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63・3それぞれの真実

 目を伏せたクラウス。

 血まみれだ。


「……ケガ! 手当てしないと!」


 駆け寄る。あまりにあちこち血まみれで、どこからどうすればいいのかわからない。


「落ち着いて、アンヌローザ殿」とラルフ。

「だって!」

「ケガはない」とブルーノ。「だよな?」

「返り血ですよ」とラルフ。「な?」


 見上げるとクラウスは、困ったような表情をしていた。そして静かにうなずく。


「ケガ……じゃないの?」

「かすり傷くらいはあるかもしれませんがね」とブルーノ。

「不良近衛では彼にケガなんて負わせられないですよ」とラルフ。


 ほっとして力が抜ける。

「良かった!」

「それより聞いてましたか?」とラルフ。

「かなり重要なことを言ったのに」とブルーノ。



『ルカは私だ』

 クラウスはそう言った気がする。

「……あなたはルカ僧なの?」

 彼はまた何も言わずにうなずいた。


 となりのラルフを見る。

「ルカ僧は、ラルフよりもっと細身で小柄だったと思うの」

 記憶の中ではだいぶ体格差がある。

 だがラルフは笑みを浮かべた。

「成長したのですよ」と彼は片手をクラウスの頭と平行にした。「身長も、体躯も。二年以上経ってますからね」


「そうか……」

 急に腑に落ちた。クラウス、ブルーノ、ラルフはとても仲良さそうに見えた。まるでずっと以前からの友達のように。


 改めてクラウスを見上げる。

「ルカ僧なのね」

 彼は口を引き結んだ。それから、

「嘘をついていてすまない」

 再びそう言った。

 彼はルカ僧なのだ!


「良かった! 生きていてくれて!」


 クラウスは目を見開いて。それから泣きそうな顔で笑った。




 ◇◇




 私たちを襲った近衛兵たちは第一師団だった。

 墓参から王宮に戻った王妃殿下たちも襲われたそうで、そちらは第二師団。

 ユリウスや父たちの命令ではなく、それぞれの師団長たちが結託しておこした襲撃だった。ちなみに第一師団長は近衛連隊長が兼任している。

 彼らはユリウスやオズワルドが失脚すれば、自身たちの立場も危うくなると考えたようだ。一般市民へ犯罪行為を繰り返してきた自覚はあったらしい。


 その悪行と、ユリウスたちの逃亡を手伝う恐れから、ユリウス担当第一師団、王太子担当第二師団、王太子家族とユリウス寵妃担当第三師団は、レセプション中止後に、速やかな帰宅と自宅待機を命じられていたそうだ。


 残った師団と急遽召集された非番の警備隊で、通常の業務にプラスして、ユリウス以下四名の監視と賓客の宿泊している迎賓館の警備を分担したそうだ。

 もちろんクリズウィッドたち三兄妹に護衛はついた。だが人数が足りなかったらしい。

 襲撃されたとき、その護衛たちは警護をブルーノたちに任せ、会議室前を離れて周囲の警戒に出たところだった。


  王妃殿下に付いていた警備隊は、数名ケガを負ったそうだけど、幸い深刻なものではないそうだ。

 クラウスが敵を倒しまくったから、損害が少なく済んだらしい。

 ジョナサンが無事だったのも、彼のおかげ。


 王妃殿下を襲った近衛兵を撃退した彼は、私たちが会議室にいると聞くと警備隊が追い付けない俊足で王宮を駆け抜けて、助けに来てくれたという。


 彼があと少し遅ければ、ジョナサンは……。


 血まみれのクラウスを見たルクレツィアは礼を言う前に卒倒。シンシアは腰を抜かした。

 クリズウィッドは絶句し硬直したまま。ウェルナーは、本当に凄いんだ……と呟いたからクラウスが修道騎士だったと知っていたようだ。へたりこんだままだったけれど。

 ジョナサンは目をまん丸にしながらも、しっかりと礼を言った。ルクレツィアを大事そうに抱きかかえながらね。

 本当に、残念イケメンと言っていたことを謝るよ。


 幸いクラウディアとジョナサン弟は、襲撃されず、無事だった。


 クラウスと警備隊隊長は見通しの甘さをひたすら謝り、警備配置を再考すると言って去って行った。第八師団長のジョナサンも。ついでにクリズウィッドとウェルナーも。


 結局、西翼のサロンにルクレツィアと私とシンシア、クラウディアとジョナサン弟、警備がわりのブルーノ、ラルフ、アレンが集まった。扉の外、窓の下では第八師団の近衛が守ってくれている。


 そして三従者は、詳しくは本人から、と断りをつけてから私たちの疑問に答えてくれた。


 十一年前にクラウスを襲撃と火事から救ったのが、ブルーノとラルフだった。

 クラウスの身の安全について熟考したブルーノと本人の希望が合致して、ブルーノが彼を引き取った。


 ただしフェルグラート家には、聖リヒテン修道騎士団ではなく近所の普通の修道院に入ったと伝えた。襲撃犯がフェルグラート公爵夫妻の可能性も否定できなかったからだという。


 ブルーノも修道騎士団の院長たちも、クラウスを騎士にするつもりはなかったが、本人が強く希望してその道に入ったそうだ。


 ルカ僧が顔を隠していたのも喋ることができなかったのも、本当に火事の後遺症があったかららしい。

 二、三年でそれらが治ったあとも、先代国王に酷似した顔を隠すために、仮面と唖者(あしゃ)のふりを続けていたそうだ。


 シンシアは目に涙を浮かべて聞いていた。

「想像を絶するような苦労をしてきたのね」

「そのとおりだが、私たちと共に過ごした十年は、楽しかったことも沢山ある」

 ラルフはきっぱりと断言した。

「そうね。分かるわ」とシンシアは涙を浮かべたまま微笑んだ。「本当に仲良しだものね」

 そのとおり、とブルーノとラルフはうなずいた。


「となるとアレンは? クラウスと同じ修道院で親しかったというのは?」

「嘘だ」アレンもきっぱりと言いきった。「私は修道院に入ったことはない」

「そうなの!?」

 え、じゃあピアノが上手いのは聖歌隊の伴奏係りだったから、とかも全部嘘なの?


 アレンは手袋をとった。現れたのは、貴族のように苦労知らずの美しい手。

「クラウスには、彼が元王妃殿下の復讐計画に参加してくれるとなったときに、初めて会った。二年ほど前のことだ」

 シンシアが驚きの声をあげてのけ反った。

「色々と考えて、彼の従者におさまれば都合が良いとなってな。それで修道院仲間ということにしたのだ」


 それから、と彼は言って何故か髪の毛をいじった。

 ふぁさり、と特徴的な赤毛が落ちる。

 現れたのは、美しい黒髪。


「母の姉一家のおかげで、シュタルク第三の都市で上流階級に属していた。身バレを防ぐための偽名と、この変装だった」

 シンシアは更にのけ反った。


「だからクラウスはシンシアの恋を応援できたのね」とクラウディア。「気持ちだけで身分差を乗り越えるのは大変だもの」

 ブルーノとラルフがうなずく。

「アレンは従者らしくも修道士らしくもなかったものね」とクラウディアが続けた。


「公爵が手を隠しているのは、騎士らしい手だから?」

 ブルーノを見て尋ねる。本人は見せられるものではないと言っていたけれど。

「そうですね」とブルーノがうなずく。

「もう手袋をとってくれるかしら。ルカ僧の手をもう一度見たいわ」


 記憶にあるのは細身の体に不釣り合いな、節くれだった無骨な指。


「彼に直接頼んで下さい。恐らく自らは、手袋を脱ぎません」

 そう言ってブルーノは微かに笑みを浮かべた。


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