。服装こそは従者のようだけれど、がっしりとした筋肉質の体つきで、頼もしそうだ。
……それにしても。気のせいかな。見覚えがあるような。
「あなた、どちらかでお会いしたことがあるかしら」
思いきって尋ねると、私の視線を黙って受け止めていた護衛は、ちらりとクラウスを見た。クラウスはうなずく。
「はい」と護衛。声も聞いたことがある気がする。「私は聖リヒテン修道騎士団のマルコです」
「あっ!」
思わず叫んだ。
そうだ、確かに彼だ。服装や髪型が違うから分からなかったのだ。
私は立ち上がると彼の元へ行った。
「あの時は本当にありがとうございました。おかげで今日あることができているのです」
膝を折り、深く頭を下げる。
「もしかして君が盗賊にあったときの?」
背後からクリズウィッドの声。振り返り、そうだと答える。
「それなら私からも礼を言わないといけないな」
「必要ございません。私は通りすがりの騎士として、すべきことをしただけです」とマルコ。
「だけれど、どうして公爵の従者を?」
どう見ても還俗している格好だ。一時的に派遣されたという訳ではないだろう。
「私がいた修道院とリヒテンは近くてね」
そう答えたのはクラウスだった。
「還俗し都に帰るにあたって、護衛となる騎士を連れて行きたいと頼んだのだ」
マルコがうなずく。
王宮内では許可された者しか剣を持てないから、従者の装いをしているのだろう。
それにしても、なんという偶然だろう。
「お会いできて嬉しいです。どうぞお困りのことがあったら遠慮なくおっしゃって。あの時の恩を返す機会を私にくださいね」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」
マルコは柔和な笑みを浮かべた。
そうだ。リヒター情報によると、クラウスが連れて来た騎士は二人のはずだ。
「ヤコブ僧とルカ僧は? お元気にしてらっしゃるかしら?」
「ヤコブは共に還俗し、公爵に仕えております」
「そう。ぜひお会いしてお礼を言いたいわ。それでルカ僧は?」
「ルカ僧は」マルコはわずかに表情を変えた。「亡くなりました」




