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おまけ小話41・4シンシアの変身

シンシアのデビューの頃の話

☆シンシアの変身☆

(シンシアのお話しです)


「ほら! 素敵です!」

 小間使いのニンナが胸を張る。

 無理やり立たされた鏡前。恐る恐る目を開けた。

「……見られる」

 鏡に映ったのは美しいドレス、綺麗なヘアスタイル、豪奢なアクセサリー、それらにそれほど不釣り合いではない私。


 平凡顔を装いに合わせるためにお化粧は、睫毛バサバサ、アイラインくっきり、ノウズシャドウ入れまくり……になると思い込んでいたのだけど、うっすらとしている。作り込み感が一切ないのに、可愛い。平凡顔なのに。


「『見られる』なんてひどいです! クラウス様のお見立ては最高ですよ! お嬢様のことをよくご存知だからこそのチョイス! ああ、なんて素晴らしい!」

「……ちょっと大げさすぎない?」


 自分のメイクの腕には一切触れずに当主を持ち上げるニンナに苦笑する。

 確かに今日の見立ては全てクラウスらしい。一式を見たときは似合わないと不安になったけれど、こうやって着てみると自分によく似合っているなと思う。これなら今日の社交界デビューは上手く行くんじゃないかしら。


 だけど十年も修道士だったあの人は、どこでセンスを磨いたのだろう。王族の血がなせる技なのかな。


「さあ、ぜひご覧下さい!」

 ニンナの声に我に返る。うっかり鏡の中の自分に見とれていた。

 振り返ると彼女が開けた扉から、クラウスが入って来るところだった。


 ニンナ! 何を勝手なことを!


 クラウスに続いてブルーノ。次にラルフ。ときたら、最後にアレン。

 途端に胸がバクバクいい始める。主人に忖度することを知らず、しかも絶対にドSのアレンは思ったままをズバリという。

 そこがいい。いいのだけれど、今日はやっぱり褒められたい。


「なんて可愛いんだ」

 クラウスが嬉しそうに目を細め私を褒めそやかす。


 この人はゲームだと酷薄な印象だったのに、実際は違う。主人公のことは嫌っているから冷たいあしらいをしているかもしれないが、私には優しい。むしろやや馬鹿兄だ。意外すぎる。

 絶世の美男のくせに、平凡顔の妹を心底可愛いと思っているらしい。目が腐っているのか、顔の美醜の好みが狂っているのか。


 しかも性格も見かけと違う。同じ修道院だったアレンがちょっと個性が強いせいか、騎士然としたブルーノとラルフの方がウマが合うらしい。自分は風雅な貴族の典型みたいな人なのに。屋敷では三人で遊んでいて、アレンが私担当ということがよくある。




 はっ。

 まさか私の片思いを、クラウスが気がついているなんてことはないよね?

 このことはニンナ、アンヌローザ、ルクレツィアの三人にしか打ち明けていない。


「アレン」とクラウス。「お前だけだ、感想を言ってないのは」

 心臓がはね上がる。

 ブルーノとラルフはにこにこしながら、褒めてくれた。じゃあアレンは?


 恐る恐る彼を見る。

 アレンは従者のくせに、片手を顎に当て思案顔で私の頭のてっぺんから爪先まで何度も見た。


 無礼だよね?


 だけどクラウスは何も言わない。柔和な顔でアレンの言葉を待っている。


「ふむ。よく似合っている」


 おおっ、とブルーノとラルフがなぜか感嘆して拍手している。クラウスも満足そうだ。

「求婚者が列をなす、ということはないでしょうが、一人ぐらいは現れるでしょう」とアレン。

 お嬢様に酷いことを言っているのに、クラウスはうなずいている。

「沢山の不誠実な男より、一人の誠実な男だ」


 ……良いことを言っている風だけど、クラウス、あなたは女好きキャラだよね。今現在も取り巻き軍団がいるよね。あなたは自身が不誠実!


 冷めた目で兄を見ていると気づいたのだろう、恥ずかしそうな顔をした。

 それからコホンと咳払い。


「シンシア。今日は私がエスコートをする。大事な日だからな」とクラウス。

「ありがとう」

「だが今後は出来ないときもあるだろう」

 はいとうなずく。

「だが安心しろ。そんな時はアレンをつけるからな」

「「え?」」

 アレンと私の声が重なる。


「長いこと引きこもりだったシンシアを、一人で出席させるわけにはいかないだろう」

 と兄は当然のような言いぶりだ。

「大丈夫、アレンは私の服を着れば、従者に見えない。虫除けにちょうど良い」


「いや、待って」とアレン。

「なんだ?」とクラウス。「服は直さなくとも問題ないだろう? たいして変わらない」

「服の心配なんてしてませんよ。私がエスコートではお嬢様の名誉が傷つきます」

「名誉より、心の傷のほうが困る」

 しれっと言うクラウス。私を見て、なあ?と同意を強いる。

「ウェルナーさんにお願いすれば……」

 と私が言いかけると、クラウスは

「あれは駄目だ。エスコートはさせられない」

 と即却下。





 やっぱり、気づかれている?

 それとも馬鹿兄は天然を炸裂させているの?

 わからなくなって四人の後ろに静かに控えているニンナを見ると、素晴らしい笑顔を浮かべて、ガッツポーズを決めていた。


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