65・2悪役令嬢になった訳(前編)
今後についての話し合いが終わると西翼のルクレツィアの部屋に、彼女、シンシア、私で集まった。
二人には、クラウスがリヒターだったこと、両想いだったことを朝のうちに伝えてある。彼女たちはとても喜んでくれて、だけどルクレツィアは聞いていたリヒター像とクラウスが違いすぎると首を捻ったのだった。
部屋から侍女が下がり三人きりになると、シンシアが
「ショックだわ! 私の推しが消えた!」
と叫んだ。ルクレツィアが、なんのこと?と不思議そうに尋ねる。
「クラウスよ! 全部演技だったって! ね?」
シンシアに問われてうなずく。どうやらリヒターから、イメージ戦略のことを打ち明けられたらしい。
「演技? いい兄が?」
「違うの! 優雅で知的で指先の動きまで美しい鼻血が出そうなくらい尊いお貴族様っぷりが!」
ルクレツィアがまだわかっていなさそうな顔をしたので、
「リヒターの方が地なんですって。ガサツで粗雑、下町の喋り方」
と説明する。
「あの公爵が? まさか」とルクレツィア。
「本当なのよ。ブルーノとラルフのお墨付き! 私の推しは幻だったの!」
叫ぶとシンシアは深い深いため息をついた。
「クラウスが実際はどんなだろうと、大好きな兄に変わりないわ。むしろアンヌのリヒターで良かったわよ。ほっとした。だけどそれとこれは違うのよ!」
ルクレツィアが本当なのかと私に尋ねたので、力強くうなずいた。
「今日はやけに軍人みたいにサクサクと動いてると思ったけれど、じゃああれが素なの?」
あれでもまだ猫を被っているわよ、と言おうとしてやめた。シンシアが耐えられないだろう。うなずくだけにとどめておく。
「そうなのね」とようやく信じた様子のルクレツィア。「それを言ったらアンヌは大丈夫なの? ウェルナーがまさかの妻子持ち」
「驚いたけれどショックではないわ。むしろ一途な感じで素敵よ」
「それは私も思ったわ」
素早く立ち直ったらしいシンシアが同意する。
「ジョナサンは?」と私が質問し返す。「ゲームとも以前のイメージとも違うけど」
「今が一番素敵」
「うわあ。ご馳走さま!」
シンシアが笑う。
「そういえばジョナサン弟もだいぶイメージが変わったわね」
私の言葉にルクレツィアが、そうなのよと微笑んだ。
「フィリップがね、三年後に商人として成功していい男にもなるから、その時に結婚してほしいってプロポーズをしたのですって」
そうか。昨日彼が言っていた『十一年にくらべれば』とはこのことだ。
「クラウディアは三年待ってあげるのね」
「そうらしいわ。あれこれ文句をつけているけれど、すごく嬉しそうなのよ」
「いいわね! で、あなたは?」とシンシア。「さっきはやけにいい感じだったけれど」
ルクレツィアの顔が真っ赤になる。
「ジョナサンが抱えていた問題は解決したのよね?」と私。
「ワイズナリー家の見通しも立ったわね」とシンシア。
私たちに見つめられてルクレツィアは、
「……プロポーズされたわ」と可愛らしく白状した。
「やったわ! おめでとう!」と私。
「おめでとう! 詳しく!」とシンシア
「別に。普通よ。『家の立て直しで苦労をかけてしまうけど、結婚して下さい』って」
「「誠実!!」」
あんなに女の子を侍らせて鼻の下を伸ばして、ちゃらい勘違い発言をかましていた元残念イケメンの言葉とは思えない。
「あとは殿下の承諾を得るだけなのね」とシンシア。
「いいえ。お兄さまとお姉さま、王妃殿下の承諾を得てからプロポーズしてくれたらしいの。父たちの件が落ち着いたら婚約、来年の春挙式予定で準備を進める、と話はまとまっているそうなの」
「「まあ!!」」
ジョナサン! しっかりしているのね。意外すぎる。
私たちの表情を読み取ったのか、ルクレツィアは苦笑した。
「師団の副長の入れ知恵らしいわ。お兄さまに反対されない求婚の仕方の教えを乞うたそうよ」
「それはそれで好印象ね」と私。
「反対されたくなかったのだものね」とシンシア。
「良かったわね」
ルクレツィアは嬉しそうに
「ええ!」
とうなずいた。
「シンシアは?」とルクレツィア。「昨日は夜通し話をしていたのでしょう?」
今度はシンシアが顔を赤くした。
「昨晩はアレン、ではなくて、エドの身の上話を聞いていたのよ」
「じゃあ進展はなしなの?」
「いえ。会議前にプロポーズは、一応」
「なあに、一応って」
シンシアは複雑な表情で私を見た。
「クラウスは両親と、当主の座は期限つきと約束をしている話をしたでしょう? クラウスは本気で爵位を譲る気なのね。私がエドを好きだと気づいてから彼が次の当主にスムーズになれるよう、当主の仕事を任せたり家令に根回ししていたらしいのよ」
「まあ」と言ったルクレツィアは不安そうに私を見た。
「クラウスはすっかりその気。だけどエドは彼がその後をどうするかをとても心配しているのよ。だからエドはクラウスが考えを改めるまで、私たちが両思いだと気づかれたくないのですって」
「なるほど。難しい状況ね」とルクレツィア。
「そうなの。従兄は私と結婚する気でいるし、誕生日まで二ヶ月もないし……」
「好きにさせてあげたらダメなのかしら」
そう言うとシンシアは瞬きをした。
「あの人はきっとどんな状況でも生きていけるわ」
「だけど……」
シンシアとルクレツィアは顔を見合わせた。
「あなたはどうするの? クラウスと結婚するのに」
「求婚はされてないわよ。私まだ、婚約中だもの」
二人揃ってきょとんとする。
「ねえ、シンシア。酷いことを言って申し訳ないけれど、リヒターから聞いたことがあるの。実の父親はろくなもんじゃないけど、拾ってくれた父親は尊敬しているって。私から見ても、彼はブルーノとラルフといるときが楽しそうだもの。シンシアだって知っているでしょう? 彼はフェルグラート家を必要としてないのよ。もちろん、あなたは別としてね」
シンシアは目を伏せた。
「クラウスは父と母を嫌いだと思う。だけど私の両親だからと礼節は守っているの。正直なところ、かなりのストレスのはずよ。しかも素を隠していたなら、うちは寛げる場所ではないわよね」
パシン!とルクレツィアが手を叩いた。
「それなら別に屋敷を構えればいいのよ! 本邸は先代夫婦にあげてしまいましょう!」
シンシアの顔がとたんに明るくなった。
「いいわね! 新しい屋敷に新しい雇い人! クラウスが気がねなく過ごせるようにすればいいのだわ!」
「だけどそうしたらあなたとエドはどうするの?」
「エドはシュタルクで弁護士をしていたのですって。こちらでそれを続けてもいいし、ピアノも玄人はだしだから演奏家にもなってみたいと話していたわ」
目をきらきらさせてシンシアは話している。けれど彼女は私と違って公爵令嬢に違和感なく収まっている。そのような生活ができるのかな。
「それに」ルクレツィアが微妙が表情を浮かべた。「あの王妃殿下が公爵が爵位を譲ることを許すとは思えないわ」
なるほど。確かにそんな気はする。
お読み下さりありがとうございます。
明日は21時、22時、23時の3回アップがあります。
それで本編が終ります。
が、最後はその後の話が延々続きます。
各回、長いうえに重量感があります。
どうぞお時間がある時にお読み下さい。
もしくは適当に読み飛ばして下さい。




