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62・3不在

 ウェルナーに奥様がいた!


 それを聞いて呆然とした私たちの中から上がった第一声は、シンシアのものだった。

「だからクラウスは、あなたには私のエスコートはさせられないって言ってたのね!」

 ウェルナーが笑みをたたえてうなずく。


「あいつは知っているのか!?」

 やや怒り口調なのはクリズウィッド。

「うちに出入りしてましたから、彼と三従者は」とウェルナー。「他は幼い頃からの友人数人しか知りませんよ」

「ずるいぞ!」

 クリズウィッドは自分が王子だと忘れたのか悔しそうに地団駄を踏む。


「妻といっても正式な婚姻はしてはおりません。どうかご容赦下さい」

 ウェルナーの奥様レイチェルさんが、丁寧な口調ながらも毅然とした態度で謝罪する。

 クリズウィッドは気勢を削がれたのか、羞恥に襲われたのか、咳払いのような唸りのような声でうなずいた。



 ウェルナーの話では、レイチェルさんは同じ男爵位の令嬢で同じ年の幼なじみ。子供の頃から両思いだった。

 だけどウェルナーの祖父は息子の恨みを必ず晴らすと、使用人と一丸になって復讐の機会を狙っていた。ウェルナー自身も祖父の願いを叶えてあげたいとの思いが強かったそうだ。


 だから十七歳の時に、レイチェルさんに自分以外の男と結婚するように勧めた。復讐が成功すればいいが、もし失敗して反撃されたらレイチェルさんとその実家も巻き込んでしまう。

 彼女は分かったとうなずいたそうだ。


 その一週間後、彼女はヒンデミット家執事の養女としてウェルナーの前に現れた。実家と縁を切り、今後はヒンデミット家小間使いとして生きていく、と。


「なにか、では夫婦になって十一年!?」

 と再び王子の立場を忘れたような声を出したクリズウィッド。うなずくウェルナー。

「子供はいるの?」と楽しそうなクラウディア。

「十歳の長男と、七歳の長女、五歳の次男と一歳の三男が」とウェルナー。

「あらまあ! やるわね!」

 クリズウィッドは、四人も……と呟いたまま絶句している。


「これでようやく皆さんに紹介できた」

 ウェルナーは満面の笑みだ。

 クラウディアがよろしくねと言いながら握手をしている。クリズウィッドもおかしな表情のままだけれど、それに続いた。


「……アレン」

 シンシアが泣きそうな顔で傍らの従者を見た。

「まさかあなたも結婚しているの? だから名前を偽っていたの?」

 はっとした緊張が走る。

「まさか!」普段澄ましているアレンが焦りの表情となった。「正真正銘独身だ!」

「良かった!」

 安堵するシンシアと、必死に笑いを堪えているブルーノとラルフ。

 ルクレツィアとジョナサンは顔を見合わせて微笑んでいる。

 ジョナサン弟はクラウディアに

「十一年に比べれば三年なんてあっといいう間だ」と言っている。

 何のことだか分からないけれど、手を繋いでラブラブだ。


 全てが無事に終わって本当に良かった。これからがまた大変だけど、とりあえず、みんな一様に安堵しているようだ。




 ……リヒターがいればな。話したいことが沢山あるのに。

 淋しくなって、スカートの上からロザリオを握りしめた。



 ◇◇



 そのあと会議用の部屋に移り、子供世代はクリズウィッドと内務大臣から説明を受けた。


 父たちは近日中に告訴され、正式に裁判に掛けられる。既に亡くなっているワイズナリーとザバイオーネも同様。有罪は確定とみられるが、どんな刑になるかは未定。

 また家族だから、というだけで罰せられたり追放されたりすることはない。


 なにぶんユリウスが即位した時に、王家に近い血筋の王族は亡命している。『家族も無条件で罰する』としてしまうと、残る王族は六十歳近い先代王妃殿下とクラウスの二人だけになる。それでは新たな争いの元になりかねない。


 そのために西翼の三人はこの先も王族として必要で、そのためには家族だからという理由での罰は下せず、となると私やジョナサンたちも同様に咎められない、という理由もあるのだそう。


「もっとも妃殿下は納得できてないようだが」とクリズウィッド。

「違います」と内務大臣。「頭ではお分かりです。感情がついてこないだけのことで、そこはお察しいただきたい。そうでなくてもフェルグラート殿が国王代理に就かないことにショックを受けておられるのだ」


「あの」と声を上げたのはシンシア。「兄はどこへ?」

 良かった、私も気になっていたのだ。ラルフの話では妃殿下と広間を出て行ったらしいけど。

「墓参だ」とクリズウィッド。

「墓参?」

「王妃殿下は一刻も早く先代陛下と三人の殿下に報告をしたい、と。それでクラウスも連れて行った」

「ブルーノとラルフなしで!?」

 シンシアが悲鳴のような声を上げる。

 王家の墓は大聖堂にある。遠くはないがすでに夜更けだ。

「大丈夫、警備隊が一個隊ついている」とクリズウィッド。

「妃殿下は二十年墓参が出来なかったのです。何度申請しても許可をもらえなかった。ユリウスの悪意でね」と辛そうな内務大臣。

「クラウスもだ。母親の墓参を一度もしたことがないらしい」

「どのみち今夜は急すぎて、襲撃なんて出来ないから心配ない」とジョナサン。「ユリウス陛下たちは茫然自失だし、例え指示を出せたとしても準備が出来ていない。近衛第一第二師団はどう保身するかで右往左往しているしな」


 そうか。良かった。

 ほっと肩の力が抜ける。


 というかジョナサン、師団長らしいところがあるんだね。見直したよ。

 ルクレツィアなんて確実に惚れ直している。彼を見る目がうっとりしているもの。




 だけど本当に大丈夫なのかな。王妃殿下と二人で。彼女の望む国王代理に就かないことを、責められたり泣き落としされたりしてないだろうか。


 今日は一言も話していない。

 いや、今日だけじゃない。丸一週間、だ。顔も合わせていない。最後に言葉を交わしたのは、肖像の間で踊ったときだ。


 ずっとやつれた様子だったクラウス。こんな晩にブルーノやラルフ、シンシアがいなくて辛くないだろうか。


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