6・5あの日のルカ僧
結局ロレンツォ神父が折れて、もうリヒターを悪く言わないと約束をしてくれた。その代わり、リヒターに不審な点があれば、即付き合いをやめる約束をさせられた。
私のもやもやは解消されないままだ。リヒター本人は真っ当な取引だって言うのだから、嫌になる。
教会からの帰り道。
ふたりで並んで歩きながら、私は屋台で買ったリンゴをシャクシャク食べている。リヒターには公爵令嬢のすることじゃねえとドン引きされた。
だけどずっとやってみたかったんだ。
それに今日はすごくやさぐれた気分。ちょっと不良っぽいことをして、この鬱憤を紛らわしたい。
「何度も言うけどよ。お前が変なんだぜ。普通の令嬢は顔を見せない男を気味悪がるもんだ」と、リヒター。
「どうせ普通の令嬢じゃないですよぉ」
シャクシャク。
「そりゃ見てわかるけどよ」
「でしょ?」
シャクシャク。
「……あ、そうか」
思いついて、立ち止まる。
「ルカ僧のせいだ」
私は見えないリヒターの顔を見上げた。
二年近く前に盗賊から助けてくれた修道騎士たち。その中のルカ僧は火事で焼かれたからと、頭巾と仮面で顔を隠していた。だけれど。
「とても良い人だったの。だからリヒターに抵抗がないんだよ」
「……なんだそりゃ」
食べ終えたリンゴ。残った芯をカゴに入れ、以前盗賊に襲われた事件とルカ僧について、リヒターに話すことにした。
◇◇
マルコ僧とヤコブ僧が助けを呼びに行き、ルカ僧と私は並んで亡くなった人たちに祈りを捧げた。
それが終わるとリリーは私に馬車に入るよう促した。彼女の顔はまだ恐怖で青ざめ強ばっていた。きっと私も同じようだっただろう。だけど首を横に振り、ルカ僧に短剣を貸してほしいと頼んだ。
彼は無言のまま首をかしげた。
「ダメですか?」
と尋ねると彼は片手を差し出し掌を上に向けて止まった。
なんだろうと思い眺めていると、手をとられ同じポーズをさせられた。そして彼は指で私の掌をなぞった。
戸惑い、それから、先ほどマルコ僧がルカ僧は顔と喉を焼かれたと説明したことを思い出した。ルカ僧は喋ることができないのだ。
掌に集中すると、『何に使う?』と尋ねているのだとわかった。
「……みんなの遺髪を持ち帰りたいの」
彼らの帰りを待っている人たちのもとへ、せめてもそれを届けたい。
「お、お嬢様。それなら私がいたします」
リリーが震え声で言う。
「いいえ。これは主人としての私の仕事よ。私と母様の判断ミスのせいなのだから」
ルカ僧は腰に差していた短剣を抜いた。手を出すと、彼は制した。そうして無惨な亡骸に向かい、一人の従者の髪をひと房切り落として私に差し出した。
「私がします」
彼は首を横に振り、私の手を指差した。また掌を出すと彼は指で文字を書いた。
『震える手では怪我をする』と。
襲撃されてからずっと、私の手は小刻みに震えていた。
「……ありがとう」
そうして彼は従者と護衛全員の遺髪を切り落とし、私はひとり分ずつハンカチやばらまかれた荷物から引き出した何かの切れ端につつんだ。
すべての作業が終わり、再びルカ僧にありがとうと礼を言うと、彼は私の掌に書いた。
『あなたの心に安らぎが訪れることを祈ります』と。
◇◇
かいつまんで話終えるとリヒターは興味なさそうに、ふうんと言った。
「いい人でしょ」
「かっこつけじゃねえの? お前一応、美人だから」
「修道騎士だよ。そんな俗悪な気持ちなんて持ってない」
「そうか? 美化しすぎだろ」
呆れ声。
「してない。ルカ僧は良い人だった! だからあなたが顔が見えなくても気にならないのよ。彼に感謝してね」
「え? 俺が? 何でだ」
心底不思議そうな声。
「……そうね。確かに」
吹き出すリヒター。
「どうしているかな。元気にしているといいけれど」
彼は修道騎士だ。つまりは戦場に赴くということ。近頃は異教徒との国境は穏やかだから、大丈夫だと思いたい。
あの日から、毎晩寝る前に祈るようになった。ロザリオを持つようになったのも事件からだ。
私の心を案じて祈ると言ってくれたルカ僧。
だから私は、彼の身の安全も毎晩祈っている。
どうか彼に神のご加護がありますように。




