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番外編・14歳の王女と婚約者様《前編》

クリズウィッドの婚約者となった異教徒の姫君の話です。

◇◇1◇◇


 王女に生まれたのだから私は政治の駒としてしか価値がない。


 極々自然にそう思っていた。

 物語みたいな恋愛に憧れはしたけれど、それはあくまで作り話。現実は違う。王女というのは男たちの権力ゲームに使われるもの。


 中規模州の王だった父が権力闘争に勝って全ての州を統べる帝国の皇帝となった。それでもやはり王女は駒にしか過ぎない。


 そう分かっていたのたが、私は予想外の使われ方をされることになり、さすがに仰天した。

 なんと異教徒の国に和平の証として贈られることになったのだ。


 しかも、我が国が繰り返し侵攻し激しい戦を長く続けてきたノイシュテルン王国に、だ。さすがになぜ私なのかを尋ねたら、王女の中で一番器量良しで若いからだと答えられた。あちらの王も王太子も好色家だからきっと気に入ってもらえるという。


「王? 王太子? 私はどちらに嫁ぐの?」

 その質問の答えは、

「分かりません。決定権はあちらにあります。侵攻していたのはこちらですからね。王族ならば誰でも可、正室でも側室でも構わない、となっております」

 だった。


 つまり私は私たちを快く思っていない異教徒の国への捧げもの。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。その代わり、国の混乱が落ち着くまでは攻めてこないでね、ということだろう。


 思わずため息がこぼれた。

 良い待遇は期待できないだろう。

 仕方ないけど。

 どんな時も王女として毅然としていられるようがんばるしかない。




 ◇◇



 ノイシュテルン王国の王族――、結婚可能年齢の男性王族は四人しかいないらしい。

 正室はいないけれど愛妾は沢山いる五十歳ぐらいの国王。

 妃はいるけどこっそり女遊びの激しい王太子。

 近く結婚予定の真面目な第二王子。

 妻も婚約者もおらず、若く美男で常に女性に囲まれている国王の甥。


 家来の話では、普通に考えたら国王の甥が私を妻に迎えるべき状況だけどノイシュテルン国王は国の利益より私欲を優先する人間だという。私はきっと王の側室になる。

 あちらの王宮に到着しそう告げられても、決して笑顔を絶やさないようにと家来に命令された。


 そんなつまらないミスなんてしない。自分の役割は承知して生きてきたのだ。


 ……そう覚悟していたのに。

 私が国を出てノイシュテルンの王宮に着くまでの間に、大層な事変があったらしい。女好きの国王も王太子も逮捕投獄されていた。自身がおかした罪ゆえらしい。


 出迎えてくれたのは国王代理だという尼僧と真面目な第二王子と美男の元国王の甥。


 となると私は甥と結婚するか愛人に囲われるかするのだろうか。だけど我が国では見ない髪や瞳の色がきらびやかすぎて目がチカチカする。この人に慣れるのは時間がかかりそうだ。


 そう考えていた私に告げられたのは、第二王子との結婚だった。思わず、

「ご婚約者様がいらっしゃるのではないのですか?」と尋ねてしまった。

 すると王子は優しい笑みを浮かべた。


「彼女との婚約は親が決めた政略的なものでしたが、お互いにその意義がなくなった為に解消したのです。それに王族の男は私しかおりません。彼は」と王子は元国王の甥を見た。「王族から抜けました。王族ゆえに何度となく暗殺されかかっているので彼の身の安全のためにそう決まったのです。選択肢が私しかおらずに戸惑われているでしょうが、どうでしょうか?」


『どうでしょうか』とはなんだ?

 これは私が否と言ったら失くなる話なのだろうか。とはいえ、そんなことは出来ない。それは彼も分かっているだろう。


「側室の方が良いでしょうか?」と第二王子は重ねて尋ねた。「だいぶ歳が離れていますからね。形だけ、で結構ですよ」

 彼の瞳を見返す。

 なるほど、正妻か側室かを私に選ばせてくれるらしい。しかも側室ならば形だけ。なぜ?


「結婚の場合も、すぐになんて無体なことはしません」尼僧が毅然と告げる。「せめてあなたが十六になるまで待ちますからご安心なさい」


 王子、尼僧、おまけに甥の顔を順繰りに見る。

 ようやく腑に落ちた。彼らは優しい人たちなのだ。十四歳の私を幼いと感じ、慮っている。選択肢は王子の妻か愛人かしかないけれど、どちらを選ぶかの権利を私にくれたのだ。


 故国でも十四歳の結婚は早い方だ。だからといって配慮されるなんてことはない。文化の違いなのかもしれないが、少し前まで敵だった相手になんて寛大なのだろう。


 私は胸を張り、王女としてきっぱりと答えた。

「和平のために私は参りました。結婚の方が、よりそのためになるでしょう」



 ◇◇



 婚約が済むと家来のほとんどが帰国した。残ったのは二人の侍女のみ。しかも誰ひとりノイシュテルン語を話せない。敵国の言葉は王女には必要なしと考えられていたからだ。


 そんな私にこの王宮の人たちは語学の教師をつけてくれた。それから歴史とマナーとダンスの教師も。一通りマスターしたら近隣諸国の言語も学ばないといけないらしい。

 どうやら第二王子は次の国王になるようだ。つまり私は王妃予定。そのための勉強らしい。


 だけど勉強漬けになって私が参らないようにとの気遣いもある。

 王子の姉と妹、その友人たちが頻繁にお茶に誘ってくれるのだ。


 その友人のひとりの、アンヌローザ様。美しくて淑やかでありながら愛嬌のあるお茶目な方で、彼女との時間は瞬く間に過ぎてしまう。

 だけれど。侍女たちが覚えかけのノイシュテルン語で拾ってきた噂話によると、彼女が王子の元婚約者らしい。


 それを知ったときは、侍女たちがノイシュテルン語を正しく理解していないせいで聞き間違ったのだろうと思った。彼女は特に私を気にかけてくれて、とても親切なのだ。裏があるようにも見えない。


 ある時思いきって、王子の元婚約者は誰かと尋ねた。もちろん通訳を介してだけど。すると彼女は屈託なく

「私」

 と言った。さすがにその単語ぐらい理解できる。驚き言葉を失っていると彼女は、

「親が決めた政略的な婚約だったの。親がいなくなったから自然に解消することになったのよ」

 と優しい表情で言った。


 王子から聞いた理由と同じだ。それが事実なのか、幼い私に配慮をした優しい嘘なのかは分からない。


「王妃になりたかったとは思わないのですか?」

 そう問うと彼女は、ないわよと苦笑した。

「あなたにはまだ話してしていなかったけれどね」と今度はいたずらっ子のような表情を彼女はした。「私、町のパン屋に弟子入り中なのよ。いつかパン屋を開くのが夢」

「パン屋!?」

「そう。午前中は下町で、パン職人見習いとして働いているのよ」


 ふふふと笑う彼女はとても楽しそうだ。


「ついでに打ち明けるとね。公爵令嬢としての私の任務は、あなたが王妃になる手助けと、ストレス軽減のための茶飲み友達になること」

「……任務?」


 ということは彼女は自分の意思で私の元に遊びに来てくれているのではない、ということ? 胸がズキリと痛む。


「おかしいわよね。友達なんて命じられてなるものではないのに。これは殿下に頼まれたことなの」

「殿下に?」

 そう、と彼女はうなずく。

「あなたを心配しているの。言葉もわからない異教徒の国に少ない供のみ連れて送られて、一回りも歳が離れた男と結婚しなければならないでしょう? その辛さを軽減したいようよ」


 殿下がそんなことを。

 あの人とは通訳が必要ないのに、まだそれほど話をしていない。アンヌローザ様たちのほうが何倍もの時間を一緒にいる。


 一日一度は挨拶しに来て優しく接してくれるけれど、それだけだ。疎遠な親戚のお兄さんという距離感だから、私を和平の為に受け入れたけど、もて余しているのかと思い不安だった。


「心配なら自分でお話しをした方がいいとみんな言ってるのだけどね。あなたはどう思う?」

「私?」

「そう。もっと話したい? それとも十一も年上のおじさんは気持ち悪いから近づいてほしくない?」

 にこにこと話すアンヌローザ様。私たちの間にはまだ通訳が必要だけど、それでも彼女のまとう雰囲気から、きっと裏表のないひとなのだと分かる。


「私が一番好きなのはアンヌローザ様」

「まあ。ありがとう」

「でも殿下とももう少しお話したいです。どんな人なのか、全くわからないのですもの」

 すると彼女はにこりとした。

「良かった! それを今度殿下に伝えてくれる?」

「お困りにならないですか?」

「大丈夫、絶対に喜ぶから」


 そうか。喜んでくれるのか。

 安堵が胸に広がる。

 こちらに来る前は、どんな過酷な状況に置かれても、王女として誇りをもって生きようと考えていた。

 ところがこの国の人たちは優しくて、だからこその不安を感じるし、欲深くなってしまう。


 特に婚約者となった第二王子。和平のためにと異教徒の小娘と結婚せねばならないことを、納得しているのだろうか。

 優しそうなあの人のお荷物になりたくない。

 出来ることなら気に入ってもらいたい。


 アンヌローザ様が大丈夫と言うのなら、次に殿下に会ったときに、もっと話をしてみたいとお願いしてみよう。



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