裏話17・リヒターの懺悔
裏町のリヒターの話です。
本編17の裏話になります。
誰もいない寂れた教会。
参列席にひとり座り、こうべを垂れる。
外からアンヌローザと遊んでいる子供の嬌声が聞こえてくるが、ここは物音ひとつしない。
ただし神の御前だ。ひどく咎められている気になる。
もし。
彼女がウェルナーに告白をすれば。確実にフラれる。そうしたら、きっと自分に打ち明けるだろう。きっと泣くだろう。
そうなったら俺は慰めることができる。
失恋に弱っている彼女を優しく励ませば、もしかしたら、俺を意識するようになってくれるかもしれない。
自分でも反吐が出るようなそんな下卑た考えを内に留めておくことができなくなり、彼女の恋が成就することはないと知りながら、俺は卑劣にも、告白したらいいなどと言ってしまった。
彼女は泣き出す寸前の顔で抗議した。
傷つけてしまった。
自分勝手な横恋慕のせいで。
◇◇
あの日、ルカの死に泣きじゃくる彼女を落ち着かせようと、何気なくその体に腕をまわした。
深い意味などないつもりだった。
胸が痛んだけれど、それは嘘をついているせい。
彼女がそんなに俺に感謝してくれているなんて考えもしなかった。だから還俗をするときに、ルカは病死した設定にしてしまったのだ。
彼女がこんなに泣くのなら、別の設定にすれば良かった。
彼女を悲しませたくない。
泣かせたくない。
胸がひどく痛んで苦しかった。
彼女が泣き止み、その身体にまわしていた腕を解こうとして、気がついた。
離したくない。
なんなんだこの感情は。
思い浮かぶ言葉はあったけれど、考えたくなかった。彼女は、俺が貴族社会で一番気が合うやつの、婚約者だ。
だけどそれから日を置かず、俺の目の前で彼女は恋に落ちた。俺ではない男に。
もう痛む胸の原因に、目の背けようがなかった。
俺はアンヌローザが好きなのだ。
それなのに俺にはどこにも望みがない。彼女は王子の婚約者。心は他の男のもの。
俺に残されたのは雇用主と護衛の関係だけ。そばにいたければ、それにしがみつくしかない。
小金が欲しいだけの裏町の男として。
完全な横恋慕なのだ。それで我慢しなければならない。
◇◇
いくら自分を戒めても、彼女への想いは募る。俺だって本当は、彼女に好きになってもらいたい。あいつのようにのその手をとり、口づけたい。
もっとずっとそばにいたい。
それなのに彼女の挙式日が決まってしまった。分かっていたことなのに、嫉妬で苦しい。
彼女を渡したくなくて、おかしくなりそうだ。
そんな思いが高じたばかりに、告白してフラれろなんて酷いことを言ってしまった。
最低だ。
何よりも愛しい彼女を、言葉の刃で抉ってしまった。
もう泣かせたくないと思った筈なのに。
自分がこんなに情けなく碌でもない男だとは知らなかった。
胸が痛い。
もう二度と彼女にあんな顔はさせない。
俺は小金が欲しいだけの男でいよう。
彼女が笑顔でいられるように、その幸せだけを願おう。
最初から横恋慕なのだ。彼女を守ることだけを考えていればいい。
お読み下さり、ありがとうございます。
ご感想でご指摘いただいて、《三従者がクラウスとアンヌの想いをどう認識していたか》を書いていなかったことに気づきました。
三従者は、アンヌがリヒターと一緒にいる時に会ったことがないので、彼女がリヒター=クラウスを好きだと知りませんでした。また彼からアンヌはウェルナーが好きだと聞いていて、そう思っていました。
ちなみに。
ブルーノとラルフはクラウスからアンヌが好きと打ち明けられている。
アレンは教えてもらってないけど(いじられる、とクラウスが思っていたから)気づいている。クラウスもアレンが気づいていると知っている。
シンシアも教えてもらってないけど気づいている。アンヌに好きな人がいるとクラウスに教えるのは可哀想だから話していなかった。クラウスの『アンヌはウェルナーが好き』という誤解は緊急舞踏会まで気づかなかった。
クラウスはシンシアにまで気づかれているとは知らなかった。
になります。
わりと重要な設定だったのに、本編中での説明をしなくてすみませんでした。
もし他にも、あれはどうなってるの?という疑問がありましたら、お教え下さい。




