表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/251

番外編・王子たちの14歳

第二王子クリズウィッドの話です。


前話の続きになります。

「いい案が浮かんだ」

 そう言ったジョナサンがカトラリーを持つ手を止めて私を見た。どこか楽しそうな表情だ。

「何の案だ?」

「対ブルーノ」と彼は先ほど終わった話を蒸し返した。「あなたが姫とラブラブな様子を見せつけてやれば、彼も安心するんじゃないか?」


 クラウスとアンヌローザが結婚するまで気が抜けない。そうブルーノが思っていることについての対策らしい。


「姫はまだ十四歳だぞ」

 十四歳なんてクラウディアが結婚した時よりも幼い。双子の片割れである彼女がたった十五歳で無理やり嫁がされたときの、自分の無力さを思い出し、胸が苦しくなった。


「仲の良い恋人程度ならアリだろう?」とジョナサン。

「どうだろう?」とウェルナー。

「十四歳なんて、まだようやく初恋ぐらいではないか。恋人なんて」

「え?」とジョナサンが不思議そうな顔を向けた。

「え?」と私。

「なるほど。殿下の初恋は十四ですか」とウェルナーがニヤニヤする。

「そうなのか」とジョナサンもニタリとした。「お相手はどちらの方かな?」


 クラウスを見遣ると彼は肩をすくめた。


 なんだかおかしな方に話が転がった。

 ジョナサンとウェルナーは期待に満ちた目で私の返答を待っている。

 まあ、隠すことではない。


「……クラウディアの家庭教師だ。いいなと思っていただけだぞ」

 答えながら、顔が熱い。初めて他人に話したのだ。

「それは可愛らしい」とウェルナー。

「そういうお前はどうなんだ!」

「私はレイチェルが初恋ですし、子供の頃から両思いと知っていましたからね」


 しれっと話すウェルナー。なぜだか凄く腹が立つ。この言い方だと十四より前から両思いだったということだ。

 ……悔しい。


 ジョナサンを見る。

「お前が十四の頃は?」

「恋人は何人か。初恋はルクレツィア」

 彼もしれっと言った。

「何人か!?」

「だって十四だろう?」と不思議そうなジョナサン。「僕の周りの女の子はみんな積極的だったし、キスぐらいなら普通にしていた」

「お前がモテすぎなんだ」とウェルナー。


 なんてことだ。この残念イケメンが。

 ムカつくにも程がある。


「あっ!」

 ジョナサンが叫び声を上げて、顔を強張らせた。

「今の話はここだけにしてくれ。ルクレツィアに初めて会ったのが十四歳だ」

「……よく覚えているな」

「可愛い女の子に関することはしっかり覚える。うっかり間違いをしたらまずいからな。僕は楽しみたいのであって、修羅場は嫌いだ」

「本当に、お前は清々しい下衆だ」ウェルナーが苦笑する。

「昔の僕については、なんと言われても構わない」

 ジョナサンはどこ吹く風だ。


「ルクレツィアの兄としては微妙な気分だ。本当に妹を大切にしてくれるのだろうな? 泣かせたら承知しないぞ」

 清々しい下衆は、不快そうな表情をした。

「当たり前だ。たくさんの女の子を見て来たからこそわかる。ルクレツィアは最高に素敵な女の子だ。僕は彼女を二度と泣かさない」


『二度と』。

 その一度目は、レセプションの晩の襲撃事件のことを指しているのだとすぐに分かった。


 あの時、私とウェルナーを部屋の中に突き飛ばし、廊下側から扉を閉めようとしていたジョナサン。

 その彼の視線は他へ向けられていた。

 そして見たこともない形相で


「来てはいけない!!」


 と叫んだ。

 それがルクレツィアに向けられたものだったと分かったのは全てが終わり、目前でジョナサンに抱きついて号泣している彼女に気づいた時だった。


 そんな彼女をしっかりと抱き締めているジョナサンは、手は震え、ひたすら

「よかった、よかった」

 との言葉を繰り返していた。


 その『よかった』は、ルクレツィアが無事でよかったという意味だった。

 場が落ち着いたあとジョナサンはラルフに、彼女を守ってくれてありがとうと何度も頭を下げていたのだ。


 ジョナサンは元残念イケメンだし、女の子至上主義だった過去は消せない。私もついつい余計なことを言ってしまうが、彼はルクレツィアを幸せにしてくれると確信している。


 だけど十四歳で既にそんなハーレム状態だったなんて。

 ……羨ましくなんてないからな。


 ふと我に返るとジョナサンが、ルクレツィアがいかに素晴らしいかを力説していた。もう私たちは耳にタコができるほど聞かされているのに。


 こいつは『元』ではなく現在進行形で残念イケメンだな。平気で惚気まくるのだから。


 熱弁を奮い終えたジョナサンがクラウスを見た。

「念のために聞くが、お前の初恋は?」

「何だ、念のためとは」

 クラウスが渋面になる。

「皆の予想通りではないのか? 違うなら、それはそれでショックを受ける」

 ジョナサンの言葉にウェルナーが笑う。


「予想通りだ!」

 言い切ったクラウスと目が合う。

「ルクレツィア情報によると、アンヌローザの初恋はお前だそうだ」

 そう言ってやると、途端に彼の顔がにやけた。

「分かりやすい奴」とジョナサン。

「お前が言うな」と反論するクラウス。


「お前が十四の頃は? もう修道騎士になっていたのか?」

 思いきって尋ねる。

「ああ」と事も無げにうなずくクラウス。「俺は見習い期間が短かったし、十四の頃は既に戦場に慣れていた。そうだ、最初の武勲をあげたのが十四かもしれない」

「十四で!?」

 とジョナサンが驚きの声を上げる。

「多分。ブルーノの方がその辺は覚えている」

「さすがブルーノ」とウェルナー。

 クラウスは笑みを浮かべた。


「十四歳でも色々だな」とウェルナー。

「となるとラブラブモードは早いのか?」と残念イケメン。

「やめておく」

 そう言うと三人の視線が私に集まった。


「あのクラウディアでさえ、十五で結婚したとき怖いと泣いた。私は姫がもう少し大人になるまで距離をおくつもりだ」

「そうか。つまらない提案をしてすまなかった」とジョナサン。

「いや。おかげでお前の弱みを握れたから問題ない」

「いや、意外に純情な殿下の初恋も十分……」

 ウェルナーがそう言って含み笑いをしている。


「失礼だな! ジョナサンがませすぎているだけだ」

「だがウェルナーだって十四でレイチェル殿と恋人同士だったということだろう?」

 ジョナサンの言葉にウェルナーがうなずく。

「お前たちが早すぎるだけだ」

 抗議すると、二人はそんなことはないよなと言い合っている。

 そこから議論がどんどんずれていく。



「ところでクリズウィッド」

 掛けられた言葉ではっとして、発言主のクラウスを見た。

「距離をおくとの話だが、姫に気持ち悪いとか近寄るなと言われたのか?」

「まさか。彼女はそんな否定的な言葉を使う子ではない」

「それならもう少し、彼女との時間をとったほうがいいのではないか? 向こうはお前に嫌われていると思っているかもしれない」

「確かに。姫が来てもう二ヶ月だろう?」とジョナサン。「だいぶこの国にも慣れただろうし、もう少し踏み込んでいいのでは?」

 そうだなとウェルナーがうなずく。


「彼女は真面目なんだ。和平を背負っているという気持ちが強い。私が嫌でもきっとそう言わないで我慢する。こちらが気を配ってやらないと」

 途端に三人がため息をついた。


「アイーシャはその方針でいいと言っているのか?」とジョナサン。

「また一人相撲」とウェルナー。

「どうして相手と対話しないんだ」とクラウス。


「……もしかして私はまた、ダメか」

「「「ダメだ!!」」」


「ちゃんと女性陣にアドバイスをもらえ」とジョナサン。

「また逃げられますよ」とウェルナー。

「お前はいい男だ。普通にしていれば嫌われることなどない。歳が離れていようとも」とクラウス。


「そうか? ……だが異教徒でまだ十四歳の少女と何を話せばいいんだ?」

「好きな食べ物の話しでもしろ。でなければアクセサリーを褒める」呆れ顔のジョナサン。

「アイーシャもそう言っていたな」


「これは大変だ」とウェルナーが苦笑いする。

「だが、しばらく楽しいぞ」とジョナサンは悪い顔をする。

「楽しいとはなんだ」

「逐一報告してくれ。女の子のスペシャリストである僕が的確なサポートをしよう。全員で情報を共有して、目指せ、ラブラブ夫婦」

 クラウスとウェルナーが賛成と言う。

「お前たち、馬鹿にしているだろう!」

「心配しているのです。あなたに幸せになってもらいたいですからね」

 ウェルナーの言葉に二人がうなずく。


 クラウスと視線が合う。

 だが彼は穏やかな笑みを浮かべているだけで、何も言わなかった。


 私のことは案ずるな、お前たちを心から祝福しているぞ。

 とか、

 私を気にせず幸せを謳歌してくれ。

 とか、思い浮かんだ言葉はあったが、口にするのはやめにした。

 きっとクラウスも、同じだ。どんな言葉を告げても、どこか空々しい気がしてしまう。本心からそう思っているのだとしても。


 それらの言葉は二人きりで飲んでいるときにでも、落ち着いた雰囲気の中で伝えよう。


「……分かった。もう少し、姫と話してみよう。まずは私が嫌じゃないかを誰かに探ってもらう。それからだな」

 クラウディアの話だと、姫はアンヌローザに一番懐いているらしい。

 彼女にそれとなく聞いてもらうのが良策だろう。


「姫があなたに慣れたら、僕たちに改めて紹介してくれ」とジョナサン。

 彼とウェルナーは一度だけ、私の友人として紹介した。

 だがそれ以降、クラウスを含めて会わせていない。言葉も通じない(クラウスは喋れるが)年上の男たちは怖いだろうからだ。


 ……それと少しだけ、姫が彼らのうちの誰かに恋してしまったら、という不安もある。私はやはりまだ卑怯だ。いや、臆病なのだとアイーシャに言われたな。そこを直せ、とも。


「慣れたら、というより彼女がノイシュテルン語を聞き取れるようになったらだな。通訳越しの会話では不安になることもあるだろう」

 クラウスが何故か嘆息した。

「お前はその優しさを姫に見せたほうがいい」

 ウェルナーとジョナサンが大きく首肯する。


「その不器用なところが、あなたの魅力かもな」とジョナサン。

「確かに。つまらぬ策を練らずに、素直に接したほうがいいですよ」

 ウェルナーがにこりとする。


「分かった。肝に命じる」

 私が言うとジョナサンが。

「僕は友達がいなかった。女の子がいればいいと思っていたからだが、こうしてみると友達もいいものだ」

「それは良かった」

 ウェルナーが父親のような顔をジョナサンに向ける。

「最近は、僕たちの子供たちが仲良くなってくれたらいいなと夢想したりする」

「いいな」とクラウス。

「既に子持ちの奴は置いておいて、僕たちの中で最初の子供は誰の子供だろう。そう考えるのも楽しい」


「いいか」とウェルナーが片手を上げた。「年末に第五子が生まれます」

「「まだ増えるのか!?」」

 クラウスと共に叫ぶ。

「まだ増やす気ならば、僕たちと足並みをそろえろ」とジョナサン。


 あのレセプションの日からすぐ、ウェルナーと細君は挙式した。式の始まりから終わりまで、細君の両親は泣き通しだった。細君とウェルナーの古い友人たちも泣いていた。使用人たちもそうだったらしい。

 主役の二人とその子供たちだけが、満面の笑顔だった。


「考えておく」とウェルナー。

 どうやら彼ら夫婦は、まだまだ子供を持つ気らしい。


「そんな未来も楽しそうだな」

 私がそう言うとクラウスが

「クリズウィッド、ちょっと急ぎ目で姫と仲良くなれ」

 と言う。ウェルナーが笑って

「自分がアンヌローザ殿と早く結婚したいだけだろう?」

 とツッコんだ。


「がんばるさ。和平のためより、自分のため。私だっていずれは妻とラブラブしたい」

「正直だな」とジョナサンが爆笑する。

「お前たちが惚気てばかりだからだぞ」

「みんなで支援しますよ」とウェルナー。「公務もプライベートも」

「頼りにしている」


 ふと思いついて行儀悪く、クラウスにビシリとフォークを向けてやった。

「お前は二人の倍、支援しろ」

「分かった」


 そう言う彼の表情はどこか嬉しそうで、私もつられて笑みを浮かべた。



☆本編で書けなかったこと☆


レセプション舞踏会後にクリズウィッドたちが襲撃された時。

ラルフは咄嗟にジョナサンたちを助けるために動いた。

けれどブルーノはアンヌローザの元へ駆けつけそこを離れなかった。

ルカのために助けなければならないのはアンヌローザ(余力があったらシンシアも)だから。他の人はわりとどうでもいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ