表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/251

裏話57・クラウスのささやかな告白

公爵クラウスの話です。

本編57の裏話になります。






 肖像の間に入ると僅かな月の光を頼りに長椅子に向かい、それに身を沈めた。



 どんな風の吹き回しなのか、クリズウィッドが俺たちにむかって、誰かアンヌローザのダンスの相手をしてやってほしい、と言った。

 聞き間違いかと思った。今まで奴は徹底して彼女に男を近づけないできた。許されるのは会話まで。身体が触れあうダンスなんて、言語道断だった。


 もし俺が彼女にダンスの特訓をしてもらったと知ったなら、怒り狂うだろう。それだけ彼女を溺愛しているし、俺を警戒している。

 彼女のことさえ除けば、気のおけない親友同士なのに。


 一緒に踊ったことがあるとはいえ、上達に必死になっていただけの特訓と、夜会は違う。


 正式の場で楽団が奏でる素晴らしい演奏にのって、正装をした美しい彼女の手をとり瞳を見つめて踊る。


 決してそんなことができる日は来ないと思っていたのに、まさかクリズウィッドから提案してくるなんて。きっと最初で最後の機会だ。これは奴の気まぐれだろうし、俺は近いうちに王宮を去る。


 この機会を逃してなるものか。

 私と、と名乗り出ようとして、アンヌローザが複雑な表情をしていることに気がついた。


 俺にとって千載一遇のチャンス。

 だけれど彼女にとっても、そうなのだ。


 クリズウィッドが牽制していたのは俺だけじゃない。ウェルナーもだ。当然二人で踊ったこともない。

 彼女が今誘って欲しいのは、俺じゃなくてウェルナーだ。


 それなら俺に出来ることは……。






 片思いの辛さは身に染みている。

 彼女には少しでも笑顔でいてもらいたい。


 彼女とウェルナーが踊れるように声をかけたものの、嫉妬で胸は苦しく普段の表情を保てもしない。

 逃げるようにここに来た。



 ……先日、彼女との約束を破った。リヒターの俺は最後まで面倒を見ると約束したのに、都を出ることになったなんて嘘をついて彼女の前を去った。

 突然の別れに彼女は泣いていたと聞く。泣かせたくないと思っていたのに、俺は泣かせてばかり。最後までも。


 だからその分、笑顔になってもらいたい。

 だからウェルナーに譲って良かったんだ。






 と、扉が開閉した。

 誰だ。

 今の俺は完璧な公爵を演じる余裕はない。

 苛立つ相手でなければいいが。


 そう思って乏しい明かりの中で目をこらすと、そこにいたのはアンヌローザだった。

 心臓を鷲掴みにされる。

 どうしてこのタイミングで彼女なんだ。


 しっかりしなければならない。

 完璧な公爵は無理でも、完璧な王子の親友でいないとまずい。余計なことは口走らないように。態度に出さないように。




 取り繕って無難な会話をするはずが、なぜか彼女は答えられない質問ばかりする。原因はシンシアらしいが、『本命はいるのか』なんてあんまりだ。

 それはアンヌだと言えたらどんなにいいか。


 反面、こんなに好きなのに、全く気づいていない彼女の鈍感さが腹立たしくもある。そもそも密室で男と二人きりになるな。クリズウィッドに叱られているだろうが。少しは警戒しろ。今の俺には余裕がないんだ。


「ねえ、公爵」

 優しく呼びかけられる。

「私、破滅するのは嫌よ。だけどあなたに会えて楽しかったわ。殿下とのことも沢山フォローしてもらったし、とても感謝しているの。万が一のことがあっても気にしないでね」


 彼女を見る。半月の月明かりじゃ、彼女の表情なんてわからない。だけどきっと穏やかな笑みを浮かべているのだろう。

 こんなセリフをさらりと言ってのける彼女が好きだ。


「……お人好し」

 これが今言える精一杯の賛辞だ。それに対して

「あなたもね」

 と優しい声が答える。


 広間からの音楽が聞こえている。


 彼女に手を差し出す。

「アンヌローザ。私と踊ってもらえないか」

 好きだと言えない代わりの、ささやかな告白。心優しい彼女は何故かと尋ねることもなく、そっと手を重ねてくれた。


 微かに聞こえる音楽に合わせて踊る。

 貴族の生活なんて馬鹿馬鹿しいものばかりだったけれど、このダンスだけは良かった。束の間の夢を見られる。


 全てが終わって、まだ彼女が俺の話に耳を傾けてくれるようだったら。王宮を去る前に全てを告白して謝罪しよう。


 ルカもリヒターも俺なのだ、と。


 クリズウィッドも最後なら、もしかすれば想いを伝えることを許してくれるかもしれない。そうしたら、多くの嘘をついたけれど、アンヌが好きだったと伝えるのだ。






 ああ、だけど。こうして身体を寄せて踊っていると、全ての嘘が暴かれる。

 親友を慮って焦がれる想いを伝えないなんて、きっと嘘だ。

 俺はそんなに物わかりのいいお人好しじゃない。

 全く望みがないと分かっているから、親友に配慮して想いをひた隠す男を演じているんだ。


 だって彼女に俺を見てもらいたくて、好きになって欲しくてたまらない。








 突然扉が開いた。

 アンヌが素早く俺から離れる。


 夢の時間は終わりだ。

 彼女を婚約者の元に返さなければいけない。

 俺には頭を冷やす時間が必要だ。



 タイミング良くやって来たブルーノに彼女を頼み、さっと肖像の間を出る。


 危なかった。

 ブルーノが来なければ、彼女を抱きしめ好きだと言ってしまっていただろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ