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もしも編54・いざ、亡霊 が違う展開だったら……

タイトルどおり、『54・いざ亡霊』が違う展開(ゲーム的展開)だったらというもしも編です。







 スリッパ両手に夜着の裾をつかみ、夜中の廊下を全力疾走。


 そんなことありえない、と思いながらも後ろから自分の首を小脇に抱えた亡霊が迫って来るのではとの恐怖から逃れられない。


 早く正面棟に出よう、と必死にその角を曲がったら目の前に誰かがいた。


 ぶつかる!


 と目を瞑った瞬間に足がもつれた。

 転倒すると思いきや、誰かの胸に倒れこみ受け止められる。


 心臓がバクバクいう。

 こんな時間に誰だろう。

 もし、これが亡霊だったら…………。

 だけど両手は私を支えているから、少なくとも自分の頭を抱えてはいない…………。


「アンヌローザか?」


 聞き覚えのある声がした。

 そろそろと体を離し、抱き止めてくれた相手を見る。


 …………ある意味、こんな時間に会うのは亡霊より恐ろしい人。

 クラウスだった。

 なんてこった。


 素早く周りを見るものの、彼しかいない。どうしてブルーノもラルフもいないの!

 …………って、きっと亡霊探索だ。

 だけど主人公も代わりになるご令嬢もいない。まさか。

 嫌な予感がビシバシする。


 クラウスは上着を脱いで肩にかけてくれた。飛び散ったスリッパも拾って足の前に揃えて置いてくれる。

「……ありがとう」

「ケガは?」

「ないわ」

「一体、そんな格好で何をしているんだ?」

 怪訝な表情をされて、嫌な予感が当たりませんようにと念じながら、簡単に経緯を説明した。

 すると盛大なため息をつかれてしまった。


「殿下を殴ってでも止めろ。こんな時間にひとりでうろつくな」

「……ごもっともです」

「とにかくクリズウィッドの元へ送る」

「殿下を起こしたら申し訳ないわ」

「起きて私の戻りを待っているから問題ない」


 なんだそれは。クリズウィッドは部屋で待機? 親友ひとりに亡霊を探させて?


「陛下の命で亡霊を確認しに来たのだがな。あまり大人数だと出ないとの噂だから彼には待機してもらっている」


 そうか。この人は亡霊と関係があるから、ひとりの方が都合がいいのだ。


 ロザリオを握りしめようとして……

 見つからない。

 ガウンを羽織ったとき内側にピンで留めたし、姉の部屋を出る時は確かにまだあった。触ったもの。


 走ってきた東翼の廊下を見る。

 暗くて落ちているか、分からない。


「どうした?」

「ロザリオを落としたみたい」

「後で探しておこう」

「大事なものなの!」


 ロザリオは後でも構わない。だけれどそれが入っているのは、リヒターにプレゼントされた巾着だ。

「……み、見てくるわ」

 怖さに声が震えてしまった。でも巾着だけは探さないと。

「少し待っていてね」

「待つか、馬鹿」


 馬鹿?

 この人、そんな言葉を口にする人だったっけ?


「あなたをひとりで行かせる訳にはいかないだろう」

 でも二人で東翼を歩いたら、亡霊探索になってしまう。

 ……でも、そうだよね。じゃあ待っている、なんて言うような人じゃない。ここは腹をくくって、一緒に行くしかないだろう。

「では、お願いします」


 二人で東翼に入る。

 今夜は雲が多いせいか月明かりはなく、壁の燭台だけが廊下を照らしている。

 はっきり言って、不気味だ。

 ぶるりと体が震えた。


「……掴まっていろ」とクラウス。

「え?」

「怖いのだろう?」

 そうだけど。万が一そんな姿を誰かに見られたら、亡霊よりも恐ろしい事態になる。


 だけどそっと彼の袖を摘まんだ。

 これくらいなら、許容範囲じゃないかな。

 クラウスは摘ままれた箇所をちらりと見たけれど、何も言わなかった。


「それでロザリオはどんなものだ? 目立つか?」

「白い巾着に入っているの」

「それなら、分かりやすいか」

 クラウスは床に目を凝らしている。絨毯は緋色を基調としているから、白は目につくはずだ。

 見落とさないよう、ゆっくり進む。

 が、なかなかみつからない。


 ついに姉の部屋の前まで来て……


「あったわ!」


 駆け寄って床に落ちていた白いものを拾う。間違いない、リヒターの巾着だ!

 良かった!

 ほっとして刺繍を指でなぞる。


「では西翼へ行こう」

 そう言うクラウスに振り返り、礼を述べようとしたとき、やや離れた部屋の扉がゆっくりと開いた。

 誰かが出てくる。


 ……首が、ない……


 息を飲む。

 本当に亡霊だ。

 これが偽物とは思えない。

 それはこちらを向いた。両手で自分の頭を抱えている。


 突如腕を掴まれ、悲鳴をあげた。

「私だ、アンヌ!」

 クラウスだった。そうだ、彼がいたのだ。

「こちらに」

 腕を引っ張られるが足がすくんで動けない。

「失礼」

 そう言うと彼は私を抱き上げた。お姫様抱っこ!

「捕まってろ」

 クラウスは細身の体型にもかかわらず、私を抱えても全く苦ではなさそうだ。そのまま亡霊の反対側、東翼の奥へずんずん進んだ。


 彼の肩越しに廊下を見る。

 亡霊!

 亡霊のくせにめっちゃ早足で追ってくる。

「来る! 追いつかれちゃう!」

「捕まってろ!」


 駆け出すクラウス。

 あまりの早さに首に手をまわしてしがみつく。

 この人どうなってるの!? 私、いくらなんでもそれなりに体重あるよ!?


「……待……て……」


 何? 空耳?

 また肩越しに亡霊を見る。奴も頭を抱えたまま走っている。

 そんなのあり!?


「走ってきた!」


 クラウスは階段室に飛び込んだ。降りるのかと思いきや、私を抱えたまま数段飛ばしで駆け上がっている。

 上階へ着くと、誰もいない廊下を正面棟に向かって爆走する。


 さすがにもう亡霊も来ないかなと後ろを見ると、まだいた!

 亡霊もまだ駆けている。

「がんばって公爵!!」


 やがて東翼の端まで来て正面棟に入る。だけれどクラウスは止まらない。そのまま走り続け、西翼に入ったところでようやく足を緩めた。


 ここまで来れば、多分、もう大丈夫。

 クラウスは開いていた部屋に入ると、私を抱えたまま長椅子に座り込んだ。そうして大きく息をつく。


 ……私。横抱きにされたままなのですが。

 気づいてないのかな?


「……あの。公爵」

「走る亡霊なんて初めてだ」

「走らない亡霊は遭遇したことがあるの?」

「ない」

「……」


 冷静そうに見えるけれど、この人もテンパっているのかな?


「助けてくれてありがとう。だけどそろそろおろして下さるかしら」

「……忘れていた」

 クラウスはそう言って、自分の隣に私を下ろした。意外に天然なのだろうか。案外可愛い、なんて思ってしまう。


 いや。待って。私をお姫様抱っこで全力疾走って、全く可愛くない。というか逞しすぎじゃない? 階段の駆け上がり方はエグかったよ。


 さすがに肩を揺らして息を整えているクラウスを見る。他の人に抱えられたことがないから分からないけど、走っていても落とされる心配はまったくなかった。普通、こんなものなのかな。それとも、もしや。


「女の人を抱きかかえるのに慣れているのね!」

「なんでだ」

 剣呑な目を向けられる。

「だって私を抱えてあんなに走れるんだもの」

 クリズウィッドとか兄とかなんて、そもそも走れるのかも分からない。むしろ人生で一度も走ったことがないかもしれない。

「……修道院では重労働をしていたからだ」

 ああ、そうだった。だから手袋をしているのだっけ。

「第一あんなのに追いかけられたら、死に物狂いで逃げるしかないだろう」

「ありがとう。放り出さないでくれて」

 にこりと笑みを向けると、盛大なため息が返ってきた。


「あなたはもう少し自分に頓着してくれ。何かあったら……クリズウィッドが悲しむ」

「……肝に命じておくわ」


「しつれ……」

 突然第三者の声がした。

 悲鳴をあげて思わずクラウスの胸に飛び込む。


「失礼します。そちらにいらっしゃるのはアンヌローザ様でしょうか?」

「そうだ」

 と答えたのはクラウス。

「良かった、お探ししておりました。王太子妃殿下のお部屋を出られたと伺いました」


 そろそろと顔を声の方に向ける。入り口に燭台を持った侍従がいた。

「……人?」

「はい?」

「亡霊が出た」とクラウス。「部屋を出た彼女に偶然会ったのだが、その直後に亡霊が出て追いかけられた」

 懸命にうなずく私。

「で、出たのですか?」

 侍従の声が震えている。

「走って迫って来たの!」

「走って!」


「早急に彼女の泊まる部屋を西翼に準備してくれ。とりあえず彼女はクリズウィッドの元に連れて行く」

 クラウスの冷静な声が指示を出した。

「かしこまりました」

 答える侍従の声はまだ震えている。きびすを返したけど、何度も左右を確かめている。彼もきっと怖いのだ。

「……あの」と侍従が振り向く。「西翼まで来ましたか?」

「わからん。必死で逃げて来たからな」

 と答えるクラウスは、すでに息は整っていて必死感はない。

 だけど普段はきちんとしている髪や服が乱れている。


 侍従はぶるりと震えた。

「神様、お守り下さい」

 彼はそう呟いて、去って行った。

 クラウスがため息をつく。

「行くか」

「そうね」

 立ち上がろうとしたら、体がふわりと浮き上がった。またクラウスに抱えられた!

「あ、あの!?」

 構わずずんずん進むクラウス。

「もう、歩けます!」

「本当に?」

「……多分」

 彼はぷっと吹き出した。

「どうせ腰が抜けている。さっきはなかなかの驚きぶりだったではないか」

「だって!」

「あなたにも弱点があったのだな」

「どういう意味!?」

「向こう見ずの怖いもの知らずだろう?」

「私! 一応、可憐な公爵令嬢ですけど!」

「自分で『一応』なんて言ってる時点でダメだろう」

「あ……」

 しまった。


 薄暗さの中でもはっきり見える。

 クラウスは楽しそうな表情だ。


 こんな姿を誰かに目撃されたらと考えると恐ろしいけれど。

 亡霊を捕まえることはなかったし、彼は何故かご機嫌だし。これはこれでいいか。シンシアも安堵するだろうしね。




 




 ◇翌日のクラウス◇


 亡霊の正体は、実は劇団から特殊メイクを教わりそれに扮していた、従者見習いの少年だった。もちろん頭はしっかり胴体に繋がっている。


「どうして追いかけて来た!」

 詰め寄るクラウス。

「だってその方が盛り上がるでしょう?」

 少年は混じりけなしの素敵笑顔で、悪びれることなく言う。

「可愛いご令嬢を連れて肝だめしデートをするなんて、公爵様はちゃっかりしてますね」

「違う!」

「でも大事そうに抱きかかえていたじゃないですか!」

「……」


 そりゃ、それなりにいい思いはしたけどな。

 という言葉は口にせず、真面目くさった顔で

「とにかく関係のない女性を追いかけないように」

 と叱ったのだった。



 ◇◇


 もちろんお姫様抱っこのまま椅子に座ったのも、抱っこでの移動も確信犯でした。






アンヌとリヒターの暗闇イチャイチャを見たかった、とのご意見をいただいて生まれたもしも編ですが、真面目な二人にはこれが限度でした。


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