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64・3嘘と告白

「アンヌローザ。数えきれないほどの嘘をついた」

 真摯な表情のクラウス。

「? ……ええ」

 それとこの瓶と何の関係があ……


 ふわり、と体に腕を回された。

 強く抱き締められているわけではない。

 見えるのは、彼の肩だけ……


 なぜか体が震え出した。

 この感覚は。


「すまん、嘘だらけだ。俺は……」短い間。それから。「リヒター・バルトは俺だ」

 今、まさに頭に浮かんでいた名前。

 この腕の回し方、見える肩はリヒターと同じ。

「……リヒター……」

 心臓がバクバク鳴っている。

「嘘まみれで最後まで護衛もできなくて、お前の好きな男でもないけれど……」


 がばりと顔をあげる。

 至近距離に整った顔があって一瞬たじろぐけれど、そんな場合じゃない。

「リヒターなの? 本当に?」

「ああ」うなずくクラウス。

「だって! 全然違うよ! リヒターはガサツで粗雑で乱暴口調だもん! 仕草も動作も、そうだ、字だって別人だよね!」

「リヒターの時に書く字は左手」

「な、なるほど」

 あの壮絶に汚い字は利き手じゃなかったからか。納得できるな……。


「確かに後ろ姿はちょっと似てるなと思ったけど……」

「そりゃ、どっちも俺だからな」

「でも。やっぱり全然違うよね。ええと。声……似てる?しゃべり方が違うからわからないよ。本当にリヒター?だとしたらどっちが本当のあなたなの?」

「リヒター八割」

「八割」

 クラウスの顔をしたこの人は、はぁっとため息をついた。

「助けた町娘がお前だって分かったときにやばいと思って、二割増しで下町っぽく喋ってた」

 お前? やばい?

 ん? ん? 八と二を足したら十じゃないかな?

「公爵は何割?」

「ゼロ」

 再びこぼれるため息。


「イメージ戦略。『死神』なんて通り名のついた修道騎士じゃ、いくらユリウスでも王宮に招きいれない。素のままの俺じゃ笑い者になるだけで、社交界を乗りきれない。だから誰も文句がつけらんないカリスマ性のあるお貴族様を演じてた」

「演じてた!? 一年も!?」

「一年って決まってたからな。俺が王妃殿下のチームに入る前から、二十周年までに決着をつける予定だったんだよ。それを知ってたからなんとか演じきれた。十年修道騎士団にいて、半分以上戦場に出てんだぞ。お貴族様な立ち振舞いな訳ないだろ」

「でもどうやって? 十歳までの記憶を思い出して?」

「エドが教師。あいつにみっちりしごかれたんだよ。俺の従者だったのは、それ要員だったから」


 じっとクラウスの顔を見る。

「……黒髪だった!」

「帽子に付け髪」

「……」

「……」

「ちょといいかな」

 右手でクラウスの目を、左手で口を隠す。

「……本当だ。リヒターの鼻にそっくり」


 ……そうか。


「手を見せてもらえる?」

 クラウスは私にまわしていた腕を解いて、手袋を外した。

 左手の甲に大きな傷。

「……リヒターの手だ」

「……騙していてすまない」


 心臓が大きく脈打つ。

 本当にリヒターなのだ。


「もう会えないかと思ってた!」

 涙がポロポロとこぼれる。

「ひどいよ、お別れもちゃんと言わせてくれないで!」

「ごめん」

「私……」

 言いたいことがあったのだ、と言おうとして。

 あれ、と思った。

 この人はリヒターだ。

 もう間違いない。

 リヒターは私のことを……。


「アンヌローザ」

「な、なあに!」

 声が裏返ってしまった。

「その、なるべく努力する」

「何を?」

「なるべく、穏やかで優しい感じになれるように……」

 ふう、とまたこの人はため息をついた。そうだ、よくリヒターもついていたっけ。

「ウェルナーにはなれないが、あんな男になれるよう努力する」

 思わず瞬きをする。

「何で?」

「クリズウィッドに頼みこんだ」

 全く話しが読めなくなってしまった。リヒターにしろクラウスにしろ、こんな回りくどい話し方をしないよね。

「一体何の話?」

「アンヌが好きだ。クリズウィッドがお前が俺を選ぶのなら、婚約解消を考えてくれると言った。ウェルナーにはなれないが、俺ではダメか」

「……」


 瞬きをしてクラウスの顔をしたリヒターを見つめる。

「どうしてウェルナーなの?」

 と言ってから気づく。まさか!

「あいつが好きなのだろう?」

「違うっ!!」

 なんてことだ! ずっと誤解をされていたんだ!

「私が好きなのは彼の声なの!」

「声?」

「そう! あの素敵ボイスがめちゃくちゃ好みで、でもそれだけ! 彼のことはなんとも思ってない!」

「倒れたときは奴に運んでほしいって」

「あの声で『大丈夫ですか?』とか『お運びしましょう』と言ってもらいたいだけ!」

「それだけ? いつもいつも、あんなうっとりデレデレ顔をしておいて?」

 私、どんだけなんだ。

「ルクレツィアもシンシアも知っているよ。顔がだらしないから気をつけてと注意されていたの」

「じゃあ本当に?」

「本当!」


 クラウスの顔に戸惑いが浮かんだ。

「それなら誰を好きなんだ?」

 カッと頬が熱くなる。

「他に誰かいたか?」

 と呟くクラウス。

「……まさかマルコか!」

「違うわ!」

 どうしてそうなるのよ!


「リ、リヒター」

 と言ったものの目の前にあるのはクラウスの顔だ。なんだか話しづらい。

「ちょっといいかな」

 右手で彼の目を隠す。

 でもやっぱりクラウス感がある。

「リヒターの帽子はない?」

「ね……ない」

「話しづらいな。ごめん、下を向いて言うね」


 きゅっと両手でガウンを握りしめる。ポケットはないから、内側にピンでロザリオの巾着を止めてきた。

 リヒターは、ほしい物はあるかと言ってこれをプレゼントしてくれた。だけどロザリオと一緒に肌身離さず持っているとは知らないだろう。


「私が好きなのは、リヒターだよ。最後の日に告白するつもりだったんだから」


 思いの外声が出ず、小さな小さな声になってしまった。ちゃんと聞こえたかな。


「……俺?」

「そうだよ。他に誰がいるの? リヒターより一緒にいたい人なんていないよ」


 顔も知らなかったけれど。

 そうだ。どんな目をしているのか、ずっと見たかったんだ。

 思いきって彼を見あげる。目の前にあるのはクラウスの顔。暗いから色までは分からないけど、瞳は綺麗な翠をしていると知っている。二重で睫毛が長くて力強い。


「リヒター、大好き。ずっと伝えたかったの」

 えへへと笑う。

「最後まで面倒見るって約束を反古したこと、めちゃくちゃ怒っているからね! 覚悟して!」

「……そうか」

「そうよ!」

「どんな我が儘言われるんだか」


 クラウスの顔をしたリヒターに、そっと抱き寄せられた。ふわり、と軽く。

「あのな」

「うん」

「屋上で警告文の依頼を受けたとき」

 子供に囃し立てられたときだ!

「本当に重い仕事だと思ったから、あそこを選んだ」

「うん」

「こうしたのはアンヌを守りたかったからだ」

「うん。ありがとう」

「でもな……」

 きゅっと腕に力が入る。

「あのガキが口出さなかったら、危なかった」


 え!? 危ないって何かな!?

 心臓がバクバク言う。


「クリズウィッドの婚約者にこれ以上の手を出すわけにはいかないから今は耐えるが、本当にあいつが婚約を解消してくれたら……」

 ますます腕がきつくなる。


「あのね、その約束だけど、いつしたの?」

「さっき。俺がルカだと分かっても、アンヌは生きてて良かったって言ってくれて。そんで諦められなくなった」

 それは本当に『さっき』だ。


「レセプションが始まる前に殿下から、婚約は円満解消するって言われたの」

 体に回されていた腕がゆるんだ。

 リヒター、いやクラウスの顔を見上げる。

「異教徒の姫をあなたの代わりに妻に迎えるからって」

「……クリズウィッドが?」

「ええ」


 そうか、と彼は呟いて目を閉じた。

「最高の親友だ」

「私もそう思うわ」


 クラウスの顔をしたリヒターは目を開くと、にこりと笑みを浮かべた。

 私も笑顔を返そうとしたけれど。


 それよりも早くキスされてしまった。


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