6・1率直な言葉
「なんだ? 今日はのっけからしょぼくれ顔か」
リヒターの揶揄を含んだ声に、なぜだかほっとする。
一週間ぶりの待ち合わせ。また彼の方が先に来ていた。がさつだけれど、いい奴だ。決して私が遅刻している訳ではない。むしろ早く来ているのだから。
挨拶代わりに無言でお腹にパンチを決めてやる。
「それで殴ってるつもりか? お嬢ちゃんよ」
「そうだよ。これで全力。……情けないね。私ってもっと大人だと思ってた。けど、何にも知らないし、ろくなパンチも決められない」
おいおい、とリヒターはため息を吐いた。
「俺の仕事は護衛だぞ。相談役までやんなきゃなんねえのか」
「……料金上乗せしたら、聞いてくれる?」
「聞かねえよ。めんどくせえ」
行くぞ、と歩き出すリヒター。
「で、初エスコートどうだった?」
リヒターの質問に、なんのことだっけとしばし考える。
そうだ。すっかり忘れていた。そんなこともあったな。
「うん。特に感想ないかな」
「ひでえな」呆れ声。「王子様、がっくりするぞ」
「ええ? そうだなあ。いつもどおり、優しかったかな」
かわいそうにと呟くリヒター。
「そうか、お前がガキすぎて、ときめく心を持ってねえのか」
「ひどいよ……って言いたいけど。子供なのは確かだしなあ」
はあぁっ、と深いため息が出る。
先日ルクレツィアから衝撃的な話を聞いて。それから今日まで、そのショックをうまく隠せていたんだけどな。なんだかリヒターの顔を見たら、急に力が抜けてしまった。
「うっとおしいなあ、ちくしょう」
「……ごめん」
そうか。うっとおしいか。
なんでだろう。私ってば勝手に、リヒターなら無理しなくて大丈夫って思っていた。そんなの困るよね。私たち、会うのはまだ三回目。ほぼ他人だ。
隣から大きなため息が聞こえた。
「わかった! 料金上乗せしろよ! で? 何をそんなに落ち込んでんだ」
足を止めて、リヒターの見えない顔を見上げる。
「……なんだよ」
「優しいね」
「金を払えって言ってんのに、優しいも何もねえだろ」
「そうか」
と私は笑う。
それでも、リヒターは優しいと思う。それともお人好しかな。だけどそれを言うと、彼はまた違うと言って言いあいが終わらなくなりそうだから、心の中だけに留めておく。
「あのね。私の父親は思っていた以上にろくでなしで、私は世間知らずのバカな令嬢だったって話」
「なんだよそりゃ」完全な呆れ声。「どう見たって、お前の父親は史上最低な宰相だし、お前は世間知らずのおかしな令嬢だぜ?」
嫌みのないストレートな言い方に、かえって安心する。不思議だな。




