63・〔閑話〕騙された王子
第二王子クリズウィッドの話です。
「しかしなあ……」
ため息がこぼれた。
今日できる説明をし終わると、アンヌローザ、ルクレツィア、シンシアが三人だけで話したいと言って他の部屋に移り、私とウェルナー、ジョナサンの三人はそのまま残った。
内務大臣は王妃殿下の迎えに行った。
クラウディアとジョナサン弟がどうしたかは知らない。
一応、弟には釘を刺しておいた。クラウディアは今後も王女。顔に泥をぬるな、と。
「『しかし』どうしたのですか?」とウェルナーは柔和な表情だ。
その顔をじとりと見る。
一年もこいつとあいつは共謀して、あれこれ私を騙していたのだ。
「クラウスにはめられた気がする」
「どういうことだ?」
と問うたのはジョナサン。ウェルナーは表情を崩さない。
「あいつが王位を望んでいないのは、当初から聞かされていた。三殿下の名前を持つことも嫌そうだった」
ふむふむとジョナサンだけがうなずいている。
「最近やけに、バックグラウンドに何があろうとも友人だと思っている、と言っていた」
「ああ。今日も言っていたな」とジョナサン。
「あいつは私が、あの場でヤツの国王代理に異議を唱えるよう誘導していたんじゃないのか?」
ウェルナーはまだ表情を崩さない。
「王妃殿下の隣でおとなしく畏まって、ヤツらしくもない。国王代理は本意じゃない、王妃殿下の顔を立てるため仕方なくなんて雰囲気を醸して。私が奴を心配して声を上げるよう仕組んだ」
なるほど、とジョナサン。
「気づかず私は大立ちまわり。ユリウスの息子だがそれなりに『まともな』王子、との印象を国内外の有力者に与えてしまった」
ルクレツィアたちには話さなかったが、実は王妃殿下の国王代理が終了したら、私が即位する話が出ているのだ。彼女は高齢な上に病も抱えているという。とてもではないが王としての仕事はこなせないらしい。
それを知らずに、私はクラウスは国王などなりたくないと、暴露してしまったわけだ。
おかげでやる気がなく長年修道士だったクラウスより、王子としての教育を受け資質もありそうな私に、という話になってしまった。
まだ検討中の段階ではあるけれども。
「絶対にはめられたよな?」
とウェルナーに確認する。
「そうですよ」
彼はにこりとした。
「やっぱり!」
「私はあなたを煽る、もしくは支援する役割でした」
「くそっ、やられた!」
「クラウスは血筋のせいで命を狙われ家族を失くしてきましたからね。告発のために宮廷にもぐりこむ必要があったのですが、本来は爵位だって欲しくないようですよ」
「……そう言われると怒れないではないか」
今日の今日まで、あの惨たらしい暗殺事件は知らなかった。ただただ恥ずかしく、情けない。
「だが彼のお陰で、我々子供世代が咎められずに済む」とジョナサン。「感謝しかない」
全くの咎めなしという訳ではないが、通常なら家はとり潰し、一族男子は打ち首、女性幼児は国外追放となるレベルの犯罪だ。それを考えれば、信じ難い寛容さだ。
それもこれもクラウスとウェルナーが、そうなるよう尽力してくれたからだ、と内務大臣から言われた。
もっとも彼も、賛同してくれていたらしい。侍従長も。
「ジョナサンだって報告書の所持を申し出たではないか。あれが王妃殿下に好印象だったのだろう?」
ウェルナーがうなずく。
「もう出て来ないだろうと彼女は考えていましたからね」
「そう言えば、ザバイオーネの亡霊騒ぎはなんだったんだ?」とジョナサン。「本当に出たのか? それとも?」
「あれは、申し訳ない」とウェルナーが顔を陰らせた。「ユリウスとラムゼトゥールに揺さぶりをかけたいと妃殿下たちが譲らなくて。本来はワイズナリー殿の亡霊だったんだ。たがそれでは君たち兄弟の気持ちを蔑ろにし過ぎているとクラウスが必死に説得して、なんとかザバイオーネに落ち着いたんだ」
「だが亡霊は、報告書がどうのとか言っていたのだろう?」
「あれは侍従長のアイディアだったらしい。ジョナサンなら、あれがワイズナリー家にある可能性に気づけば探すだろうから、と」
「なるほど」とジョナサン。
「すまなかった」とウェルナー。
「いや、父の亡霊が出るよりはマシだ」
「お前には悪いが、正直なところ亡霊探しは楽しかった」
そう言うとウェルナーが苦笑した。
「クラウスはジョナサンに申し訳ないと、あの頃は毎晩胃薬をのんでいた」
「そうなのか!?」
ジョナサンが目を見張る。
「そもそも怪文書も彼は反対していた。本人たち以外を巻き込んだらユリウスたちと同じだ、と言って」
「……お人好しだ」
私の言葉にウェルナーは首を横に振った。
「艱難辛苦の末の寛容、とブルーノが言ってましたよ。誰も詳しく教えてはくれませんがね」
ウェルナーは顔を陰らせた。
「とにかくも、怪文書は本当に申し訳ないことをした」
それは先程広間でも、クラウスと二人でジョナサンに謝罪していた。ワイズナリーの死はあれがきっかけなのだ。二人も辛いのだろう。
だがジョナサンは首を横に振った。
「先程の言葉に嘘はない。あんな父でも殺されたことは悔しい。だけれど彼がおかした罪が還ってきたと思っている」
ジョナサンは無理やり微かな笑みを浮かべてウェルナーを見た。
「もうこの話題はしまいにしよう」
それから彼は私を見た。
「あなたもはめられたことぐらい、許してやろう」とジョナサン。「少なくともあなたの一番大事なものは横取りしなかった。本当に友人だと思っているからだろう?」
ジョナサンを見返す。
「お前のことはずっと残念イケメンだと思っていた」
「そのとおり、と以前なら思ったがな。ルクレツィアをバカにすることに繋がるから、抗議する」
「案外まともな奴だった、と褒めている」
「ならば抗議は取り下げる」
ふう、と吐息する。
「あいつは横取りはしなかった」
「損な性分だ」とウェルナー。
「結果的には同じだ」
二人が首をかしげる。
「アンヌローザとの婚約は解消する。彼女にはもう伝えた。私は異教徒の姫と結婚することにした」
色々とあいつに文句は言いたい。何が『何も言わず何もしなかった』だ。ちゃっかり彼女の心を横取りはしているではないか。
だがもういいのだ。
私は心のない彼女を独占するよりも、クラウスを助けた良い男と彼女に尊敬されるほうを選ぶ。
「……よく決断した」とジョナサン。
「……英断だ」とウェルナー。
そう、この二人からの尊敬も得られる。これでいいのだ。
「あいつには自分から伝えたい」
分かったとうなずく二人。
胸の痛みもいつかは消えるはずだ。
罪悪感やら自己嫌悪やらを抱えて生きていくよりマシだろう。
「だがそれはそれ。やっぱり、許せん」
「いいじゃないか。騙されたのだろうが何だろうが、クラウスを助けてやりたいと思ったのは事実なのだろう?」
違う、とジョナサンを見て否定する。
「許せないのはウェルナーに妻子がいることを、二人して隠していたことだ!」
なんだ、とジョナサンは肩をすくめる。
私にとっては『なんだ』ではない。かなり傷ついているのだ。
「埋め合わせはしてもらうぞ」
ウェルナーは、はいはいと気のない返事だ。
「まずは子供たちに会わせろ」
「わかりましたよ」
「十歳ならフィリップと六歳しか違わないのか」と呟くジョナサン。「というか二十八で十歳の子供? それなら僕の年でもう子持ちだったのか!」
確かにそうだ!
「人畜無害そうな雰囲気をしているくせに、肉食系ではないか!」
ジョナサンが笑っている。
「妻にだけですよ」とウェルナー。
「失恋したての私の前でよく惚気られるな!」
「妻は最高の女性なので仕方ありません」
しれっと言うウェルナー。
腹が立つ。
腹が立つが、そんなにも愛しい妻を十一年も隠していたのは、それだけ復讐の失敗を恐れていたからだろう。
私たち兄妹は、父と異母兄を失うことにはなったが、元々彼らに必要とされてはいなかったしな。
丸くおさまって良かったのだ。
後は私の大事な二人がまとまれば……。
クラウスは一発殴る。
アンヌローザには、最高の笑顔で祝福をしよう。




