65・3悪役令嬢になった訳(後半)
「それで、アンヌローザ」
ルクレツィアが意味ありげに微笑んでいる。
「求婚はまだでも、両想いは確認したのよね」
ええ、とうなずく。
「それなら分かったわよね。どうしてあなたがばっちり悪役令嬢レールに乗っていたか」
「え?」
ルクレツィア、シンシアの顔を見比べる。
「なぜ?」
「いやだ、まだ分かってないわ、この子!」と呆れ顔のルクレツィア。
「クラウスが可哀想になってきたわ!」
二人は顔を見合わせて深いため息をついた。
「元凶はクラウスよ」とルクレツィア。
「彼のルートだものね」と私。
「違うわよ」とシンシア。「確かにクラウスルートではあったけれど」
「ゲームと現実では違うことが沢山あったでしょう? あなたが悪役令嬢だったのは、ゲームのせいだけではないわよ」とルクレツィア。
首を傾げる。
「誰かに恨まれていたとか? クラウスの取り巻き?」
「私がはっきりと気づいたのは最近だけど、最初からおかしいとは思っていたのよ」とルクレツィア。
「最初? どの?」
「ゲームのよ。主人公が攻略対象に出会う場面」
シンシアが頷いている。
「ゲーム最初の重要なシーンなのに、攻略対象より先にいきなり悪役令嬢が活躍するなんて、どのルートでもないでしょう?」
「そうね。私、やらかしてしまったと焦ったわ」
「どうしてクラウスと一緒にいたの?」とルクレツィア。
「出会いのフラグを折ろうとして……」
いや。確かにそうしようとしていたけれど、彼は取り巻き軍団が怖いから後にして、最初はウェルナーにするつもりだった。
「声をかけられたのだわ。彼は、私がクリズウィッドとケンカでもして長椅子を離れたのかと心配したようだったの」
「次のリストランテの件は置いておいて」とシンシア。
「舞踏会で倒れたあなたにいち早く気づいたのは?」とルクレツィア
「リ……、クラウスね」
「ピクニックで、声をかけてきた主人公にあなたが返答を迷っていたとき、すかさず助けたのは?」またルクレツィアが尋ねる。
「……クラウス」
「分かった?」とルクレツィア。「彼があなたを目で追ってばかり、しかも黙っていられなかったばかりだったから、あなたは悪役令嬢になったのよ!」
「ええっ!?」
シンシアもうなずいている。
「だから本人にも自覚があると言ったでしょう? 彼を一発で動かせる魔法のワードは『アンヌローザを助けて!』なんだから」
「えええっ!?」
「私に悪役令嬢のフラグが立ったのは猛抗議をしたときだけ。そう考えると、彼や主人公に近寄らなければ普通に回避できた可能性が高いのよ」とルクレツィア。
「でもゲームの強制力は? 頑張ったのにワイズナリーの事件は回避できなかったわ!」
「なくはなかったと思うわよ。確かにワイズナリーは警告文を送ったにも関わらず、刺されてしまった。だけど彼は即死ではなかったし、そもそも本人が回避努力をしてないもの。自らザバイオーネに会っているでしょう?」
「クラウスが表だってあなたに関わらなければ、きっと大して問題はなかったの」
「『表だって』?」
とルクレツィアがシンシアを見る。
「ごめんなさいね。実は『こっそり』があるのよ。クラウスはダンスが上手くなくてね。スキルアップと主人公のフラグ折りとブラコン妹からの同情で、アンヌにダンスの指導をしてもらったの。でも『こっそり』だったから、何も問題は起きなかったわ」
「まあ、抜け駆け!」
「いいじゃない。その時はまだクラウスは絶望的に片思いだと思っていたのだもの。少しぐらい思い出づくりをしてあげたいという、素敵な妹心よ!」
「ええと、つまり」
私が声をかけると、二人は揃って笑顔を見せた。
「だから諸悪の根元はクラウスなのよ。気づいていないのはあなただけ」
「そう、頭がリヒターでいっぱいで、他の男が全く目に入っていない、あなただけ」
二人は顔を見合わせて、ねぇ、と言い合っている。
「あなたはお兄さまの婚約者だから、公爵は必死に気持ちを抑えていたみたいだけれど、お兄さまもお姉さまもウェルナーも気付いていたわよ」とルクレツィア。
「取り巻き軍団だって何人かはね。だからあれこれ濡れ衣を着せられたのよ」とシンシア。
「そうそうジョナサンも。あんなに接点がなかったのに、ピクニックですぐに気づいたと話していたわよ」とルクレツィア。
「だから主人公も、あなたがクラウスをたぶらかしているなんて嘘を信じたのよ」とシンシア。
畳み掛けられた事実に呆然とする。
「……そうなの? ショックだわ」
「……まさか今更クラウスを嫌にならないわよね」
シンシアが不安そうな顔をした。
「ちがうわ。私、ずっとリヒターってとんでもない鈍感だと思っていたの」
「それは否めないけれど」とシンシア。
「一番の鈍感はアンヌローザ、あなたよ」ルクレツィアが楽しそうに笑った。
「だけどあなたが好きな人と結ばれて良かったわ!」




