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補足話・ウラジミールの訪問

この話は本編に入れるか迷い、没にした回です。


内容は、クラウスの異母弟ウラジミールが、兄のいる修道院を訪ねたときのこと。

視点は、同行したベルナール。

クラウス、三従者は出てきません。


暗く鬱気味なので、ご興味がある方のみお読み下さい。




 随分長いこと、待たされている。隣にすわるウラジミールをこっそり伺うと、強ばった表情で俯いている。


 僕は修道士が消えた扉を見た。それが何度目になるかわからないほど、待たされている。なんの装飾もないから、幾度見ても面白味はない。

 尤も装飾がないのは、この部屋全てだ。石積の壁はむき出しでタペストリーさえない。テーブルも椅子もただ木を切り組み立てただけのもの。装飾もカバーもなければ、ニスさえ塗っていない。

 部屋で唯一目をひくのは、壁に掛けられた木製の十字架のみだ。


 そもそもここへ到着したとき、本当にここで間違っていないのか、馭者にも従者にも何回も確認した。

 修道院なのだから、豪華絢爛とは勿論考えていなかった。だがここは予想をはるかに上回る(つま)しさだった。

 古くこじんまりした建物。小さいながら鐘楼があり、手入れが行き届いているからいいものの、そうでなければあまりの簡素さに、穀物倉庫と間違えるだろう。


 急の珍客に怪訝な表情で出て来た修道士は、ゴワゴワで着古した麻の衣を着て、農民のような手をしていた。


 あまりのことに、ウラジミールは酷くショックを受けていた。声を出すこともままならず、無関係の僕が全てを説明する他なかった。



「……やはり会いたくないのだろうか」

 ウラジミールがポツリと呟いた。

「どうだろう」

 僕にもわからない。この長すぎる待ち時間が何を意味するのかを。



 と、扉が開いた。年老いた二人の修道士が入って来る。お目当ての彼はいない。

 二人は院長と副院長だと名乗った。


「兄は?」

 ウラジミールが震える声で尋ねた。

 院長は首を横に振った。

「彼は誰にも会いません。俗世に関係する人間とは。それが誰で、どんな理由があろうとも」

 その返答を聞いたウラジミールは口を強く引き結んだ。

 気の毒になり、口添えをする。

「彼がここへ来たことは誰も知りません。僕の留学先に一緒に行く予定になっています。僕の使用人はみな信用できます」

「そういうことではないのです」と院長は言った。


「兄は僕という弟、それから妹もいることを知っているのでしょうか」とウラジミール。

「勿論です。ご家族から聞いています」

「家族?」

 彼は不思議そうな顔をした。

「彼にとっては家庭教師と使用人が家族でした」

 ウラジミールは更にショックを受けた顔をして、唇を噛んだ。


「……やはりのうのうと暮らしていた僕が憎いから会ってくれないのですか?」

「知らなかったんです」と僕も言う。「兄君は亡くなっているものだと教えられていた」

「そういうことではないのです」と修道院長は繰り返した。それから。

「あなたは何もご存知ではないようだ」

 そう言う目は静かな口調に反して、怒りを滲ませているように見えた。


「調べました!」彼は勢い込んだ。「兄が生きていると知ってから、この一年、父母に知られないよう密やかに、何故兄が同じ屋敷にいなかったのか、何故亡くなったかのように思わせられていたか!」

 院長はまた首を横に振った。

「傲慢は罪です」

「傲慢? ……僕が?」

「あなたは大変に育ちが良さそうだ。さぞかしご両親の愛情をたっぷりと受け、沢山の使用人にかしずかれ立派な教育を受けて来たのでしょう」

「それは彼に責があることではない!」

 思わず強い口調で抗議してしまった。


「だけれど自分に『兄』がいることは知っていた。そしてそれ以上を知ろうとはしなかった。急な罪悪感に駆られ通り一辺調べて全てを知った気になって、自分の良心を守るために、彼がどう感じるかも考えずに、あなたは兄に会いに来た。土足で善意という名の凶器を携えて!」

「そんな言い方はないでしょう!」

 僕は叫んで隣に座る彼を見た。蒼白の顔は死人のように強ばっている。

 とても修道士の言葉とは思えない苛烈さだ。


「ではご存知か。彼が何故ここへ来たかを」

「火事にあったからではないのですか?」と僕。

「火事にあったら出家する決まりがあるのですか?」

 院長の目には明らかに怒りがあった。

「亡くなった使用人たちに祈りを捧げるため、と聞きました」と彼。

「綺麗事ばかり!」副院長が大きな声で叫んだ。


「彼は俗世の人間には会いません。どうしても会いたいのならば、同じ立場におなりになればよろしい」と院長。

「それは俗世の人間全てを恨んでいるということですか?」

 彼の声はまた震えていた。


「愚かな」と院長。「あなたは何もご存知ないのに、彼の人となりを決めつけようとしている」

「そのように仰るなら、彼を知る機会を下さい」

 僕がそう言うと院長、副院長二人ともが僕を見た。

「それを決めるのは私ではない」と院長。「全ては彼の意思に委ねている。機会が欲しいのならば、まずは俗世を捨てなさい」

「ただ」と副院長が言葉を継いだ。「ここに彼がいることを世間に知られる訳にはいかない。ここへあなた方は迎えられない」


 彼はため息をついた。

「手紙を書くことは?」

「今、ここで書くのならば。ただし彼が受けとるかはわからない」

「……それでも。一縷の望みにかけます」


 ウラジミールは唇を噛んで俯いた。


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