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61・1ひらめく紙

 クリズウィッドのエスコートで広間に入る。その後に続くのはジョナサンとルクレツィア。途端にざわめきが起きた。

 これで彼女が颯爽としていればかっこよかったのだけど、残念ながら顔は真っ赤だし目は泳いでいる。だけどいつものようにうつ向いてはいない。彼女も頑張っているのだ。


 友人知人見知らぬ人に挨拶をしながら進み、最奥の王族の席へ到着。今日は玉座以外にも雛壇が用意されて、一段高くなっている。

 ルクレツィアも着くと、ジョナサンは彼女の手にキスを落として王族の席から数步下がった。彼は穏やかな笑みを浮かべているが、ルクレツィアは完全に硬直している。息すらしてないように見える。


「ルクレツィア! 大丈夫?」

 小声で尋ねる。

「ダメ。幸せすぎて倒れそう!」

「踏んばるのよ! 倒れたら誰がジョナサンを守るの!」

「そうだったわ!」

 彼女は小さく深呼吸した。


「それにしても」私は彼女との間にある椅子を見た。「クラウディアはどうしたのかしら?」

 もうすぐ開会してしまう。まだ陛下は来ていないが、王太子夫妻は揃っている。


 と、彼女の顔が人波の中に見えた。良かった、と思ったのは束の間。彼女は満面の笑みのジョナサン弟にエスコートされている。

 となりでクリズウィッドが嘆息した。

「腹をくくったか。前途多難だぞ」


 二度目の出戻り中といえども王女のクラウディア。対して弟は無爵位だ。恋人ならば許されるだろうが正式に結婚となれば話は違う。


 弟は愛しい姫を席までエスコートすると、どう見ても儀礼ではない長いキスを彼女の手にした。


「お熱いな」とクリズウィッド。「お子さまに、公式行事の前にマーキングはやめろと注意しておけ」

 クラウディアは涼しい顔だ。

「しつけておくわ。あれで案外、私の言いなりだから」

「惚気はいらん!」


 ルクレツィアと顔を見合わせる。どうやらクラウディアは幸せらしい。良かった。だけど、

「マーキングって何?」

 とクラウディアに尋ねる。

「これよ」

 と彼女は左手を見せた。彼女にしてはシンプルな指輪がひとつ、はまっている。

「彼にもらったの。自分の恋人の印ね。あなたも好きな男に頼んでみたら?」

「クラウディア!」

 クリズウィッドから鋭い声が飛んできた。

「アンヌローザ、本気にしたらいけない。女性から言うものじゃないからな」


 頼もうにも、私の大好きな人はもういない。だけど言ったらお人好しは指輪をくれるのかな。文句をぶつぶつ言いながら、お店に連れて行ってくれたりして。


 そこで楽団の音楽が止み、代わりにラッパの音が鳴り響いた。陛下の登場だ。広間の中央に道ができ、男性女性それぞれの礼をとる。その中を、かつては美男だったと思われる面影を残したユリウスが悠然とやって来た。


 そっと広間を見渡す。シンシアは見えるところにいるけど、クラウスは見当たらない。ウェルナーも。いつの間にかブルーノとラルフが近い壁際に立っていた。腰に剣が下がっている。よく許可がおりたものだ。


 今日は広間に近衛第一師団が警備に入っている。腐っていても彼らは軍のエリートたちだ。正装した彼らの見栄えは麗しく、どちらかと言えば賓客に向けたアピール要員としてここにいる。とはいえ、彼らも当然帯剣している。


 どうかあれらの剣が抜かれることがありませんように、と祈る。


 再び楽団が音楽を奏で始めるが、音量は抑えめだ。

 典礼長が、賓客の名を呼び上げた。


 次々と名前が呼ばれ入場して来る諸外国の賓客たち。国内の招待客はすでに広間内に揃っているはずだ。


 こっそり確認したところ、出家した先代王妃は招待されておらず、彼女の実家の公爵家は欠席だった。クラウスを娘婿にと望んだはずのシュタルク宰相も欠席。なんだかモヤモヤする。王妃は仕方ないにしても、みんな勝手すぎないだろうか。


 やがてユリウスと父の挨拶も終わり、人々は思い思いに動き始めた。

 隙があったらルクレツィアとシンシアに主人公の謝罪と婚約解消の件を、クラウスには……何を言えばいいのかわからないけど、とにかく何かを伝えたい。

 そして何より、今晩をみんなで乗り切るのだ。



 ◇◇



 賓客たちと笑顔で会話してダンスを踊って。近くにいるルクレツィアとですら、私語をする暇がないまま、会は終盤を迎えていた。


 と、妙なものが目に入った。


 二度見する。男性だ。鼻から上を仮面で隠している。なんだろう。余興?

「殿下」

 すぐそばのクリズウィッドに声をかけたとき、その仮面男が持っていた紙を高く放り投げた。


 はらりはらりと白い紙が広間に舞う。人々は戸惑いざわめいた。

 私の足元にも一枚落ちてきた。拾って、見る。

「『借用書』?」

 隣から覗きこんだクリズウィッドが紙に書かれた文字を読み、すぐに息をのんだ。


 その紙は『借用書』だった。数年前の日付。そこそこの金額。貸し主はザバイオーネ。そして借り主は、オズワルド。サインだけでなく血判まである。


 そばの賓客が拾ったものを見せてもらう。そちらもほぼ内容は同じ。ただしこちらの借り主は兄だ。


「回収しろ! 早くっ!」

 その声の方を見るとオズワルドと兄が近衛兵をせかしながら、自分たちも必死に紙を拾っている。


 これは、どういうことだ? まさか愚かな放蕩息子たちはこの数えきれないほど大量の書類分、借金をしているの? 亡くなったザバイオーネに?


 さっきの仮面の男はと見ると、そこにまだいて、彼は一枚の紙を掲げた。

「オズワルドらの十年にわたる借金総額!」

 女性の声だ! 彼女は金額を読み上げた。そして

「一年の国家予算を越える金額だ! まだこれは一切返済されていない!」と叫んだ。


お読み下りありがとうございます。

本日23時にもアップがあります。

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