63・1元悪役令嬢の集い
会議室から近くのサロンに移って、私たち元・悪役令嬢は何も言わず合図もなく、自然に抱き合った。ようやく三人きりになって、悲惨な末路を乗りきった安心感が、体の奥底からやってきた。
しばらく無言で抱き合っていたけれど、最初にシンシアが
「アンヌローザはよくがんばったわ!」
と声をあげた。
「私だけじゃないわよ。みんなががんばったのよ!」
「だけど一番辛い状況だったのはアンヌよ。よく腐らないで踏ん張ったわ!」とルクレツィア。
「だけどやっぱりアンヌの日頃の行いよね」とシンシア。「主人公が変わったのはマリーとテレーズと仲良くなれたからでしょう? マリーとテレーズはアンヌのことを正しく理解してくれていた味方だたもの」
「そうね」とルクレツィアがうなずく。「もちろん回避するための努力もしたけど、最後に力を発揮したのは、アンヌの元々の魅力よね」
「そんなこと……」と言いかけて。
二人は真面目に話しているのだと気づいて、続く言葉を飲み込んだ。
「ありがとう! 二人がいつも支えてくれていたからよ!」
三人で顔を見合わせて、また、えへへと笑った。
長椅子に移動して、ルクレツィア私シンシアと三人で並んで座る。
「結局、クラウスルートのノーマルエンドでいいのかしら?」とルクレツィア。
「そうでしょうね。確認していないけれど、ハピエンはないでしょうから」とシンシア。
「悪いことはひとつも起こらなかったわね」とルクレツィアは嬉しそうだ。「刺し違えはもちろん、断罪も、身分剥奪も、幽閉も」
「断罪はあったわよね。ゲームとは関係なさそうだけれど」とシンシア。
そうね、と考えこむルクレツィア。しばらく経って、
「何でもいいわ! 無事なんだもの」
と満面の笑顔で言った。
それを見て、婚約解消の話をどうしようかと、迷う。今夜は予想外の急展開だったから、身辺が落ち着いたら打ち明けようと考えていたけれど。
全てが丸くおさまったと喜んでいるルクレツィアを、がっかりさせるのは後と今。どちらがいいのだろう。
短い時間悩み、それから打ち明けた。
ルクレツィア、シンシア、どちらの顔からも笑みが消えた。
シンシアが
「立派だわ」
と呟き、ルクレツィアは目に涙を浮かべ
「お兄さまを誇りに思うわ」
と讃えた。
それから彼女は私の手を握りしめた。
「アンヌローザ。あなたはよぉく考えて、幸せになるのよ」
だけどリヒターはもういない。
「そうね、あなたが幸せにならないとクリズウィッド殿下が気に病むわ」とシンシア。
「確かにそうね。私がしっかりしないとクリズウィッドもクラウスも気にしてしまうわね。自分なりの幸せを見つけるわ」
にこりと笑顔を見せたのに、二人は何故か微妙な表情で顔を見合わせた。
「前途多難?」とルクレツィア。
「前途多難ね」とシンシア。
「あら、私はがんばるわ」
何をどうがんばればいいのか、まだわからないけれど。
ふう、と息をついたルクレツィアは、ポケットから何やら取り出して卓上に広げた。シンシアお手製の進行表だった。今やすっかりしわくちゃだ。
「ずっと気になっていたのだけどね」と彼女はそれの一ヶ所を指差した。
「ここ」
どれどれと、シンシアと覗きこむ。
大晦日から新年にかけての舞踏会だ。
「この時、アンヌがいなくなったと騒ぎになったでしょう?」
ルクレツィアが私を見る。
「え……え。ごめんなさい」
「公爵と一緒だった?」
「えっと……」
ルクレツィアが吹き出した。
「アンヌってば、嘘が下手よね。すぐ目が泳ぐの」
「ごめんなさい。休憩に入った部屋にたまたま彼がいたのよ。広間が騒ぎになってしまっていると聞いて」
「お兄さまが激怒すると思ったのね」
うなずく。
「良くわかったわね」とシンシア。
「なんとなくね。この半年を振り返ってみて? ゲームの主人公はジュディット。彼女が選んだヒーローはクラウス。だけどクラウスにとってヒロインはジュディットではないわ」
「なるほどね」とシンシアは納得している。
「私はほとんど悪役令嬢にならなかったわ」とルクレツィアが続ける。「それは何故?」
「何故?」
と私が聞き返すと、シンシアが吹き出した。
「いやだ、何で笑うの?」
「ごめんなさい」とシンシア。
「諸悪の根元は!」とルクレツィア。
言葉の続きを待ったけれど、彼女は笑っているだけだった。
「『諸悪の根元は』なに?」
と尋ねる。
「多分そのうちに分かるわ」とシンシア。
「シンシアは分かるの?」
「もちろん。状況を見れば分かるもの」
思い浮かぶのはクラウスしかいない。ほとんど全て、元凶は彼だった。
「クラウス? だけどあの人自身には悪気はないでしょう?」
「確実に悪気はないわね」とシンシア。
「もうこの話題はよしましょう」とルクレツィア。
「ええっ! ルクレツィアが言い出したのに?」
「静粛に! 次の議題は『えっくん』よ」
「そうだった! アレンは誰の関係者か気になるわ」
私が言うとルクレツィアはうなずいた。
「近衛連隊長の息子ですって」とシンシア。
シンシアってばいつの間に!
「色々と聞いてみたいわ」
ルクレツィアの言葉にシンシアがうなずく。私も疑問だらけ。
「アレンを呼びましょう」とシンシアが立ち上がる。
三人で揃って扉を開けると、三従者ははす向かいの壁にもたれて談笑していた。
「聞きたいことだらけ!」とシンシア。「三人ともこちらへ来て」
「まずい時間が来たぞ」とラルフがブルーノに囁くのが聞こえた。
元・悪役令嬢三人で笑う。
「まずいことって何よ!」楽しそうなシンシア。
と、扉が開く音がして、見れば会議室からウェルナーが出てきた。こちらに気づいて、
「お話は終わりましたか?」
と尋ねた。
「まだです!」
ひょこりとクリズウィッドが顔を出す。
「いつものサロンかルクレツィアの部屋に移動したらどうだ。軽食も必要ではないか?」
私たちは顔を見合わせた。
そうしようか、とうなずき合う。
ジョナサンも部屋を出て来た。
ルクレツィアが返事をしようと、やや前に出て、
「そ……」
そうすると言いかけたとき。
クリズウィッドたちの開きかけの扉の背後に何か見えた。
「ジョナサン!!」
ルクレツィアが走り出した。
「後ろだ!」
ラルフが叫んで続く。
扉の向こうから何人もの剣を持った近衛が走って来る。
「後ろ!」
とウェルナーがこちらを見て叫ぶ。
振り返ると、廊下の角から、同じく剣を持った近衛が幾人も走って来た。




