番外編・元修道騎士と息子
元修道騎士ブルーノの話です。
クラウスがリヒターとしてアンヌに出会った日からの、父親的心境です。
◇1◇
豪邸の廊下を歩く。この屋敷に来てだいぶ経つが、まだここが自分の住まいとの実感はない。いずれ出て行くとはいえ一年ほど厄介になる予定なのだから、いい加減慣れないと、とは思っている。
「ブルーノ」
背後から掛けられた声に足を止めて振り返る。そこにいたのは従者のロンサム。俺たちの教育係。年は三十。相棒ラルフより若い。
「何でしょう」
「歩く時はもう少し静かに」
「申し訳ありません」
ロンサムは素早く辺りに目をやった。
「名高い騎士であったあなたにあまり口うるさく言いたくないが、笑われるのはクラウス様だ」
小声で伝えられたことに、うなずく。
「ご注意、感謝します」
ロンサムもうなずいて去って行った。
数ヶ月前まで修道騎士だったとはいえ、今の俺は『フェルグラート公爵の従者』だ。それらしく振る舞うと固く決意して自分の意思で還俗したのだから、初志貫徹せねばならない。
しかもロンサムは、この屋敷内では数少ない味方だ。公爵家にとって異物でしかない俺たちに、他の使用人たちにするのと変わらない態度で接してくれる。
小さく息を吐くと、改めて歩みを進めた。静かに、大股にならぬように。
そうして主人の書斎に入る。そこには既にラルフがいた。
「収穫は?」とラルフ。
「目新しいことは何も」
俺の答えに彼は、そうかと言って嘆息した。
ラルフと俺が修道騎士を辞めて柄にもない従者になったのは全て、ひとりの男のためだ。十年前に偶然助けたフェルグラート家の長男クラウス。あの日以来俺たち三人はずっと一緒だ。
彼はルカという名の修道騎士になったが、自分の大事な人たちを殺した者たちにその罪を償わせるため、再びクラウスの名を名乗り俗世に戻る道を選んだ。
となればラルフと俺がとるべき道も同じだ。
ここ、ルカの実家に共に来て、時間を見繕っては彼の復讐に繋がる情報を探しているが、なかなか進展はない。
と、扉が開いてルカが入って来た。見目麗しい青年貴族の格好をしているが、彼も今日は変装をして市井で情報収集をしていたはずだ。
だが彼も俺たちを見て首を横に振った。
有意義な情報はなかったようだ。
それにしても。彼の表情は変だ。なんとも奇妙な顔をしている。
「何かあったのか?」とラルフが尋ねる。
「おかしなことになった」とルカ。
そしてどっかりと椅子に座ると片方の足首をもう片足に乗せた。とてもではないがお貴族様の態度ではない。が、いつものことだ。
「女を助けた。身なりがいいのに、一人きりで貧民街に入って行ってな。速攻でチンピラに絡まれていた」
「それで?」とラルフ。
「その女、貧民街の中の孤児院に毎週施しに訪れているらしい」
「ひとりでか?」
俺の問いにルカがうなずく。
「それで来週から護衛に雇われた」
「そりゃ……」とラルフが俺を見る「確かにおかしなことだな」
「何故引き受けた?」
ルカは優しい奴だが、だからと言って訳もなく見知らぬ女に愛想を振り撒くような男でもない。
「……なんとなく、流れで」
だがルカにしては曖昧な理由を上げた。相変わらずおかしな表情をしている。
「何回かしたら、ブルーノに代わればいいと思ったしな」
「まあいい。引き受けよう」
「それがな」とルカは言葉を続けた。「了承した後に分かったんだが彼女……」
言葉を切ったルカはますますおかしな表情になった。これは困惑しているのかもしれない。珍しいことだ。
「彼女、ラムゼトゥール家のアンヌローザだった」
俺はラルフと顔を見合わせた。
「ラムゼトゥール家のアンヌローザって、あの?」とラルフ。
「俺たちが助けた?」と俺。
ルカがうなずく。
「……公爵令嬢がひとりで施しをしに貧民街?」とラルフ。
ルカがまたうなずいた。
「確かにおかしなことだ」とラルフ。「盗賊に襲われて恐ろしい目に遭ったのに、なんでそんなことを?」
「そのせいかも」とルカ。「ロザリオを持ってた。俗世の人間は余程信心深くないと持ち歩かないんだろう? 罪滅ぼし的な気持ちじゃないか?」
「なるほどな」とラルフ。「彼女は父親と違ってまともな神経をしていそうだったからな。あの事件が尾を引いているのは、ありうるな」
会話を続けている二人を見ながら、あの娘を助けた日のことを思い出す。
盗賊に襲われている旅人を助けることは、珍しいことじゃない。だがあれは特別だった。助けた馬車にラムゼトゥール家の紋章が付いているのを見たときは、さすがの俺も顔から血の気が引くのが分かった。
ラムゼトゥールはルカの家族を殺した黒幕の最有力候補だった。そんな奴、もしくはその親族に会ったルカがどうなってしまうか、皆目見当がつかなかった。
だが予想に反して、ラムゼトゥールの家族であるアンヌローザ殿は善良な人間だった。これはルカが良い方に転ぶかもしれない。
そう考えていつもどおりルカをその場に残し、俺とラルフは通報に向かった。
そしてその結果は、考えていた以上に良いものだった。坊主憎ければ袈裟まで憎い状態だったルカの考えが軟化したのだ。
あの時アンヌローザ殿に会えたことは、本当に神に感謝している。
その彼女にこんな風に再会するなんて。これはもう、縁があるとしか考えられない。
だが彼女には婚約者がいる。
ルカが惚れなければいいのだが。
十年も修道騎士団にいた彼は当然のこと女性に縁がなかったし、騎士として己を磨くことと復讐心としかなかった彼は勿論恋なんてしたことがない。
ルカには幸せになってもらいたいのだ。
彼が恋することには大賛成だが、婚約者がいる娘ではまずい。
どうかこの縁が彼を不幸にしませんように。
◇2◇
週に一度の護衛の仕事。
明らかにルカはそれを楽しみにしている。既にひと月以上が経ち、彼は表の顔、フェルグラート公爵として仕事にも就いた。それなのに一向に俺と交代する素振りがない。無理やり時間を作ってアンヌローザ殿の護衛に行っている。
これはどう見ても、恋だ。本人は全く自覚がないようだが、彼女に会う日は朝からそわそわしていて、帰ってくれば幸せそうな様子だ。なにより彼女が婚約者といる姿を見るその目は、酷く辛そうなのだ。
アンヌローザ殿が良い娘だけに、俺も複雑な気分だ。彼女に婚約者さえいなければ、全力でルカの恋を助けるのに。
……このまま彼が自分の気持ちに気づかなければよいのだろうか。あまりに哀しいことだけど、茨の道を歩んで来たルカに、これ以上苦しい思いをしてもらいたくない。
彼はどうしてなのか、彼女の婚約者であるクリズウィッド王子と親しくなってしまった。微妙な立場である者同士で気があったのかもしれない。
仇と思われるユリウスの子供と仲良くなるなんて、昔のルカでは考えられなかった。
そこから考えれば、これは大進歩で喜ばしいことなのだが。いつか彼と彼女との間で苦しみ悶えることになるのではないかと思うと。
俺は神の仕打ちに、泣きたくなる。
まだルカはフェルグラート公爵としてはアンヌローザ殿に会っていない。遠目に見かけているだけだ。二人が表の姿で対面するとき、一体どうなるのだろう。
◇◇
その時は間もなくやって来た。予想通りクリズウィッド殿下の紹介で、ルカはアンヌローザ殿に表の顔で出会った。
予想通りではなかったのは、彼女の反応だ。ルカは百人が百人とも認める美男だ。そんな男に手をとられ口付けられる挨拶(彼はフリだけだが)をされれば、美男に興味のない女性だって頬を赤らめる。
だがアンヌローザ殿は手をとられたことに動揺してはいたようだが、乙女的な反応は一切しなかった。
彼女は本当に不思議な娘だ。
そう思い見ていると彼女が私を見た。小首を傾げている。
まさか俺に見覚えがあるのだろうか。会ったのは何年も前のたった一瞬のこと。しかも彼女は通常の心理状態でなかったはずだ。
だが彼女は、
「どこかでお会いしたことがあるかしら?」
と俺に問うた。ルカを見る。万が一彼女が俺やラルフを覚えていた場合は、正直に名乗ることになっており、彼もうなずいたから、その方針での対応で良いのだろう。
俺が聖リヒテンのマルコだと名乗ると、彼女は心底嬉しそうな顔をした。再会を本気で喜んでくれている。
良い娘なのだ。
あの事件の後だって、彼女は騎士団に多額の寄付と、私たち三人に謝礼をしてくれた。騎士は基本的に個人財産を持たない決まりだからいただいた礼の品は全て騎士団に渡してしまったが、彼女の気持ちだけはしかと受け取った。
そんな彼女にルカの近況を問われ、俺は設定通りに病で亡くなったと伝えた。その設定にしたのは、還俗した俺とラルフがそば仕えするフェルグラート公爵が、ルカと疑われる可能性を排除するためだ。
彼が死んだことにしても、何も困ることはない。
そう考えていた俺たち三人の予測を裏切って、アンヌローザ殿は蒼白になり倒れた。ルカの死が相当な衝撃だったようだ。
ちらりとルカを見れば、彼の顔も色を失くして強ばっていた。
その晩、ルカ、ラルフ、俺と集まったが、ルカ自身が一番困惑していた。
あの事件のとき、俺たちが去ったあと、アンヌローザ殿とルカの間に何があったかは聞いている。彼女が殺された使用人たちの遺髪を持ち帰るというから、彼が手助けをした。
実はそれ以外にも何かあったのではないかとルカに尋ねても彼は困った顔で、本当に何もない、後は別れ際に励ましの言葉をかけたぐらいだ、と答えるだけだった。
翌日ルカは裏の顔、リヒター・バルトとしてアンヌローザ殿の町歩きの護衛に行った。それから戻って来た時の彼は一層困惑の表情だった。
アンヌローザ殿が、ルカの死に号泣したらしい。
こんなことなら死んだ設定にしなければよかった。
そう言うルカは苦しそうで、見ていられなかった。
◇◇
それからほどなくして、王宮で舞踏会があった。ルカは優雅な貴族生活のほとんど全てを馬鹿らしく思っているが、彼の目的のためには舞踏会への参加も重要だ。
……と俺やラルフには言うけれど、本音は少しでもアンヌローザ殿の近くにいたいだけじゃないかと思う。表の姿の彼女のそばにいられる機会はそうそうない。
俺たちは『微妙な立場』の彼の護衛のために、王宮内でも近くに控える許可を貰っている。よく許されたと不思議だが、内務大臣が国王を上手く言いくるめてくれたらしい。
だが俺たちの本当の役目は護衛ではない。ルカにそんなものは必要ない。せいぜいが、襲撃犯を迎え撃ったのは俺やラルフだという言い訳に必要なぐらいだ。
俺たちがするのは、彼が内密に動くときのサポートと、王宮内の情報収集だ。
舞踏会のときは、不審に思われない適度の距離をとり、周りの様子に気を配っている。
だから。彼から目を離すこともある。この時もそうだった。
気づいた時にはルカの顔から表情が抜け落ち、まるで人形のようになっていた。
ついさっきまで友人たちと楽しそうに話していたのに。
心配になって見ていると、彼は折よく話しかけて来た取り巻き軍団と共に友人の輪を外れた。
その帰りの馬車の中で。ルカは顔を強ばらせたままうつ向いていた。
彼がこれほどまでにショックを受けた姿は久しく見ていなかった。出会った頃以来かもしれない。
やがてぼそりとルカは呟いた。
「好きなんだ」と。
心臓がミシリと音を立てた気がした。
「ダメだ。俺は彼女が、好きなんだ。だけど彼女は……」
ルカの口から押し出される言葉は苦悩に満ちていた。
自覚してしまったか。
それはそうか。ルカはもう二十歳。いくら恋愛に縁のない人生だったからといって、自分の感情が何かわからないほど間抜けでも子供でもない。
俺ならば、アンヌローザ殿の婚約が破談になるよう、立ち回れるだろう。ルカを引き取ってからは控えていたが、それまでは間諜の任務を何度となくこなしたし、丸腰で都に乗り込んで来た訳じゃない。彼が考えているよりずっと多くの情報を俺は持っているし、汚い手の使い方も熟知している。
だけれどルカはそれを望まないだろう。
「もしかすれば風向きが変わることがあるかもしれん。苦しいだろうが、その気持ちは大事にしたほうがいい」
俺がそう言うと彼は顔を上げた。
「恋する心がお前にあって良かった。復讐だけに生きるんじゃ、俺はやりきれん」
僅かな明かりしかない馬車の中。ルカの表情は分からないがふっと息を吐いた音からして、やや力が抜けたのではないだろうか。
「復讐だけじゃない。俺にはあんたもラルフもいてくれるし、騎士団の生活は好きだ。知ってるだろうが」
「そうだな」
ルカの声はまだ明るいものではなかったが、それでも俺は安堵した。
今はすっかり逞しくなったルカだが、出会ったころは繊細で、彼の心は傷だらけだった。ようやくここまで回復したのだ。
また再び彼がズタボロになるのだけは避けなければならない。
ルカの恋が成就しなかったとしても、後悔することがないように手を尽くそう。
◇3◇
ルカの復讐が終わった。全てがスムーズに進み、成功した。
思うに、二年前にアンヌローザ殿に出会い、彼が寛容になったことが鍵だった。クリズウィッド王子やジョナサンと友人関係を築けたことは大きな成功要因だし、また彼の寛容さが先の国王妃殿下たちの復讐に凝り固まっていた心をほぐしたことも、良かった。
ただひとつの心残りは、アンヌローザ殿のことだ。
見通しの甘さのせいで彼女たちが襲撃されてしまったが、ルカの活躍で事なきを得たし、おかげで彼がルカだと明かす良い流れとなった。
彼女にルカが死んだと嘘をついたことと、自分がルカだという事実を隠していることについて、彼はずっと、心苦しく思っていた。
そして、いつかは打ち明けるけど、そうすれば彼女に嫌われるのではないか、とルカは恐れてもいた。
もちろん彼女はそんな狭量ではないし、ルカはそれを分かっていたが、不安になるのが恋というものだろう。
実際のところ彼がルカだと知ったアンヌローザ殿は心底嬉しそうに、生きていてくれて良かった、と言ってくれた。
その時のルカの顔と言ったら。
恐らく、彼女のあの一言で、ルカはますます彼女を好きになっただろう。
残念ながらこの十ヶ月の間に風向きが変わることはなく、彼女は来月クリズウィッド殿下と結婚する。ルカは覚悟を決めており、全てが終わったらラルフとリヒテンに帰る。
だけれど、あんな台詞を言われたら諦められるはずがない。彼は真実、彼女が好きなのだ。今頃ひとりで泣いているかもしれない。
ちらりと閉じられた扉を見る。その向こうにはアンヌローザ殿いる。彼女はルカをどう思っているのだろう。
ルカの話では、彼女はウェルナー・ヒンデミットが好きだという。確かに俺から見てもそのように見える。一方でルカは、友人のひとりの域を越えていないように思える。
つい先日には、ワイズナリー公爵令嬢とルカはお似合いだなんて笑顔で言っていた。
だが。今日のアンヌローザ殿はやけにルカを心配していた。それも友人としてのものなのだろうか。
それに気にかかっていることもある。彼女は二度も、肖像の間でルカと二人きりで過ごしている。そのようなことを婚約者が厭うと知っているはずなのに。
ルカはただの天然だろう、と言ったけれど。少なくとも先週は、彼女はどこか様子がおかしかった。ばつの悪そうな、それでいてどこか悲しそうな、そんな風に見えたのだ。
彼女はもしかしたら、ルカに惹かれ始めているのではないだろうか。
と。扉が開いて、寝間着の上にガウンを羽織っただけのアンヌローザ殿が出て来た。真っ直ぐに俺たちの元へ来る。
ラルフが席を譲ると彼女は優雅に座ったが表情は固い。
しかも、眠れないので散歩をしたいなどと言い出した。
ラルフが困惑の表情を俺に向ける。
こんな真夜中に、こんな扇情的な格好の彼女を散歩に行かせたら、確実にあの狭量な婚約者が激怒するだろう。
だが知らん。
これはチャンスだ。
分かりましたと了承して、彼女と共に歩きだす。ルカをどう思っているのか、聞き出したい。出来ればルカの元へ連れて行きたい。
あいつは今、どこにいるだろう。与えられた部屋だろうか。それとも王宮で唯一アンヌローザ殿と二人きりで過ごせた肖像の間だろうか。
それとなく肖像の間に向かおう。
会話にも自然にルカの話題を出す。すると彼女はやはり心配そうな顔をする。それは友人としてなのか。
ルカが隠している、もうひとつの真実。リヒター・バルトは彼の裏の顔で、しかもあちらが本性だということを知っても、彼女は変わらずその顔で心配してくれるのだろうか。
こればかりは俺も自信がない。
肖像の間のそばに来た。
さて、どうやって然り気無くあの扉を開けようか。
だがそれは杞憂だった。
アンヌローザ殿は俺が何も言わずとも自分から扉の元へ行き、ノブに手をかけて開いたのだ。
これはきっと、彼女はルカに会いたいと思っての散歩だったに違いない。
果たして室内にはルカがいた。
良かったと安堵がこみ上げてくる。
彼の人生は過酷だった。
そんな彼が心底愛し、守りたいと願ったアンヌローザ殿。
どうか彼の想いが通じますように。
◇4◇
「いい加減、落ち着いたらどうだ」
エドの声に、ラルフを見る。
「だそうだ。落ち着けよ、ラルフ」
「違う」呆れたようなエドの声。「あなたに言ってる、ブルーノ」
エドの隣りでシンシア殿がくすくす笑っている。
「うろうろしていないで座ったらどうだ」
エドのセリフに、自分が意味もなく歩き回っていたことに気がついた。
今日はルカとアンヌローザ殿の婚約の儀の日だ。
一般的には男性側が両親と共に女性側の屋敷を訪れて、立会人の見守る中で、結納品を納めるらしい。
だが今回は異例尽くしだ。アンヌローザ殿は春先にとある公爵家の養女となったが、その義理の両親は都から遠く離れた領地に住んでいる。一方でアンヌローザ殿は王宮だ。
そこで義理の両親の代わりになぜか元内務大臣で現宰相のジュレール伯爵夫妻。場所は王宮。
そしてルカの両親はあんなろくでなしだ。というか、あんなのは親じゃない。通常、両親がいない場合は親戚筋がその役を務めるらしい。だけど代役はなぜか俺とラルフとなった。
いや、『なぜか』ではない。ルカがそう望んでくれたからだ。そして先代国王妃殿下が許可してくれた。
彼女はルカを夫や子供たちの身代わりにしている節が大いにあるのだが、思いの外、度量がある。
そんな訳で俺とラルフはこれからルカの親代わりとして、大役をこなす。
……正直なところ、戦場に初めて出た時並みに緊張している。
ルカの恋は絶望的だと思っていたのに、土壇場で成就した。奇跡のようだ。それだけでも嬉しいのに、皆に祝福されて婚約に至るのだ。
ようやくルカが。
長い間傷つけられ苦しみに耐えてきたルカが、普通の幸せを得られるのだ!
「あんた、泣いてるのか?」
ラルフが俺を覗きこんでいる。
「そんな訳ないだろう」
そう答えながら、視界がぼやけていることに気づく。
「今からそれなら、結婚式じゃ大号泣だな」とエドが笑う。
「それだけクラウスを大切にしてくれているのよね。ありがとう」とシンシア殿は嬉しそうだ。
それはそうだ。
あの晩、恐怖に目を剥きカタカタと震えていた子供。家庭教師の無残な遺体にしがみついて、必死に名前を呼び続けた姿は忘れられない。
開いた扉から身支度を終えた彼がロンサムを連れて入って来た。普段と変わらない声の調子で、待たせてすまないと言う。
「まあ、クラウス! いつもも素敵だけど今日はまた一段と素敵!」
シンシア殿が声をあげる。俺もセンスは分からないが、ルカが輝くばかりに素晴らしいのは分かる。
声はいつも通りでも、表情はこの上なく幸せそうだ。
「ありがとう、シンシア」
ルカが優しい笑みを妹に向ける。
それから彼は俺とラルフを見た。
「今日はよろしくお願いします」
改まった口調。
「こちらこそ、大役に指名してくれてありがとう」
俺がそう答えるとルカは、だって、と言った。
「俺の親だ、当然だろう?」
破顔するその表情はかつてないほど柔らかくて。
ああ、彼は本当に幸せを掴んだのだ
そう実感して、胸の奥が熱くなった。




