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最終話・エンド半年後(中編)

「おまたせ」

 そう言ってお店に入る。

 弟子の出入りは裏口なのだけど、いつもお迎え役のリヒターがパンを買っていくので、こちらに来てよいことになっているのだ。

「おう」

 と返事をしたリヒターは親方(つまりは店主だ)にちょうどパンの代金を支払ったところだった。

 空いた手で私の後頭部に軽く触れ、さっと額にキスを落とす。


「まったくいつ見てもお熱いね!」

 と主婦さんが笑う。

「散々泣かせたくせにな」

 そう言ったのは……

「あ、モブ君もいたんだ」

「だから『モブ君』って何ですか」


 不満げな顔をするモブ君と、その隣にはリリーの旦那さまになった『友達』がいて、二人とも手にパンの包みを持っていた。ランチにするのだろう。


 四人でお店を出て、リヒターと私は王宮へ向かう。モブ君たちは昼休憩だ。


 リヒターも警備隊に入った。ブルーノたちと違って階級なしのヒラ隊員だ。本人の希望で新人として勤務している。もっとも剣術で彼に勝てる隊員はいないようだし、元修道騎士だしであまり新人ぽくはない。


 だけど制服姿の彼はめちゃくちゃ凛々しくて格好いい。細身だけれどバランス良く筋肉がついているモデルのような体型が、ゴツい警備隊の中では新鮮だ。

 おかげで庶民のお嬢さんたちによるファンクラブまである。

 おもしろくないけどリヒターに憧れちゃう気持ちは分かるので、名誉会長の称号と引き換えに活動を許可している。


 だけど同僚となったモブ君たちは、やりにくいと文句ばっかりだ。

 まあ、仕方ないよね。リヒターは、というかクラウスは彼らより現場経験が長い上に、まだ公爵様だ。


 本人は爵位を譲りたくてしょうがないのだけど、あちこちから反対意見が出て実現しなかった。

 あれこれ大議論の末、とりあえず爵位はそのままで代わりに王族の一員からは除外、王位継承権も永久放棄。正規の職は警備隊、クリズウィッドのサポートはあくまで友人としての助力、ということに落ち着いたらしい。


 だけど警備隊としての本来の仕事ができる午前中のみで、午後からは王宮に行かなければならないのだ。

 彼はクリズウィッドに騙されたと怒っており、なんとかこの比率を変えたいと奮闘している。


 ちなみに私がパン屋の弟子でいられるのも午前中だけ。午後からは公爵令嬢に戻る。なんと、先代王妃殿下のご実家の養女になったのだ。


 それもこれも彼女のワガママのせいだ。『私のクラウスの妻になるには、それ相応の身分がないと駄目!』ということらしい。

 『彼が国王になるのを諦めたのだから、せめてこの願いは聞いてほしい』とか、『人生残り僅かな私に希望を頂戴』とかの彼女の懇願に、私は負けてしまった。


 ちなみにこの懇願の殺し文句、クラウスの爵位を巡る議論でも使われたらしい。お人好しの彼もこれに白旗をあげた。


 という訳で先代王妃殿下の姪という身分になった私は、西翼で暮らしている。


 そんな私がなぜパン屋に弟子入りしているかというと。理由のひとつは、いつかパン屋を始めたいという夢のため。もうひとつは……。


 リヒター自ら本当のことを打ち明けてくれた。味覚嗅覚がないのは生まれつきじゃない。目の前で乳兄弟が毒入り菓子を食べて死んでしまってからだ、と。


 その頃の記憶はほぼないらしいのだけど、その事件以降、食事が苦手になってしまったらしい。

 そのせいで成長がやや遅くて、不利な小柄をカバーする剣術を試行錯誤しているうちに『死神』と言われるまでの腕前になったんだそうだ。


 で。この失われた味覚嗅覚が戻りつつあるようなのだ。私が作ったパンの味見が出来なかったことが悲しくて、どうにか治らないかと願ったらしい。

 そのせいなのか、それとも全てが終わって気持ちに変化が起きたからなのか。

 味がするような気がするらしい。それで私はパン屋で修行をしつつ、彼のためだけのパンを片隅で作らせてもらっている。


 さっきリヒターが買ったパンは全部私が作ったものなのだ。


 彼は一見、神経が図太そうに見える。だけど少年の頃は非常に繊細だったようだ。


 屋敷が焼け落ちた後ショックから声を失い、更に襲撃の目的が自分だと知った後には、正統な王の証であると言われ続けた先代王に瓜二つの自分の顔を、見られなくなったという。

 またブルーノの分析によると、口調や仕草が下町っぽいのもその辺の心理の影響で、クラウスは修道騎士団でも戦場でもブルーノとラルフを除けば、下層階級出身者とばかり一緒にいたという。


 ちなみに現在口調はオンオフで切り替えている。王宮にいる時はオンでクラウスバージョン。一歩外に出たらオフでリヒターバージョン。私もそれに合わせて名前を呼んでいる。本人の希望だ。私が『リヒター!』って呼ぶのが好きなんだって。


 もっとも最近はオンオフの境が曖昧になってきているけどね。


 そんな彼はフェルグラート邸を出て、極々小さなお屋敷に移った。ラルフ、アレン、それからなんと、シンシアも一緒だ。


 シンシアが感じていたとおりにクラウスは両親が嫌いだったし、かつてはウラジーミルにもシンシアにも複雑な思いがあったという。異母弟からの手紙は本当に開封できず、ずっとブルーノに預けていたそうだ。


 ただ弟に会わなかったのは、物理的に無理だったからだという。その頃彼は前線基地に一年近く逗留して、頻発する異教徒の進攻と戦っていたそうだ。


 修道院から、異母弟が突撃してきたから今後の対策を練ろうとの連絡が来て、彼とマルコ、ヤコブの三人は騎士団に帰還した。

 で、対策協議が済んだあと、せっかく『三騎士』が戻って来ているのだからと、シュタルクにある支団へ密書と活動資金を運ぶ任務を任された。

 その任務の途上で、盗賊に襲われていた私たちに出くわしたのだ。


 ということは、もしシンシアが前世の記憶を取り戻しておらず、ウラジミールが修道院を訪れなかったら、私たちを助けたのは別の修道騎士だった訳だ。


 ルカと私は出会わず、ゲームも復讐も違った結末になっていたかもしれない。

 シンシアが私たち二人を救ってくれた。


 クラウスは、やけに妹と私が情報通だったと首をひねりながらも、妹の正夢と私の占いの話を信じてくれている。他に説明しようがないからね。

 そして全て上手くまとまったのは、妹のおかげだと感激しているようだ。そんな兄思いの優しい妹のためにも、爵位をエドに譲りたくて仕方ないみたい。


 シンシアとエドは欲しくないと言ってるのにね。

 ちなみにエドは弁護士事務所を開いた。近いうちにシュタルクに住む母君と妹一家が、墓参も兼ねて遊びに来るそうだ。


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