6・4信用度
子供たちに謝りながら孤児院を出て、教会に向かう。
中へ入ればリヒターは、やっぱり前と同じ格好で寝ていた。
その脇にしゃがみこむ。
だけど彼はすぐにもぞもぞとして起き上がった。
「リヒター」
「あ?」
掠れた声。
「来週から来れなくなっちゃった」
「なんでだよ」
「……」
「俺のせいか?」
「そのような、そうでないような」
もやもやする。
「あの神父、俺を嫌ってそうだもんな、そうか」彼は息をつく。
「あなたは怪しいから、他に護衛を頼めって」
「真っ当な意見ちゃ意見だけどな」
「私、ここへ来るのが好きなの」
空のカゴを見つめる。
「大好きだけど……」
もやもやがなんとなく形作っている。
私は本当は狭量で嫌な子だ。それをわかっていて目を背けたかったんだと気づく。
「……大好きだけど、この区画に一人で来るのは怖かった」
大丈夫、昼間なら安全。そう聞かされていたけれど、本当は荒んだ雰囲気が怖かった。
それでもここが好きで癒しだったから、その恐れに蓋をして、見ないようにしていた。
そして私は、抱えている恐れを理解してくれない神父に、もやもやしていたようだ。なんて自分勝手なんだろう。自分で望んで来ているのに。
あの日リヒターは神父に、この辺りの治安が悪いのだから出迎えてやれ、と言ってくれた。
それが私の気持ちを理解しているようで。代弁してくれたかのようで。それで私はきっと、嬉しくて彼を信用したんだ。
すごい自分勝手だ。
だけど、そんな理由だったとしても、私は私の直感を信じる。
「今すぐあなたの他に信用できる護衛を見つけられるとは思えない」
「そんなことねえ」
彼は立ち上がった。
「まともに見える奴を紹介してやる。楽な仕事だから俺がやりたかったけどな。どのみち俺は……」
カタリと音がして、振り返ると扉からロレンツォ神父がやって来た。
「アンヌローザ様」
「はい」
立ち上がってリヒターの隣に並ぶ。
「あなた様には是非来ていただきたいのです。子供たちは皆、あなた様を慕っている」
私は首を横に振った。
「私もここが好きです。だけれどもう、怖くて一人では来られません」
「子供たちが出迎えに伺います」
「……」
子供たち。いないよりは心強い。だけど……。
「先日彼女は短剣を腰に差した男五人に囲まれていた」リヒターが普段とは違う落ち着いた声音で言った。「子供には守れないし、危険にさらしていい年齢でもない」
あのごろつきたちが武器を持っていた?
全く気がつかなかった。動転していてそんな確認なんてしなかった。だから周りの人たちは知らぬ顔をしていたのか。
今更ながら、恐ろしくなる。
「都の治安が悪くなってきているからな。ちゃんと俺の代わりを見繕うよ」
そう神父に言うと、リヒターは行こうと私を誘った。
その見えない顔を見上げる。
もやもやする。
「どうした?」とリヒター。
「……私、あなたを信用している」
「そうかい」とリヒターは言い、神父は眉を寄せた。
「……私が信用しているのに、みんながあなたを信用しないであれこれ言うのが、多分、もやもやする」
リヒターはちらりと神父を見た。神父はばつの悪そうな表情だ。
「私は宰相の娘だから、色んな人が周りに集まるの。ほとんどみんな、うわべだけの綺麗ごとを言って、取り入ろうとしているだけ。でもあなたの言葉はそうじゃない」
……気がする、と小さく付け足す。
「だからあなたを信用してくれない神父様が悲しい」
リヒターは吐息した。
「お互い様だろ。神父からしたら、忠告を聞き入れないお前に不安を感じているはずだ」
その言葉に目から鱗が落ちた気がした。
神父を見る。彼は虚を突かれたような顔をしている。
「自分の意見を聞き入れてくれないから、」とリヒターは続けた。「がっかりするなんてガキのすることだ。お前はここが好きなんだろう? だったらがっかりしてねえで、どうすりゃいいか考えろ」
さっき父さまのことで自分の子供さを反省したばかりだった。
それなのに私はまた子供じみた考え方をしていたんだ。
「……そうか。ごめんなさい、ロレンツォ神父様」
「……いや、こちらこそ、アンヌローザ様。あなた様に良かれと思いした忠告でしたが、確かにお気持ちを考えておりませんでした」
神父はそう言った。だけどそれだけ。
これだけまともな考え方をするリヒターを、まだ信用できないの? 彼はあなたを擁護したのに?
やっぱりもやもやする。
「だけれど神父様。私はやはり彼を信用しています。人となりも、護衛としての腕前も。たとえ他に素晴らしく信用できる護衛を見つけてここへ通ったとしても、あなたが彼を拒絶したことが澱となって、きっと以前のような楽しいものではなくなってしまう」
「頑固だなあ」リヒターが揶揄を含んだ声で言った。「俺はお前の信頼に足る男じゃねえよ」
「それは私が決めること!」
「痛い目見ても知んねえぞ」
「悪い奴はそんなことを言わないと思う」
リヒターは深いため息をついて、本当に変な女、と呟いた。




