6・2先代国王の最期
ユリウス国王の前、先代国王には二人の王子と一人の王女の、三人のお子さんがいたそうだ。
この三人が馬車の事故で一度に亡くなった。
とても不自然な事故だったという。
事故の責任をとると書き置きを遺して、近衛連隊長は自死。調査の任に当たった二人の調査員は報告書と共に行方不明になった。
そして事故のショックで臥せってしまった先代国王は、一年と経たないうちにご逝去された。
王妃は葬儀を終えたその足で出家し、都を出たそうだ。
世間では全てユリウスと私の父が仕組んだことだと噂した。
だから他の王位継承権を持った人たちが亡命し、クラウスは子供のうちに出家したのだ。
還俗し都に戻らざるを得なかった彼が護衛をつけるのは、当然だ。
父がそこまで酷いことをしたかも、ということもショックだ。
そしてそれをルクレツィアに教えてもらうまで、知らなかったこともショックだ。どれだけ井蛙だったことか。
◇◇
話終えるとリヒターは、ふうん、と軽く言った。
私たちはパン屋近くの路地裏、建物入り口の段差に並んで座っている。こんな話をしながら店内には入れないからね。
「わりいけど、有名な話だぜ」
リヒターはいつもどおりの口調だ。
「……そうなの?」
「都に住んでて知らねえ奴なんていねえよ。前の国王ってのは庶民からも人気があったみてえだしな」
「……そうなんだ。私、本当に世間知らずだったんだね」
庶民派だと思っていた自分が情けない。
「いいんじゃねえの? お前はまだガキなんだから、知らねえことがあったってよ。むしろ良かったじゃねえか、これでひとつ賢くなった」
「……そうは思えないよ」
「父親を恥じる気持ちがあるだけ、お前はまともだぜ」
「……でも自分の父親が、欲のために人を殺めているかもしれないなんてさ。どうしたらいいか分からないよ」
ポロリと涙が零れた。
「誰から聞いた?」
普段と違うやや低い声に、リヒターを見上げて、え?と聞き返す。
「この話」
「ああ。親友」
「親友じゃねえ、そいつ。いくら事実でもお前にこんな話をするだけして、ケアしてねえじゃねえか」
「ち、違うの」
手で零れた涙を拭く。
「親友は、ルクレツィア王女よ。ユリウス国王陛下の娘。立場は私と一緒。もちろん、私のことをとても気遣ってくれている。この件はどうしても、私が知っておくべきことだったから、彼女が教えてくれたのよ」
「……どんな状況だよ」
呆れたような声音。
「ちょっとまずい立場になるかもしれないの。私たち。それを回避したくて、情報を集めているの」
「まずい立場ってなんだ」
「えぇと」
前世で……なんて話しても理解してもらえないだろうし。
そうだ。この前、旅の曲芸一座が王宮にやって来たときに占い師もいたっけ。みんなおもしろがって、未来を視てもらっていた。
「占いを信じる?」
はあ?とまた呆れた声。
「彼女と私、まったく同じ占い結果が出たの。それを読みとくと、多分、フェルグラートの新当主が私たちの鬼門なの」
「鬼門?」
「彼に関わると、私たちは悲惨な運命をたどるって。だから彼のことを調べて、関わらないようにしたいの。それでさっきの話が出たのよ」
へえ、とリヒターはうなずいた。信じてくれたのかな。
「まあ、なんだっていいけどよ。お前はこんな俺も信用してるぐらいだからな。ちょっとは警戒心を持った方がいいぜ」
「自分で言うこと?」
「普通は俺に近づかないって」
「そうかな」
確かに怪しい風貌だけどさ。
よし行くか、とリヒターは立ち上がった。
「だいぶ時間を食ったな」
彼は私に手を差し出した。その手を握りしめて立ち上がる。
「父親のことは気にすんな。過去は変えられねえし、当代の王宮を牛耳ってる奴らなんて、大抵腐ってるぜ。どうしても気になんのなら、祈るときに亡くなった奴らの分も祈ってやれ」
「うん。そうする」
やっぱり優しい。
口調は乱暴だけど、言葉はストレートで偽りがない。……気がする。
腹に一物を抱えている貴族たちより、よっぽど信頼できるよ。
お読み下さりありがとうございます。
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☆独り言です。ご興味のある方だけお読み下さい☆
アンヌたちの都について。
イタリアの中から小くらいの町を想定して書いてます。
古くて建物が高くて密集してて洗濯物が干してある迷路のような路地…みたいなのが好きです。
ちなみに人名は各種言語、造語、入り乱れています。
フランス語+イタリア語のミックスとかもありますが、多目に見ていただけると助かります。




