60・〔閑話〕王子と仲間たち
第二王子クリズウィッドの話です。
アンヌローザを待つ間、適当に廊下をぶらりとする。
彼女を手放すと腹は決めてあるが、気持ちの整理は出来ていない。先週の緊急舞踏会以降、ずっと悩んできた。
いや、違う。答えは出ていたが、決心出来なかった。だがもうタイムリミットだ。
それにしても、私との婚約解消を知った彼女の笑顔のなんと、自然なことか。悲しいけれどそれが真実だ。だから、これでいいのだ。
と、ジョナサンに会った。彼はルクレツィアを待っているという。せっかくの機会なので、聞きそびれていたことを聞いてやろう。
「ずばり聞くが、ルクレツィアをどうするつもりだ。公式行事で王女をエスコートして、後は知らぬふり、とはいかないぞ」
「そんなつもりはない」とジョナサン。
「なるほど。喜ばしいことだ」
以前ならそうではなかった。誰がお前なんかに可愛い妹をやるかと啖呵を切っただろう。
「僕に近寄って来るのは顔と爵位目当ての女の子ばかり。楽しく遊べるからそれで満足はしてたけどね。やはり辛い時に気持ちに寄り添ってくれる子のほうが何万倍も魅力的だ。僕はそんな素敵な彼女に幸せになってもらいたい。僕がそうしていいというのなら、全力で幸せにする」
ふむ。どうやらクラウディアやクラウスの言うとおりに、ルクレツィアは男を見る目があったのだ。
「だけど」とジョナサンは表情を陰らせ呟いた。「問題を片付けなければ身動きがとれない」
「問題とは?」
彼は口を閉じたまま私を見つめた。
あまりに長いので、どうしたのかと尋ねようとしたところで、
「殿下」
と呼び掛けられた。
「式典が終わったら、ご相談したいことがあります」
改まった口調に真剣な表情。
「終わったらでいいのか?」
ジョナサンはうなずいた。
わかったと答える。彼は静かに礼を言った。
そろそろアンヌローザたちの内緒話は終わっただろうかと、ジョナサンと連れだって廊下を歩いていると、クラウス、彼の従者アレン、ウェルナー、の三人が輪になって話しているのに出会った。みな表情が固い。
「何かあったのか?」
そう声をかけると、三対の目が私に向けられた。それからジョナサンへ。
「シンシアとはぐれたのだが、もしや」とクラウス。
「ああ、ルクレツィアとアンヌローザと三人で何やら話している」
私の言葉に三人の視線が動いた。おかしな緊張感がある。
「どこでだ?」
とクラウス。
「その先の部屋だ」
と廊下の角を示すと、アレンが素早く一礼してそちらへ向かった。
「何かあったのか?」
再び同じ質問をする。
「屋敷に義母方の従兄が来ているだろう?」
とクラウス。その話は聞いている。義母の実家である男爵家の次男だという。サロンで見かけたが、二十歳前後のそれなりの美男だ。
「そいつがシンシアと結婚するつもりでな。彼女は知らないが、こちらに来る前になぜエスコートが自分でなく従者なのだと一悶着あったんだ。ひとりでいるところを奴にみつかったら、また揉める」
なるほど。それで彼女とはぐれて心配になっていたのか。
だが。それにしては、やけに緊張感がありすぎる気がする。
それとも緊張感ではなくて苛立ちだろうか。アンヌローザが私の婚約者として公式行事に参列することへの。
ちらりと親友を見る。
彼はまだ何も知らない。アンヌローザがウェルナーを好きだという誤解も続いている。
ウェルナーは誤解を解いておかなかったことを後悔してはいるものの、かといって今更解くつもりはないらしい。
というよりも、その如何は私に委ねられているのだ。
私が口を閉ざしたままアンヌローザと結婚し、クラウスに異教徒の姫を押し付けたなら。ウェルナーは、いや、ウェルナーとジョナサンは私を卑怯者だと思うだろう。彼女の気持ちが誰へ向けられているのか、先週の舞踏会で明らかになったのだから。
「クリズウィッド」
とクラウスが、やはりどこか普段と違う声音で私の名を呼んだ。
「二十周年記念式典が始まるな」
アンヌローザのことを言われるのかと思った。予想外の話題に安堵しつつ、そうだなと答えた。
「私には平坦な二十年ではなかった」
クラウスの顔を見る。燭台に照らされた顔は表情がよくわからない。
「……父のせいで苦労をかけた」
「正直に話す。王宮に来るまで、彼らの子と親しくなるとは思っていなかった。お前も、ジョナサンも。だが今では気のおけない友人だと断言できる」
クラウスの隣でウェルナーがうなずいた。
ジョナサンと、ありがとうと声を揃える。私だって本来王になるはずだった男と気が合うなんて、予想だにしなかった。
「あれこれ言う輩もいるが、私たちの仲はこの先も変わらないと思っている」
またウェルナーがうなずいた。
「今日は様々な人間が集まる。不愉快な言葉を聞かせられることもあるだろう。だが私たちを信じて冷静であってくれ」
「……それは、何か具体的な危惧があるからか」
クラウスの言葉は不自然だ。そういう恐れがあるとしか思えない。
果たして、目前の二人はうなずいた。
広間から軽快な音楽が聞こえてきた。舞踏会がそろそろ始まる合図だ。
「私たちは先に行く。お前たちは女性陣をしっかりエスコートしてくれ」とクラウス。
「おい。具体的な話を……」
「時間だ、クリズウィッド。また後で」
彼らはきびすを返して広間へ向かった。
気になるが、今日は公式行事。遅れるわけにはいかない。
ジョナサンと顔を見合わせつつアンヌローザを迎えに行くため、彼らと逆方向に足を進めた。
舞踏会中にクラウスと話す時間をとれるだろうか。




