62・2妻の披露
母と義姉は魂が抜けた様子で屋敷に帰ったけれど、私は王宮にとどまることになった。
クリズウィッドからの頼みだ。
だが彼らの話し合いはまだ続いている。
父と兄には会えないけれど、それ以外は自由にしていいとのことだったので、一旦、姉の様子を見に行くことにした。
ブルーノが一緒に行くという。本当に危険が去ったか確認できないからだって。
私としては、クラウスについていてあげてほしい。いくらユリウスたちが身動きとれなくなったとはいえ、心配だ。だけれど先程と同様に、あちらには強者がいるから心配ないと言われてしまった。
ブルーノとラルフと同等に強い剣豪がいるようには見えないけどと言い返したら、彼はなぜか笑っていた。
そうして姉の元へ行って話をして励まして。ただ思いの外、彼女はしっかりしていた。二人の子供を守らなきゃいけないからね、と言って。
うちの父は史上最悪の犯罪者だけど、父親としてはそんなに悪くなかった。多少は家族愛があったのかな。だから姉も子供たちのために気を張れるのかもしれない。
それにしても、広間から退出する姉に付き添ってくれた女性は名乗らなかったという。姉は見たことがあるような、ないようなと首を捻っていた。
姉の様子に安堵して、広間に戻るその道すがら。
「公爵はこれからどうするの?」
周囲に人がいないことを確認して、ブルーノに尋ねた。
「シンシアから聞いたの。彼女が十七になるまでの約束で爵位を継いだって」
彼女の誕生日は四月だ。あとふた月もない。
「元々、全て終わったら修道士に戻るつもりで還俗したのです」
ブルーノの言葉に思わず足を止めて彼を見上げた。
「……今でもそのつもりなの?」
「恐らくは」
「シンシアが泣くわ」
ブルーノは優しい笑みを浮かべた。
「無論、彼女のことには後ろ髪を引かれています。だけれど王位争いや権力闘争に関わりたくないのですよ。幼い頃に辛い体験をしましたからね」
「だからといって、また修道士だなんて。厳しい暮らしなのでしょう?」
生活の全てを自分たちでこなしていたはずだ。畑を耕すことも、食事の支度も、大工仕事も。
「貴族生活よりそちらの方が好きなのですよ」
「あんなに貴族の手本みたいなのに?」
「そうですね」
「修道院でもああだったの? あのお顔だし、だいぶ浮いていたとアレンが話していたそうだけど。それでも戻りたいのかしら」
と言ってから、ふと首をかしげた。アレンの名前を口にして気がついた。
色々なことが起こりすぎたことと、ゲームエンドを無事に乗りきれたことで失念していたけど、アレンは本当の名前をエドワルドだと言った。それは三殿下の事故で責任を取ると自死した近衛連隊長の息子の名前だ。
アレンは近衛連隊長の息子ということ? だとしたら母と一緒に外国で暮らしているはずでは? どうしてクラウスと同じ修道院にいたのだろう。
リヒターの調査が間違いだったのか。
アレンはたまたま近衛連隊長の息子と同じ名前なのか。
「アレンは誰の関係者なの?」
ブルーノは目を反らして、うーんと唸った。しばらくしてから、
「それは本人から説明させます」と答えた。
それはそうか。分かったと返事をして。
「あなたとラルフは? どうするの?」
と問うてから、大事なことを思い出した!
「そうだわ! ブルーノ! 結婚したのよね! おめでとう!」
「お耳に入ってましたか」と照れ臭そうなブルーノ。
「あなたは都に残るの?」
「ええ。お陰さまで無事に終わりましたからね」
その言葉に胸が傷んだ。
「……やっぱり無事に済まない可能性を考えて、急いで結婚したの?」
「何事にも万が一ということがありますからね」
「万が一がなくて本当に良かったわ!」
ブルーノが何故か目を細めた。
「あなたがご無事で何よりですよ」
「ありがとう」
広間に戻ると、すでに閑散としていた。残っているのはいつものメンバー。ルクレツィア、シンシア。クラウディア、ジョナサン弟。クリズウィッド、ジョナサン、ウェルナー。アレンとラルフはいたけれど、クラウスがいない。代わりにいるのは。
私の姿に気づいたウェルナーが、
「ああ、ちょうど良かった」
と笑顔を浮かべた。
彼の隣には、姉に付き添ってくれた女性。ヒンデミットの身内だと言ってたっけ。紹介をしてくれるらしい。
私とブルーノが彼らの元に着くのを待って、ウェルナーは女性を示して言った。
「妻のレイチェルです」
一瞬の間のあとに。
えええっ!!
っという怒号のような叫び声が広間に響き渡った。




