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61・3先代国王妃

「ご機嫌よう、ユリウス。随分と醜くなったわね。王冠も玉座も錫杖も、何一つ似合っていない。見事よ」

 尼僧は凛とした声音で言った。


「先代国王の妃か。変わらずお美しい」

 そばの賓客が呟いた。彼は壮年だ。彼女を知っているらしい。

 ということは、彼女はクラウスの伯母。彼にフェルグラート家の爵位を継がせるよう働いた張本人だ。


 広間を見渡す。

 やはりクラウスが見当たらない。ウェルナーも。


「最終的にワイズナリーを殺した侍従。オズワルドたちに、莫大な報償金と身柄の安全を約束されて買収されたようね」

 元王妃殿下の言葉にざわめきが起きる。

 そういえば、ワイズナリーは晒し首にされたが、実行犯は斬首に失敗して頭が半分(!)だから見るに耐えないとの理由で、晒されていなかったらしい。


「彼を殺そうとして失敗したでしょう? わたくしが匿っているわ。さて」と彼女はまだそこにいたザバイオーネ夫人を見た。

「全て言ってしまいなさい。ワイズナリーは誰の指示で調査官たちを殺したのか」

「ユリウス国王!」

 夫人は叫んだ。

「馬鹿馬鹿しい!」とユリウス。「何一つ証拠などない。わしが指示したことも、ワイズナリーが指示したことも、ザバイオーネが手を下したことも」


「ノーマン・コックウェル。調査官の一人」と妃殿下。

「そいつがなんだ」とユリウス。

「証言しなさい」

 妃殿下の一歩後ろに控えていた老齢の男性が、前に出る。

 ユリウスと父は明らかにはっとした。


「二十年前、私コックウェルとヒンデミットはワイズナリー指揮下のザバイオーネとその部下に襲撃されました。剣で腹を突かれ、報告書を盗られ、身ぐるみ剥がされて川に捨てられた。その襲撃の際、ワイズナリーは恨むなら指示したユリウスを恨めと言いました」

 馬鹿馬鹿しい、とユリウス。

 コックウェルと名乗った男性は、感情を見せずに続けた。

「私は九死に一生を得ました。たまたま岸に流れ着き、その辺りを根城にしていた孤児たちが救ってくれたのです。怪我が癒え、再び動けるようになり町へ戻ったその日は」

 彼は一瞬目を瞑った。

「都中が喪に服していました。陛下が崩御された翌日でした。だから私は秘密裏に妃殿下にお会いした。三人の殿下たちに起きた真実を確実に明らかにするには、どうすることが最善か相談するために」


「よく考えた物語だ。まずはお前がコックウェル調査官だという証拠を見せてみよ」とユリウス。先ほど見せた動揺はきれいに消えている。

「そのようなものはありません」と男性。

「だけれど報告書はある」

 そう言った妃殿下は美しく微笑んだ。


 ふと気づくとそばにシンシアとアレンがいた。

「会えた?」

 と小声で尋ねるが、答えを聞くまでもない。彼女はとてつもなく不安な表情をしている。

「ゲームとの関係はどうなのかしら」とやはり不安そうなルクレツィア。

 こちらに話しかけながらも、目はジョナサンの背中に向けられている。


 そうだクラウディアは大丈夫だろうかと心配になり、彼女がいたところを見るけど姿はない。見回すとやや離れたところでジョナサン弟の手を握りしめていた。弟のほうが茫然としているようだ。


 それからブルーノとラルフが私たちのすぐ後ろに立っていた。いつ、こんなそばまで来たのだろう。二人はどちらも目が合うと、頼もしげな笑みを浮かべた。


「あ」

 シンシアの声に視線を戻すと、いつの間にかクラウスとウェルナーが妃殿下とコックウェル調査官を挟んで並んでいた。

 そしてクラウスが手にしていた紙束を妃殿下に渡す。

 彼女はそれを掲げた。

「報告書よ、ユリウス。ラムゼトゥール。あなたたちか欲しがったもの。二部あったの。ワイズナリーたちが奪ったものを見たことはあるかしら? 彼らはそれをあなたたちへの切り札にするために、渡さなかったのでしょう? この通り、表紙を含め全てのページに玉璽(ぎょくじ)の割印がある。それは二部の報告書を合わせて押したものよ」


 シンシアが蒼白になって小刻みに震えている。

「みんなで乗り切るのよ!」

 私は彼女の手を握った。

「そうよ、乗り切るの!」とルクレツィア。

「大丈夫」掛けられた声に目を向けるとアレンだった。「クラウスは大丈夫。シンシア殿も。あなたたちも」

 そう言って彼は私たちを順番に見た。それから

「な」

 と後ろを振り返る。

「もちろん」

 と答えたのはブルーノだった。

「あなたたちは守りますよ。我々も、彼も」

「でも! 彼のそばには誰もいない! あちらへ行って!」

 私の言葉にラルフが穏やかな笑みを浮かべる。

「心配ない。あちらには強者がいるから」


 ユリウスと王妃殿下の周囲がざわついている。


「客人の皆様」と齢六十近いはずの妃殿下が艶かしい声を張り上げた。「せっかくの歓迎会を台無しにして申し訳ないわ。どうぞ劇を観賞している気分でこの場をお楽しみ下さいな!」

 とんでもない貫禄だ。

「雌伏二十年。あの時のわたくしたちには、この悪党共と戦う準備が出来ていなかった。戦おうとした者はみな殺された! 殺された者たちの無念を晴らすためにみな、それぞれに臥薪嘗胆してこの日を待ちわびて来たのよ!」


 何人かの人が進み出て王妃殿下たちの後ろに並んだ。侍従長がいる。アイーシャも!

「あちらの杖のご老人は先代ヒンデミット男爵ですよ」とアレン。

 他にも見たことのある侍女や官吏がいる。

「ジュレール」と妃殿下。「二十年にわたる間諜の役目、ご苦労でした」

 彼は一歩を踏み出し深々と頭を下げる。


「茶番劇もいいところだ!」

 叫んだのは父だった。

「そんな報告書なぞいくらでも偽装できる。我々が調査官殺しを依頼した証拠もない。言いがかりもいいところだ」

「そうだ! それが本物だというのなら、もう一部あるというそれと照らし合わせてみせろ!」とユリウス。

 父がそうだそうだと追随する。


「分かりました」

 思わぬところから声が上がった。みんなの目が一斉にそちらを向く。

「とあるところに隠してあります。取って参りましょう」

 淡々と言ったのは、ジョナサンだった。


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