番外編・警備隊員の幸せ
警備隊員モブ君 (アレク)のお話になります。
※後書きに余談とショートストーリー (再録)を追加しました。
「なんでフラれたんだ? 付き合い始めたばかりだろ」
掛けられた声にはっとして、向かいを見る。
深夜の当直。今夜は平和で事件はなく、次の巡回までにやることは剣の手入れぐらい。それも終わり、つい、うつらうつらしているところだった。
目前に座る同僚は、両足をテーブルの上に投げ出し椅子の背にもたれている。
ここには俺たちふたりしかいないとはいえ、寛ぎすぎじゃないか? というより……
「公爵様の態度とは思えないぞ」
「いいじゃねえか。誰もいねえし」
「そういう問題か?」
「そういう問題だね」
同僚である公爵、通称リヒターは到底お貴族様とは思えない態度を直す気はないらしい。もっともアンヌさんやブルーノ副隊長が言うには以前より、ほんの少しではあるけれど、言葉遣いも態度も下町感が薄れているという。もしかしたらその反動が、人の少ない深夜に出るのかもしれない。
そもそもこいつは酔狂すぎる。
基本的に午前は通常の警備隊の仕事をしているが、午後は彼だけの特別任務のために王宮に行く。国王の警護だそうだ。それって近衛の仕事じゃないか、という指摘をしてはいけない。警護なんて建前に過ぎなくて、実際は執務のサポートらしい。
どうやらそれは国王の懇願によるもののようだ。ヒラの警備隊員でしかない俺にはよく分からないが、深い事情があるらしい。
そんな非一般的な勤務形態なんだから夜勤なんてしなければいいのに、他の警備隊員同様にシフトに入っているのだ。これを酔狂と言わずになんと言う。
「で? どうなんだよ」とリヒター。追及の手は緩めてくれないようだ。「まだひと月ぐらいだろ? 付き合い始めたのが俺の婚約直前だから」
「傷をえぐるな。アンヌさんに泣きつくぞ」
「彼女には近づけさせねえよ!」
惚気る公爵様に腹が立ったから、足を伸ばしてヤツの座る椅子を蹴ってやる。こっちはフラレてからまだ数日。どん底気分だっていうのに。
とあるバールの看板娘といい感じになったのがふた月ほど前だ。俺はモテるけど、交際は長続きしない。その理由はたいてい同じだ。仕事が忙しいせいで会う時間がなかなか取れず、最終的に、私よりも仕事が大事なのねとなじられてフラれる。
だから今回はそうならないように、時間をかけて信頼関係を作り、俺を十分に理解してもらってから交際を申し込むつもりだった。
その計画をめちゃくちゃにしたのが、こいつだ。
彼女のバールで婚約記念パーティーをする、警備隊員をごっそり招くなんて言うから、他の男に取られちゃいけないと慌てて告ってしまった。
めでたく付き合い始めたものの、時期は秋祭り直前。この時期は毎年、善良な市民も凶悪な犯罪者も浮き足だっているせいでイザコザが多く、仕事量が倍増する。
で、初デートが三回延期になり、そのままフラれた。一緒に行くはずだった秋祭りの二日前に……。
ちくしょう。
こいつが警備隊に来てからというもの、完全にツキに見放されている。絶対に疫病神に違いない。俺はこいつの代わりにアンヌさんの護衛を引き受けたことだってあるのに、酷いもんだ。
……もっとも。こいつ自身はそう悪いヤツじゃない。
フラれて秋祭りをひとり淋しく過ごす予定だった俺に急遽入った仕事は、こいつとアンヌさんのデートの監視役だった。
ブルーノ副隊長の話じゃ、本来その仕事をするのは元国王妃殿下直属の役人だったそうだ。どうやら公爵様が可哀想な俺に気を回してくれたようだ。本人は何も言わないけど。おかげで惚気に当てられつつも、まあまあ楽しい祭りを過ごせた。
懐から祭りで手に入れた幸運グッズを取り出して、テーブルに置いた。
「お。ちゃんと身につけてんのか」
リヒターが嬉しそうな声で言う。
「そうしなければシメるって脅したのはお前だろうが」
秋祭りの屋台で売られていたノイシュテルン伝統のグッズ、幸運のブタの御守り。これはアンヌさんが俺に買ってくれたのだ。リヒターと仲良くしている礼だと言っていた。どうやら、ツキがないと嘆いてばかりいる俺を心配してのことらしい。
笑顔の彼女の隣で公爵様は、大事にしねえと巨大不幸に見舞われるぞと脅しをかけてきた。
だけど俺は知っている。代金の半分をヤツが出していることを。
悪いヤツじゃない、というより、めちゃくちゃいいヤツだ。
バールの件だってたまたまそうなってしまっただけで、悪意はないのだ。口では辛辣なことを言っていても、俺への配慮はこっそりしている。
「ま、この素敵なブタちゃんが幸運を運んでくれるだろうよ。アンヌさんはツキをもたらすって、パン屋の親父が言ってたもんな」
「初デート、三回も延期したんだってな。非番返上の出動で」
目を上げると、公爵様は真面目な顔で俺を見ていた。
「なんだよ、知ってるんじゃないか。ウィルか? ウィルに聞いたんだな?」
「そ。やっぱ、それがフラレた原因なのか。三度目はアレだってな。ジャンの代わり。あいつの奥さんがケガして仕事を休みたいって言ったとき」
「あいつ、何で話しちまうんだ」
「話を濁せないのが、ウィルだろ」
「そうだけどさ」
フラれた原因は、別段隠したいことじゃない。警備隊員ではよくある話だ。ただなんとなく、こいつの耳には入れないほうがいいだろうと思っていた。
「真面目なお人好し」リヒターはそう言った。「お前のツキがないのは俺のせいじゃないね」
「いいや、お前のせいだね」
「なんでジャンの代わりをするんだ。彼女を大事にしたいって言ってたじゃねえか」
「……ジャンのヤツ、かなり困ってたからな」
「初デートを優先させろよ。あいつの代わりは誰だっていいんだ」
「……ちょうど俺が聞いたし」
「アホ」
「うるさい」
「彼女に事情を話したのか?」
「……話す前にフラれた」
「間抜け」
「知ってるよ! ああ、どうせ俺はアホで間抜けだよ! だって家族がいるヤツに負担をかけたら可哀想だろ」
公爵様は深く息を吐いた。
「人員不足は悪いと思っている。近衛の穴を警備隊にさせていてすまない」
やっぱりな。気にすると思ったんだ。
「……なんだよ、急に貴族ヅラすんな。それに元々秋祭り前は仕事が忙しいもんだ。隊員だって、少しずつ増やしてくれているだろ」
「お人好しだな」と公爵様は笑った。
と、外からざわめきが聞こえてくる。
「巡回グループが戻ってきた」
俺がそう言うと、リヒターは素早く卓上の足をおろした。
「外面!」
指を差して笑ってやる。
「うっせえ。最近、ラルフに見つかると叱られるんだよ。いい加減、公爵らしくしろって」
「そりゃ当然だな」
「俺は貴族って柄じゃねえの」
「ま、言動は完全に下町の兄ちゃんだけどな」
「だろ?」
噂によると、公爵様は本来は王になる身だったらしい。そうでなくてもバリバリの貴族のくせに、下町の兄ちゃんとの言葉に嬉しそうな顔をする。変なヤツだ。
こいつは確実に疫病神だけど、実のところ、一緒にいるのは楽しい。絶対に言わないけどな。
◇◇
夜勤翌日の午後。仕事は休み。これから鍛治屋に向かう。
……のだが、その前にちょっとだけ、彼女のバールに寄ってみた。いや、中には入らない。前を通るだけ。俺はストーカーじゃないし。
というか彼女は昼間は針子の仕事をしている。バールは父親の店で、客が立て込む晩だけ手伝いをしているのだ。だから多分、この時間はいない。
あれこれ言い訳を頭の中で繰り広げながら、店の中をのぞく。
やはり彼女はいない。
だよな。そう思ってた。思わずため息がこぼれる。
俺は本当は未練タラタラだ。彼女のことがめちゃくちゃ好きだ。さすがに三度目のデート延期は、マズイと思った。だけどあのときジャンの奥さんは事故で突然の大怪我を負い、ヤツは半端なく動揺していた。どうしても知らん顔はできなかったのだ。
夜勤明けの帰り道、リヒターとウィルには土下座して復縁を頼めと怒られた。ストーカーで訴えられたらまずいだろと言い返したけど、内緒にしているだけで、実はもう二回やっている。どちらも話を聞いてもらえなかった。これ以上やったらさすがにストーカー認定されるだろう。
だから、あと一回。次で最後にする。絶対。……多分。
これじゃウィル以上にストーカーだ。だけどどうしても彼女が好きなのだ。
しょんぼりとバールに背を向け歩きだしかけて、止まった。目前に彼女、ミレーナが立っていた。
「……やあ、その、……度々ごめん」
強ばった顔をしていた彼女は、深い深いため息をついた。
「せめて言い訳を聞いてもらえないか」
「恋人よりも仕事が大事な理由を聞きたいはずがないじゃない」
初めて返事があった! 前回までは、丸っきりの無視だったのだ。
彼女はまたため息をついた。
「……三度目は、奥さんが事故に遭った隊員さんの代わりで出勤したんだってね」
「何でそれを」
「お友達が来たのよ。あの公爵様とウィルってひと。アレクは恋人も大事だけど、同じぐらい仲間も大事にするヤツなんだ。腹は立つだろうけど、すごいいいヤツだし君のことが大好きだから、チャンスをあげてくれって土下座されたわ」
「何っ!? ウィルはともかく、リヒターもか?」
「そうよ。公爵様に土下座されたら、分かりましたとしか答えられないじゃない」
そう言ったミレーナは困ったように笑った。
「仕方ないからチャンスをあげる。いい友達がいる人に、悪い人はいないが私の信条だから」
「……いいのか?」
「私ももう少し、辛抱強くなるようにがんばる。だけどちゃんと構ってくれなきゃイヤよ」
「全力で構う! だからもう一度、俺と付き合ってくれ」
「それからお店でたくさん注文してね」
「するとも!」
「服を買うときは、私の店で」
「もちろん!」
「デート代は全部あなた持ち」
「当然!」
「週に一度はプレゼントをくれること」
「忘れないようにする」
「結婚式は春がいい」
「分かった! ……え?」
ミレーナはくすくす笑う。
「アレクってば必死ね。全部冗談よ。だけど構ってほしいのは本当。約束してくれるなら、付き合うわ。私はデートの延期に、なるたけ怒らないって約束する」
「約束するぞ。警備隊員の誇りと、土下座してくれる友達に誓って」
「そうね、私もあのふたりに誓って約束をするわ」
ミレーナの手をとり握りしめる。
と、ぴゅうぴゅうと指笛が鳴った。振り向くとバールの入り口に常連たちが集まっていた。みな一様にニヤニヤしている。その中でミレーナの父親だけが、仁王立ちでしかめっ面をしていた。
「親の前でいちゃつくんじゃねえ!」
「すみません!」と俺が答え、
「はぁい!」と彼女が答えた。「父さんの許可が出たから、よそでいちゃつきましょ」
「なに! ミレーナ、今日は店を手伝う約束だろ」と父親が言う。
「今日は多目に見てよ! 今を逃したら、また初デートが延期になるかもしれないじゃない」
「そいつはいけねえ。親父、諦めろ」と常連客たちが店主を中へ引っ張って行く。ナイスフォローだ。
「よし」とミレーナ。「初デートをしましょう」
「……今日はどうしても鍛治屋に行かないといけないんだが」
「色気がないけど、ガマンしてあげる。警備隊員と付き合うのだから仕方がないわよね。覚悟は決めたの」
「そういうところが好きだ」
「臆面もなく言っちゃう?」
そう言う彼女の顔は真っ赤だ。可愛い。こんな可愛い彼女と、もう一度やり直せる。
どうやらようやく俺にもツキが回ってきたらしい。
そのツキを力ずくでパスしてくれたふたりに感謝しつつ。
あいつは公爵のくせに土下座なんて、やり過ぎじゃないかとおかしくなった。変なヤツと不思議な縁ができてしまったもんだ。
ミレーナと手を繋いで歩きだして。さらりと伝える。
「俺は結婚式は春で問題ないけど?」
「気が早すぎよ! ……パーティーはうちのバールでね」
お読みいただき、ありがとうございます。
◇余談◇
リヒターが土下座をするのは、生涯で三度。
一度目はクリズウィッドに。
二度目はミレーナに。婚約パーティーのせいでアレクの計画が狂ったことを、こっそり気にしているから。
三度目はアンヌローザを怒らせて平謝り(←予定)。
◇以前に活動報告に載せたSS◇
『ある日のクラウスとアレク』
(クラウスの婚約パーティー直前の話)
「招待状?」
仕事終わりに同僚から渡された封筒。見たこともない高級そうなそれに、美しい文字で俺の名前が書いてある。裏を返すと、奴の正式名。だけど身分を表す『公爵』の文字はない。
「そ」
公爵でありながら警備隊に入り、しかも役職なしのヒラ隊員をしているリヒターは、軽い口調でうなずいた。
そもそも『リヒター』はあだ名。警備隊の中では公爵である彼の本名は気軽に呼べないという空気があり、なんとはなしに皆、そのあだ名で呼ぶようになった。
たが俺は奴の恋人アンヌから聞いた。リヒターは本名が嫌いだ、と。だから『リヒター』と呼ばれるほうが好きらしい。だけどその恋人が最近リヒターと呼ばずに、本名のクラウスと呼ぶようになった。
何かしらの変化があったらしいが、俺には分からないので、変わらずリヒターと呼んでいる。
仕事中は同じ立場の同僚として親しくしているが、本来彼は公爵で王族の血が流れるやんごとなきお方。一方、俺は平民。対等な立場なんかではない。
「何の招待状だ?」
そんな奴に何に招待されるというのだ。だが公爵様はさらりと、
「婚約記念パーティー」と言ってのけた。
今月奴は恋人と正式に婚約をする。めでたいことだ。だがその恋人も公爵令嬢(には見えないけど、確かにそうなのだ)。
「何で俺みたいな平民を呼ぶ。気遣いならいらない」
他の出席者なんて、王宮でもトップレベルの身分の人間だろう。
「違えよ。こっちは下町用」
「下町用?」
「そ。ブルーノとラルフ、同じ隊の奴ら、隊長、アンヌが働いているパン屋の一家、友達の主婦たち。アンヌお気に入りの下町のバールを借りきって、立食パーティー。お前のみ、不参加は受け付けねえから」
ニヤリとする公爵様。その表情はどう見ても裏町のチンピラだ。
だけどわざわざ俺たち用のパーティーを開いてくれるのだ。胸の奥底から熱いものが込み上げてくる。
「……なんで俺だけ不参加はダメなんだよ」
「あとお前だけ、会費を徴収する」
「なんでだよ!」
再びニヤリとするリヒター。
「バールの親父がな、こういう貸し切りの時は人手が足りなくなるから、臨時のバイトを雇うってさ」
「ふうん?」
「娘の友達だってよ。ちなみに娘は十九歳独身」
「っ!」
「恋人が欲しいお前には涎が垂れるほどのいい機会だろ? 持つべきものは友だよなあ」
俺はガッと公爵様の肩に手を回した。
「そのバールってどこだ」
声を潜めて尋ねる。返ってきた答えは、どんぴしゃだった。
「……それ、俺が今、いい感じの子なんだが」
「あ? そうなのか?」
「そこに警備隊の男どもが大挙して押し寄せるのか!」
「裏目に出たか。ま、頑張れ」
「くっそぉ、お前が来てから良いことなしだ!」
じゃあ、と言いながら公爵様は俺の手中から招待状を抜き取った。
「いや、行くぞ? 行くってば!」
奴はそれをひらひらさせながら、俺の手が届かないようによけて回る。
「バカ公爵、さっさと寄越せ!」
「どうすっかなぁ」
仲間たちの笑い声を遠くに聞きながら。
しばらくの間、低次元な攻防戦を繰り広げる俺たちだった。
※孤児院は子供たちメインなので、別にパーティーします。
◇番外編にならなかった人たち◇
シャノン・・・生涯独身・姫様一筋のつもりだった。だけどルクレツィアについてフェルグラート邸に行ったときにロンサムに出会い、同じような仕事至上主義人間であることから意気投合。いい感じになる……けど、どちらも自分の主から離れたくなくてなかなか結婚せず、周りがやきもきする。
ジョナサン妹 (マーガレット)・・・ベルナールが好きだけど相手にされない。それでも果敢にアプローチをしていると、近衛連隊長の息子でジョナサン配下の近衛兵(マーガレットと同い年)に告白される。乳臭い子供に興味はないと冷たくあしらうけど諦めてくれなくて……。
という感じでみんな幸せになります。




