表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
239/251

番外編・ジュールとサニー、それから怪しい男

孤児院の子供たちのリーダー、ジュールのお話です。

本編『27・2変化』の直後になります。



(文中にわざと文法の間違いを入れてあります)

 足音を立てないように注意しながら、教会に入る。能天気なサニーは新しい遊びだと思ってて、顔いっぱいの笑顔だ。つないだ手をもにゅもにゅとされていて、くすぐったい。


 おんぼろ参列席のあいだを通り、アイツに近づく。いつもと同じで椅子に横になって寝ている。大人の男には狭いはずなのに、器用だ。そして寝ていても顔を隠している。怪しさ全開だ。


 ヤツを起こさないで、そばまで来れた。恐る恐る手を伸ばす。絶対にコイツの顔を見てやるのだ。

 口元をおおっているスカーフまであと少し。


 胸がものすごくドキドキしている。アンヌも見たことない顔を、オレが見る――。


 突然、伸ばした手が捕まれた。

「うわぁっ!」

 驚いた拍子に尻餅をつく。

 ヤツがすっと起き上がり、イスに座る。あっという間の早さだった。


「何か用かい、小僧」

 ヤツが言う。どうしよう。怖い。

「んとね、リヒターの顔をみたいの」

 サニーの声。全然怖がっていない。

「悪いが、見せらんねえよ」

「やっぱりワルいひとなの?」能天気サニーが訊く。

「イイ人ではねえけど、ワルくもねえよ」

 リヒターはそう言って、サニーの頭をぐしゃぐしゃっとかき回した。乱暴だけどイヤな感じじゃない。サニーもデヘヘと喜んでいる。


「なんでリヒターじゃないリヒターが来たの?」

 サニーはいきなり、キケンな質問をした。

「俺じゃない俺? なんのことだ?」

 だけどリヒターは分かってないようだ。オレはツバを飲み込み、腹をくくって立ち上がった。


「アンヌがバカンスに行ってたときだ。リヒターそっくりの格好をしてたけど、あんたじゃなかった」

「そうだよ! サニーが気づいたの!」

「オレはそんときは分からなかったけど、この前、あんたが大工仕事をしてたときに違うって分かった。バカンスのときのリヒターは、もっとなよってしてた!」


 ぶふっとリヒターが吹き出した。問い詰めてるのに!

「ワルいワルい。『なよっ』てのがおかしかった。だがそりゃ勘違いだ。あん時も俺だよ」

「ウソついたらダメってロレンツォさまが言ってるよ!」サニーがぽすんとリヒターの膝をたたく。

「ウソじゃねえよ」

「じゃあ、アンヌとみんなで話し合おう。アンタは怪しすぎる。アンヌに何かあってからじゃ困るんだ。後ろ暗いとこがないって言うなら、何で顔を見せらんないのか、きちんと説明してよ」


 サニーがヤツの手をとった。

「リヒターじゃないリヒターは、やわらかい手だったよ。手袋してたけど、ぷにぷにしてた」

「え。手袋してたっけ?」

「うん。おぼえてるよ。サニー、おりこうだもん」


 アンヌがいないときのコイツは、パンを神父様に渡すとすぐに帰っていた。手袋をしてたかどうかは覚えてない。夏なのにコイツはいつも長袖を着ている。半袖ならきっと気づいたのに。悔しい。

 だけどまだ間に合う。アンヌはオレが守らなきゃ。


「言い逃れはできないぞ、リヒター。アンヌに話すから」

 サニーの手を引っ張る。

「待てっ!」ヤツの焦った声。「分かったよ。確かに代理を頼んだときもあった。でも後ろ暗くはねえよ」

「ウソつけ! わざわざ自分そっくりのヤツを寄越して、おかしいだろ! 何を企んでるんだ。まさかアンヌをいつか誘拐しようとしてるんじゃないだろうな!」

「誘拐するなら、とっくにしてるって」

「ちゃんと説明しろよ! しないのなら、サニー、アンヌと神父様を」

「待て待て待て」


 あい、とうなずいたサニーの肩をリヒターがつかむ。ドキリとしたけど、殴ったりするのではなかった。ヤツはサニーを抱え上げると、自分のとなりに座らせた。


「……アンヌには、バカンス中に俺が都にいたと思っていてもらいたいんだよ。知られたら、俺は護衛をできなくなる」

 リヒターの声はまじめだった。

「なんで?」

「言えねえ。お前たちを信用してねえんじゃなくて、それが護衛を続ける条件だからだ」

 なんだかよく分からない話だ。ひとつだけ分かるのは――

「リヒターはアンヌの護衛をやめたくないってこと?」

「ああ」

 返事の声は、ものすごく真剣だった。


「なんで? 悪巧みのための護衛?」

「だから違うって」

「なら、お金をのためか?」

「……」

  リヒターは答えなかった。その代わりに

「もういいだろ。俺は何も企んじゃいねえよ。話せねえことはあるけど、アンヌを困らせることじゃねえから。ほら、行った行った」と言った。

「わかった!」サニーが嬉しそうに叫んだ。「リヒターもアンヌさまに会いたいんだ」


 リヒターはまた何も答えないで、サニーの頭をぐしゃぐしゃした。

 そうなのか? この怪しくてワルいうわさのある裏町の男が、アンヌに会いたい? さっきの返事は真剣だったけど。


「やっぱり信用しきれない。どうすればいいんだ」

 嵐で壊れた孤児院を一生懸命直してくれたりと、良いとこもある。だけど護衛ができなくなる条件とかは、意味がよく分からない。

「そりゃそうだよな」とリヒター。

「だってアンヌの父親は嫌われ者の宰相だ。裏町のアンタの目当てが宰相のほうって可能性もあるだろ?」

 心臓がドキドキうるさい。こんなことを言って大丈夫だろうか。企みを見破られた消してしまえ、なんてことにならないだろうか。


「ジュールは賢いんだな。イイ着眼点だ」

 なんと、リヒターに褒められた。オレの名前も知ってるし。教えたおぼえはないぞ。

「約束をしよう。俺は最後までアンヌを守る。絶対に危険な目に遭わせないと神に誓う。だからお前たちは、俺のことを彼女に話さないでくれ」

 ものすごく真剣な声。


「サニー、話さないよ」

 能天気なサニー。彼女のことはほうっておいて、

「『最後』ってなんだよ」

 と訊く。イヤな響きの言葉だ。

「アンヌは、王子と……結婚すんだ。そうしたら今みたいにお忍び町歩きはできなくなる。だからここに来る『最後』だ」


 アンヌがそのうち結婚するのは知っている。ここに来られなくなることも。あまり考えたくないけど、近い未来のはずだ。

「そのときまでアンヌを守る?」

「守る」

「絶対に?」

「絶対に、だ。俺がアンヌの隣にいられるのは、護衛しているときだけなんだ」

 なんで、とサニー。リヒターはそっちを見た。

「……俺は王子との結婚に割り込めねえからな」

 リヒターはまたオレを見た。

「だから最後まで護衛としてあいつを守る。頼むから、邪魔しないでくれ」

 それってつまり。

「リヒターはアンヌを好きなのか?」


 ヤツはまた答えなかった。『そうだ』とも『そうじゃない』とも。

 長いだんまりのあとに、リヒターは

「……アンヌには言わないでくれ。知られたら、会えなくなっちまう」

 と言った。すごくつらそうな声だった。


「分かった。信用はちょっと置いといて、何も言わないとは約束する。だから、そっちもちゃんと最後まで守ってくれよ」

 ああ、とリヒター。

「サニーもだぞ。今日の話は誰にも話しちゃダメだ」

「あい!」


 ニコニコ顔のサニーが本当に分かっているとは思えないから、あとでしっかり言い聞かせよう。

 リヒターが怪しい男であることは変わらない。でもアンヌを守るという気持ちだけは信用してもよさそうに思う。


「ありがとよ。サニー、ほら遊びに行け。早くしねえとアンヌが帰る時間になっちまうぞ」

「やだっ」

 サニーが駆けて行く。彼女が教会を出るとリヒターはオレを見た。


「約束の証、な。お前は秘密を守れそうだから」

 ヤツはそう言って長い前髪をほんの少し、指で動かした。できたわずかなスキマから、緑色の瞳が見えた。すぐに前髪で隠される。


「こんだけだ。絶対に他言すんなよ」

「……しない。男と男の約束だ」

 リヒターが立ち上がり、右手を差し出した。握りしめると、ゴツゴツとして固かった。

「じゃあ、もうひと眠りさせてくれ」

「うん」

 オレは手を離して、素直に出口に向かう。


 ヤツの目は、思ってたのと全然違った。力強くてキレイだった。悪人って感じじゃない。

 それにオレと対等に握手してくれた。

 本当にワルいヤツじゃないのかもしれない。

 あいつの全部まるごとを信用してやってもいいかな。


 外に出る前に振り返ると、ヤツの姿は見えなかった。もう寝たらしい。教会は昼寝する場所じゃないのに。

 リヒターは怪しいうえに、ヘンな大人だ。


 ――だけどアンヌを好きなのか。


 それが叶わない恋であることは、オレだって分かる。それでも会えるギリギリまでとなりにいたいなんて。案外、健気だ。


 オレは足音を立てないように、そっと教会から出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ