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64・1散歩

 王宮に泊まることになった。

 シンシアと私の部屋はルクレツィアの部屋近くだ。一ヶ所に集まっているほうが、警備がしやすいという理由もあるみたい。


 侍女に拘束服のようなドレスを脱がせてもらい、真夜中だというのに用意してくれたお風呂に入ると、どっと疲れが押し寄せた。若い侍女は、大変な一日でしたねと優しい口調で言いながら、結い上げていた髪をとき、丁寧に櫛梳ってくれた。


 私は幸せ者だな、と思う。父親があんなことになっても、こうやって変わらず接してくれる人たちがいる。


 ふとワイズナリー侯爵が亡くなったあとに、ルクレツィアに礼を言いに来たジョナサンの気持ちがわかった気がした。


 お風呂から出てふんわりした白い夜着を着て、気を使って用意してくれた白ぶどうジュースを飲んだ。

 ベッドに入ると、侍女は灯りを消して部屋を出て行った。


 起き上がり枕元においた巾着を手に取る。美しい刺繍を指先でなぞり、中からロザリオを出した。

 いつものように祈る。珠を繰りながら。


 最後はルカ僧の分。


 だけど。

 ルカ僧、いやクラウスは大丈夫だろうか。ブルーノとラルフは廊下で私たちを警護している。それが彼の望みだからと。

 アレン……もといエドは、今頃自らのことをシンシアに打ち明けているはずだ。

 だけれどクラウスは長年戦ってきたことに決着のついたこんな晩に、ひとりでいて落ち着いた気持ちでいられるのだろうか。




 ベッドから降りて窓に寄る。

 ここからは見えないけれど満月に近い月が出ているのだろう。外は明るい。


 リヒターは今ごろどこにいるだろう。

 今日は聞いてもらいたいことが沢山ある。

 また悩みかって、呆れ声で言ってほしい。別料金!という声が聞きたい。


 でももうリヒターはいない。

 父が捕まったと聞いて、心配して会いに来てくれないかな。


 ため息がこぼれる。


 自分に都合の良い期待ばかりしたって、何も始まらない。


 リヒターに本当に恋人がいないと分かった時に、告白しておけばよかったのだ。私はきっと無意識のうちに、彼にフラれることを避けていたのだと思う。

 私が好きだと伝えたところで、リヒターの態度はきっと何も変わらなかっただろう。王子様のことをちゃんと考えてやんなと言ったに違いない。


 リヒターは見せかけと違って、とても真面目な人だから。


 さっさと気持ちを伝えておけば、今、後悔することなんてなかっただろうな。




 窓辺から離れてガウンを羽織り、廊下への扉を開けた。すぐはす向かいにブルーノとラルフが並んで椅子に座っている。

 それから等間隔に立つ近衛兵。


 躊躇したのは一瞬。

 二人の元へ歩み寄る。

 ラルフが立ち上がって、席を譲ってくれた。

「眠れませんか」

 ブルーノが優しく尋ねる。

 うなずくと

「温めた葡萄酒でも頼みましょう。よく眠れますよ」

 と言うので、首を横に振った。


「少し、散歩をしたいの」

「散歩?」

「じっとしていられなくて」

「……そうですね。怒濤の晩でしたから」

 ブルーノはうなずくとラルフを見上げて、ここを頼むと言った。




 ◇◇




 王宮の長い廊下をブルーノとふたり、ゆっくりと歩く。

「ダメと言われるかと思ったわ」

 そう言うとブルーノは笑った。

「あなたは突拍子がないところがありますからね。夜中の散歩ぐらい驚かないし、止めません」

「優しいわ」

「そりゃルカを育てたのは私ですから。あいつは優しいでしょう?」

「そうね。……どうしてまだ『ルカ』と呼ぶの?」

「彼は『クラウス』の名前が好きではないし、『主人』や『公爵』もしっくりきませんからね」

「彼は顔だけじゃなくて名前も嫌いなの?」

「乳母と侍女に、王子『クラウス』の名前を引き継いだのだから、正しい王はあなただと言われて育てられたようです。それなのに『正しい王』の血筋のせいで、彼の大事な家族は殺された。そりゃ嫌いにもなるでしょう」


 足を止めてブルーノを見上げる。

「彼は今、どうしているの?」

「もう休んでいるでしょう」

「誰か一緒にいてくれる人はいる?」

 ブルーノの優しい目が私を見ている。

「ひとりです。こんな晩だ、一緒にいてやりたかったけれど、彼はあなた……たちの安全を優先した」

「嬉しいけれど、嬉しくないわ」

「あなたはお優しい」


 再び歩き始める。

「明日、ルカに伝えますよ。あなたが心配していたと。喜びます」

 明日。

 それでは今晩、ひとりでいることに変わりない。


「そうだ。ブルーノとラルフが私たちのそばにいなければならないのなら、公爵も一緒にいればいいのではないかしら? 廊下で四人で並んで座って過ごしましょうよ」

「……それは……王女殿下やあなたの寝室の前に公爵が一晩中いるというのは、外聞がよろしくないでしょう。また誤った噂が流れでもしたら一大事だ」


 そうか。いい案だと思ったのだけど。


「……四人って、ルカ、ラルフ、私、とエド?」

「いいえ、私。どうせ眠れないもの。聞きたいことは沢山あるしね」

「またクリズウィッド殿下に叱られてしまいますよ」

「もう……」

 と言いかけて口を閉じた。婚約解消のことは話していいのだっけ? まだルクレツィアとシンシアだけだったかな?



 ふと自分がいる場所に気がついて足を止めた。いつの間にか正面棟に来ていた。広間のある階。片隅にある肖像の間。


 何となく扉に歩みより、ノブに手をかける。

 ゆっくりと開くと、向かいの窓の外にやや欠けた月が見えた。

 中央には長椅子。もぞりと動く人影。


「おや、こちらにいたのか」

 とブルーノが言う。それから私を見ると優しげな笑みを浮かべた。

「廊下にいます」


 私が部屋の中に入ると、ブルーノが扉を閉めた。


「……何をしているのだ?」

「眠れなくて。ブルーノに付き合ってもらって散歩をしていたの」

 答えて長椅子に近寄る。

「あなたは?」

「同じ」

 クラウスはため息まじりに答えて、先週と同じように椅子の端に寄った。

 その端に、ひじ掛けに持たれかけるように口のあいた葡萄酒の瓶があり、彼はそれを床に置いた。


 こんな晩に、たったひとりで飲んでいたらしい。


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