おまけ・『堅物ラルフの恋』その後の鍛錬場
モブ君ことアレクのお話です。
前話『堅物ラルフの恋』のエンド後、鍛錬場での一幕です。
こちらは以前、活動報告に載せたものの再録になります。
◇リヒターというヤツ◇
建物の窓からリヒターが顔を出した。と思ったら、
「ラルフ副官、体調が悪そうなんで帰宅させまぁす!」とヤツは叫んだ。
鍛錬場にいる警備隊員たちが顔を見合わせる。
ブルーノ副隊長が
「くれぐれも順番を守れって言っとけ!」
と叫び返したことで、隊員たちはみな表情が緩んだ。
「あんたがそれを言うか!」
というリヒターの言葉にみなが笑う。
どうやらラルフ副官とお嬢さんはうまくまとまったらしい。
ようやくだ。
俺たちも肩の荷を下ろせる。
この二年、堅物すぎるラルフ副官と、そんな彼に恋して必死に大人になろうと奮闘するお嬢さんのふたりを、俺たちがどれほど心配してきたか。時にはフォローし、時には道化になり見守ってきたのだ。
ほどなくしてリヒターがやってきた。上機嫌だ。
「どうだ」とブルーノ副隊長。
「スキップしそうな勢い」とリヒター。
吹き出す副隊長。「浮かれたラルフなんて見たことがないぞ」
「だな」うなずくリヒター。
「全く。堅物というより、ただの臆病だ。ベタ惚れのくせに認めなかったのだから」
「反面教師だろ。あんたが緩すぎるうえに二十五も年下のニンナに順番を守らなかったから」
ふたりの会話を聞いていた仲間から笑い声が上がる。
だけど一度だけ、リヒターから聞いたことがある。ヤツと副隊長、ラルフ副官は都にやって来るとき、最悪の場合は近衛や警備隊と剣を交えることもあると覚悟していたという。
三人とも百戦錬磨の騎士だけども、いや、だからこそ、その覚悟は同時に命を失うことへの覚悟でもあったようだ。
しかも全てが無事に終わったとしても、みな修道騎士に戻るつもりだったという。
「後はない日々を送っているときに、惚れた女にどうしても好きなのなんて乗っかられて泣かれたら、そりゃ手を出すのをガマンできないよな」
とリヒターは言っていた。
確かになと返事をしながら、このお綺麗な公爵様の壮絶な人生を垣間見た気がして、なんとも言えない気持ちになったのだった。
「ていうか、ラルフ副官って今日は休みじゃなかったか?」
俺がリヒターに尋ねると、ヤツはそ、と軽く答えて呆れたようにため息をついた。
「ラルフのヤツ、めちゃくちゃこの日を意識してるくせになんともない風を装っていたからさ。ダメだこりゃと思って俺が申請しておいた」
「で、俺がこっそり受理した」とブルーノ副隊長。
「この二年、どんだけあいつをフォローしてきたか」
リヒターの言葉に副隊長がうんうんとうなずく。
「お嬢さんを気にしてないふりしながら、若い男といるのを見るとすぐにしょんぼりするし」
とリヒターが言うと、若手が
「ほんとですよ! 必要な話をするのだって、めちゃくちゃ気を遣いましたからね」と不満げに声をあげた。
「とんだ迷惑カップルだ」と副隊長。「やはりこれは償いが必要だ」
「だな」とリヒター。「全員分の昼飯を奢らせよう」
やったあ!と隊員たちが歓声をあげる。
「せっかくだし賭けないか」と中堅の隊員。「初キスがいつか」
のった!と声が上がる。
「あと、どっちからか」と別の隊員。「俺はお嬢さんから」
俺も俺もとの声。
「誰か紙持って来い!」
叫びが上がって、若い隊員が建物に向かって駆けていく。
鍛錬場にいるのに、誰ひとり鍛錬をしていない。
「俺はラルフから」
ブルーノ副隊長がぼそりとそう言うと
「俺も」と小声でリヒター。「初キスは本日中に賭ける」
「じゃ、俺もお前と同じにしておこう」
そう言うとリヒターは俺を見た。
「きたねえぞ」
「そもそもお前なんてこんな少額の賭けをして意味があるのか」
「額の大小じゃねえ。楽しいだろ?」
「まあな」
わいわいと賭けのオッズを言い始めた仲間を見ながらこの都もずいぶん平和になったもんだと思っていると、リヒターが
「すくのを待つ間、とりあえず手合わせしようぜ」
と声をかけてきた。
「たまには勝ってやる」と俺。
「たまには? まだ一勝も上げてねえくせに、盛るんじゃねえよ」と楽しそうなリヒター。
俺たちはいつものように向かい合って剣を構えた。
・おしまい・




