番外編・警備隊員モブ君
警備隊員モブ君の話です。
ゲーム最終日・レセプション舞踏会からの出来事となります。
かなり分量があります。
非番だというのに緊急の呼び出し。
国王の在位二十周年記念式典(クソ喰らえ!)のために国内外から身分の高いお歴々と、祭りの騒ぎに乗じようという悪党どもが集まっているから、普段の非番よりも気合いをいれていつでも出動できるようにしておけと警備隊長から言われてはいた。
案外真面目な俺は呼び出しを受けてすぐさま本部に駆けつけ、そして驚いた。非番の隊員全員が集められていたのだ。これはただごとじゃない。
点呼が終わると隊長が告げた。
王宮で何かが起こっている。詳細は不明だがかなり逼迫した状況とのこと。非番隊員は朝まで本部待機。命令があるまで静かに身体を休めておくように。
そうして隊長以下幹部は姿を消した。
俺たちは周りの仲間と顔を見合わせた。身体を休めろなんて言われても、無理だ。
ウィルが不安そうな表情をしている。
多分みんな考えは同じだ。
ついに我が国でもクーデターが起きたのか。
国境を接する国のうちの二か国で、立て続けにクーデターと内紛が起きている。いずれ我が国でも起きるのではと、みなこっそりと噂していた。
もしその時が来たら、ヒラ警備隊員のほとんどが民衆の味方をする側につくと言っている。
問題は、どちら側も碌でなしだった場合だ。それに仲間が二手に別れて争うのだけは避けたい。
とにかく用心深く行動するしかない。
声を潜めてそんなことを相談して過ごしていると、いくらも経たないうちに副隊長が戻って来た。
そうして国王と宰相が先代国王に対する反逆罪で捕まったと告げた。更に素行の悪かった近衛連隊第一、二、三師団が自宅待機になったという。
途端に咆哮のような歓声が上がる。みなあいつらの横暴を止められないことに怒りを感じていたのだ。
俺もこれでようやく、という喜びが湧いてくる。
だけれど。思い浮かぶのはウィルの恋人リリーの『友達』アンヌ。俺たちは彼女は宰相家に勤める小間使い仲間と紹介された。
だが先日彼女と行った孤児院で、ひとりの少年が彼女に向かって言ったセリフで気がついた。アンヌは小間使いじゃない。
あの気の良さそうな彼女はこれから一体どうなってしまうのだろう。
アホウのリヒターは今どこにいるんだ。お前の大事な大事な彼女が危機に瀕しているぞ。助けに行ってやってくれ。
◇◇
非番の警備隊全員で王宮に向かった。ヒラ隊員たちはみなその中に入るのは初めてだ。緊張で顔がおかしくなっている。多分俺もそうなのだろう。
しかも俺の所属する隊が割り振られたのは、先代国王妃の護衛。なんでそんな人物が突然現れたのか、なんで近衛じゃなく警備隊なのか。しかもなんでこんな夜中に大聖堂に行くのかと、疑問ばかりだ。
それでも黙って命令に従い警護する馬車の元で待機していると、老齢ながらえらく貫禄のある尼僧がやってきた。彼女が先代国王妃のようだ。
その隣にはとんでもない美形の青年。公爵のフェルグラートだ。一度街中で、馬車に乗り込むところを見かけたことがある。遠目に見てもなかなかの美男ぶりに、目を見張った。間近で見るとその威力は絶大だ。
結構な女たらしとの噂だが、さもありなん。これは女のほうが放っておかないだろう。
と。
公爵と目が合った。
まずい、見すぎていただろうか。
でもこれだけの美男だ、見られることには慣れているだろう。
だが公爵は短い間だが、確実に俺を見ていた。俺は目をつけられるようなことを、何かやらかしたのだろうか。
◇◇
大聖堂での用事を終えた先代国王妃と公爵と共に王宮へ戻ると、俺たちの隊の半分は彼女の警護、残りの半分は宮殿内にある近衛連隊本部で仮眠との命令が下った。
俺とウィルは警護だ。
彼女と公爵を囲むような配置で宮殿内に入ろうとしたところで。
集団の気配、と思ったときにはどこからともなく現れた近衛兵に襲いかかられていた。
すかさず剣を抜いて応戦するが、確実に数で負けている。まずいかもしれない。
焦る視界におかしなものが入った。
あり得ない強さで、次々に近衛兵を倒していく。誰だあれは。警備隊にあんな動きをする隊員はいない。
一瞬死を覚悟したのに、気づけばあれほどいた近衛兵がみな倒れ伏している。
貴族の正装で血まみれの剣を片手に持つ男が
「アンヌローザとクリズウィッドはどこにいる!?」
と叫ぶ。
そうして彼は返答を聞くと警備隊長に、妃殿下を頼むと叫んで駆けて行った。
慌てて戻って来た仮眠組に妃殿下護衛が命じられ、俺たちは男を追って王子警護に向かった。
だが初めて入る王宮。警備隊長も詳しく知らないらしい。若い侍従が必死に走って先導してくれているが、すでにさっきの男の姿は見えない。
何が起こっているのかわからない不安、間に合うのかという不安。
侍従が躓いて派手に転倒。
「その角を右に曲がった所です!」
彼の叫びに、転がった彼を置いて廊下を走り抜ける。
そうして曲がった先には。
少し前の現場と同じように近衛兵たちが倒れ伏していた。
その中心に血に汚れた剣を持つ二人の男。ひとりはさっきの貴族の正装をした奴だ。
美しい銀髪。細い身体。恐ろしく整った容貌。
フェルグラート公爵だった。
彼は警備隊長に問われて、冷静に王子たちの無事を返答している。
いったいこれはどういうことなのだろう。
◇◇
俺たちヒラ警備隊員がこの晩に起きた出来事を正式に説明されたのは、翌日の昼すぎだった。
先代国王妃が当面国王代理になり国政を執り行うとか、王太子も殺人罪で逮捕だとか、近衛連隊の人員欠如のために警備隊がその穴埋めをするとか、警備隊に入隊したときは考えもしなかった驚天動地の出来事の数々に、俺たちはただただ唖然とするしかなかった。
その中でもっとも耳を疑ったのは。
あのいかにもお貴族様という美貌で細身の(ここ大事)フェルグラート公爵が、実は聖リヒテン修道騎士団に所属する精鋭の騎士だった、ということだ。
『死神』という異名を持つ修道騎士がいることはたいていの警備隊員が知っている。戦場帰りの軍人からよく出る名前だからだ。その『死神』が公爵だという。間近で彼を見たのは昨夜のたった一度だけれど、到底そうは思えない。どこからどう見ても骨の髄まで優雅なお貴族様だった!
だが彼が多くの近衛兵を倒したのは事実。
俺たちは、疑問だとか妬みだとか(だってあんな美貌で尚且つ強いなんてズルい)ごたまぜの感情で悪口を言い合って。最終的には、剣術を教わりたいなで話はまとまった。
とはいえアレは教わったからといって会得できるものではないだろう。相当長い時間をかけ、想像できないほどの鍛練を重ねて至った境地に違いない。あの若さで。
そう考えると妬んでいる暇があったら努力するか、と思うのだった。
◇◇
怒濤の晩から二週間ほどが過ぎた。
相変わらず近衛が人員不足なので警備隊が仕事を分担している。俺たちも王宮にだいぶ緊張しなくなってきた。
今日の持ち場は王宮西翼の警備。ここは初めてだ。噂じゃここに住む第二王子が次の国王になるらしい。あの晩の襲撃のこともあるから特に注意を怠るなと言われている。
第二王子。リリーの『友達』アンヌの婚約者だった男だ。この婚約は先だって解消された。挙式を目前にして。
てっきり宰相の罪のせいでだと思ったのだが、どうやら違うらしい。王子が和平のために異教徒の姫君と結婚しなければならなくなったからだそうだ。
婚約の解消は円満で、彼女の立場が悪くなることはないと聞いてほっとした。
それ以前に、彼女が父親の犯罪の余波をかぶることもないとも聞いた。リリーの話じゃ、本人は冷静に受け止めているらしい。
一度あの孤児院に、彼女の状況を知らせに行った。きっと心配しているだろうと思ったのだ。だが神父は既に報告を受けていた。訪れたついでに、もしリヒター・バルトが現れたら教えてほしいと頼んでおいた。神父は微妙な表情をしながらも、分かったと頷いた。
今のところ、まだ連絡はない。あのアホウは彼女の立場の変化を知らないのだろうか。
廊下の角でひたすら立哨という、警備隊ではやらない仕事に辛さを感じてきた頃、向こうから一組の男女がやってきた。
アンヌローザ『様』とフェルグラート公爵だ。二人は仲良さそうに談笑している。距離も微妙に近い。
……。
がっかりだ。
彼女は気さくないい娘だと思っていた。あんな胡散臭いリヒター・バルトが好きでたまらないようで、愚かながら可愛い娘だと好印象だった。
それなのに奴がいなくなってまだひと月しか経ってないのに、もう他の男に惚れたのか。それもあんなイケメンで地位も金もある男に。
哀れなリヒター。自分に向けられていた笑顔がもう他の男のものだと知ったら、どれだけショックを受けるだろう。高級娼婦の宿主を捨てて都を去るほど、彼女を好きだったのに。
と、公爵と目が合った。
そういえばあの晩もそんなことがあった。
「あら」
彼女が俺に気づく。屈託のない笑顔を浮かべて近寄って来た。
「お名前はなんだったかしら」
どうやら王宮ではご令嬢らしく話すらしい。内心の苛立ちが表に出ないよう気をつけながら
「アレックス・フォンタナと申します」
と慇懃に答える。
「そうそう、アレクね。リリーがそう呼んでいたわ」
にこりとする笑顔は可愛らしい。
「ロレンツォ神父様に私は心配ないようだと教えに行って下さったそうね。ありがとう」
なんてこった。知られていたのか。リヒター・バルトの話をしたこともだろうか。
ちらりと隣に立つ公爵を見る。本当に欠点のない美男ぶりだ。
仕方ないのかな。裏町に生息するガサツな男が太刀打ちできる相手じゃない。
と、遠くから走って来た子供が、
「クラウス!!」
と叫んで彼に突撃した。十歳ぐらいだろうか。
細身の公爵は彼を軽々と抱き上げ片腕に座らせる。
なるほど。あの細腕は見かけ通りではないということだ。
「どうした、ウェルナーは?」
「まいた! 行儀よくしろってうるさい」
「父親としては当然の小言だ」
「妃殿下の前でいい子ぶっているのは疲れるんだよ」不貞腐れた表情の子供。
アンヌ様がクスクスと笑う。
「妃殿下は子供好きなのよ。遊んでさしあげて」
「わかってるよ。いい子にしてるから、後でクラウスが僕と遊んでくれよ」
「後でな」
公爵は意外にも優しげな顔をすると、丁寧に子供を下ろし、彼は走って行った。
……。
が。
先ほどまで子供を抱えていた公爵の左手を見つめる。
その甲には見覚えのある酷い傷。
幻か?
嘘だろ?
気づいたら公爵様の武骨な手を取っていた。
確かに傷がある!
「なんっ……!!」
言葉にならない叫び声をあげて、公爵を見る。
「どうして……!!」
「彼がリヒターなの」
横から掛けられた言葉に声の主、アンヌ様を見る。
「え? だって? あのガサツ男……」
彼女は楽しそうに笑う。
「ガサツで悪かったな」と目前の男前が低い声で言う。
「え? 本当に?」
「本当だから、さっさと手を離せ。お前に握られても嬉しくない」
「あ? ああ、すまん」
さっと手を離し、それから公爵相手に『すまん』はまずいと気づいて
「申し訳ございません」
と言い直すと、美しい公爵様はあろうことか、ぶっと吹き出した。
「気にするな。来月から同僚だ」
「え? 同僚?」
何を言っているんだ、この人は?
「警備隊に入る」澄まし顔の公爵。
頭が理解に追い付かない。
「文官は辛いみたい」アンヌが言う。「お貴族様生活は嫌なのよね」
「えええ?」
「よろしく頼む」
公爵がニヤリとする。全く貴族らしくない表情だ!
「えっと。公爵がリヒター・バルトで、来月から警備隊に入る?」
そうとうなずく二人。
どういうことだ!
「ではまたね」
アンヌが笑顔を向け、二人は俺の前を去る。
と思ったら公爵が戻ってきて何故か顔を寄せた。
「アンヌは俺のだからな!」
小声ながら公爵様とは思えないドスの効いた声で囁かれる。
目が真剣だ。
「知っている! ベタ惚れじゃないか!」
言い返してやると。
「手出ししたら、殺す」
「するか!」
「ならばいい」
麗しい公爵様は物騒なセリフを微塵も感じさせない涼しい顔になると、俺の肩をポンと叩いた。
「またな、先輩」
先輩?
去っていく二人の後ろ姿を見ながら、懸命に頭を整理する。
あの公爵が、『死神』と呼ばれた修道騎士で尚且つ、裏町のリヒター・バルト。それでもって、来月から警備隊に入る。
なんだそりゃ。
まったく訳がわからない。
だけれども彼がリヒターで彼女がアンヌで。あの雰囲気ならば、二人は上手く行ったのだろう。
そうか。
「めでたしめでたし」
小さく呟いて。
再び背筋を伸ばして、立哨の役目に戻る。
今日の酒は旨いこと間違いない。
◇おまけ◇
立哨の仕事が終わり、王宮の片隅にある警備隊の仮詰め所に戻ると、考えるより先に
「聞いてくれ!」
と叫んでいた。
どうしたどうした、と仲間が顔を向けてくる。
王宮では警備隊本来の仕事では決して見られないものが見られるので、みんな割りとミーハーなノリでこの仕事を楽しんでいる。
「フェルグラートの公爵が」と俺が言うと、
あいつかぁという言葉と嘆息が広がった。警備隊員にとって奴への感情はまだ複雑なのだ。
「で、公爵様がどうしたんだ」とウィル。
「驚くぞ」と俺。
もったいぶるな、とあちこちからヤジが飛んで来る。
「あいつがリヒター・バルトだったんだ」
一瞬にして物音が消える。
それからさっきよりも深いため息と、やれやれといった空気が場を制した。
「つまんねえよ!」
「作り事に用はない!」
「つくならもっと上手い嘘をつけ!」
仲間が口々に文句を言う。
それはそうだ。
あの目印的な左手を見た俺だって、まだ半信半疑だ。
だから黙っていようと考えていたのだけど、ムリだった。
「あいつの左手を見てみろ。リヒター・バルトと同じ傷がある」
「あんな雲の上の人物、手を見る機会なんてない」とウィル。
俺は肩をすくめた。
「しかも来月から警備隊に入るらしい」
その俺の言葉も、みな聞き流している。
まあいい。半月後、お前たちが驚愕する姿を楽しむさ。
◇◇
その翌日のこと。奴と、ブルーノ、ラルフ、という元・聖リヒテン修道騎士団の精鋭三人が警備隊にやって来た。鍛練に混ぜてほしいと言う。
ヒラ警備隊員たちは微妙な気持ちで彼らを受け入れて、俺たちとは圧倒的に差のある剣術の相手をした。
こちらが全員汗だくなのに三人は涼しい顔で、みなプライドが粉々だ。
休憩時間になると、一見ただの壮絶美男のフェルグラートが俺の元にふらりとやって来た。
「ちょっと触らせてく……ださい」と俺。
「ほらよ」と奴。
差し出された二の腕を触る。警備隊員と比べて細い袖に隠されたそれは、とんでもなくしなやかな筋肉の塊だった。
「元々肉が付きにくいんだよ」と公爵様がぞんざいな口調で言う。「これでもマシになったほうだ」
目前の、どちらかと言えば女性的な容貌の美男を見る。
服の下に素晴らしい筋肉を隠しているとはいえ、通常の騎士や警備隊員のそれには及ばない。
「俺はアタマで戦ってるからな」
彼の言葉にうなずいた。先ほどの手合わせを見て分かった。こいつはパワーが足りない分を、相手の動きを先読みすることで補っていた。力に重きを置いている俺たちが敵う相手じゃない。
「完敗だ」
「当然!」
意外にも人懐っこい笑顔を浮かべる公爵様。
ふむ。本当に本質はお貴族様じゃないようだ。
周りに視線を走らせる。仲間たちが、公爵様と普通に話している俺を、もしくはくだけた口調の奴を、目を皿のようにして凝視している。
ちらりと奴の手を見る。指のない手袋をしているせいで甲が見えない。
俺の視線に気づいた様子の公爵様が口の片端を上げた。おもむろに手袋を脱ぎ、左手を差し出す。
「来月からよろしくな、先輩」
「遠慮する、後輩」
差し出されたその手のひらを拳で軽くはたく。それとほぼ時を同じくして、どよめきが起きた。
「その手っ!!」
叫びと瞠目と。
「言っとくけど」とリヒター・バルトだった男は周りを見渡してニヤリとした。「俺は何一つ犯罪はやってないぜ」
全く。
俺にとってはめでたしめでたしじゃない。
来月からの面倒くささを考えて、盛大なため息をついた。




