60・2緊急会議
打ち合わせが終わったクリズウィッドと合流して数歩も歩かないうちに、
「アンヌローザ!」
とまたまた呼び掛けられた。今回は声だけでもわかる。ルクレツィアだ。
振り返ると美しく着飾った彼女とシンシアが早足でやってくる。表情が固い。
「お兄さま! 彼女とどうしても今、話さなければならないの」とルクレツィア。
クリズウィッドは妹と私の顔を見比べた。
「わかった。少しその辺りを歩いてこよう」
私は彼の目を見た。
「話しても?」
うなずくクリズウィッド。それから妹とシンシアを見た。
「彼女から聞いた件は、まだ人に話さないでほしい」
二人は不思議そうながらもうなずいた。
三人で手近な部屋に入る。
「どうしたの?」
と私が問いかけると、ルクレツィアとシンシアは視線を交わした。
「シンシアが緊急だそうよ。でもその前に、私も。ジョナサンにエスコートされることになったの」
まあ、と声を揃えるシンシアと私。ルクレツィアは不安そうだ。
「お兄さまのルートではないから大丈夫だろうけど。万が一の時は、私は彼を守るわ」
「わかったわ。頭に入れておく」とシンシアと私。「十分気を付けてね」
「シンシアは?」とルクレツィア。
彼女は吐息した。
「クラウスが消える理由の一つがわかったの」
ルクレツィアと二人、息を飲む。
「最初から、彼が当主でいるのは私が十七になるまでという約束だったのよ」
それがわかった発端は、彼女の母方の従兄が式典出席のためにやって来たことだそう。彼が当たり前のように自分がフェルグラート家の当主になったときの話をするので、シンシアは母親を問い詰めた。すると白状したらしい。
クラウスを新当主にとの先代王妃の意向は強く、また彼女の実家である公爵家からもそれを支持しする書簡が届いた。数少ない味方の貴族をこれ以上減らしたくなかったシンシアの父は、仕方なしにクラウスを還俗させて迎え入れた。
ただし、シンシアが十七になるまでという期限を彼に突きつけた。シンシアは十七になったら従兄と結婚をし、その従兄が新当主となる。
それを彼は了承して爵位を継いだ。
「それなら企みは関係ないの?」とルクレツィア。彼女も、毒殺事件もウェルナーたちの企みも、もう知っている。
「実は」シンシアの声が震えた。「今日やるかもしれないの」
「今日?」
ルクレツィアが聞き返し、シンシアはうなずいた。
「クラウスと三従者の様子がおかしいのよ」
「どうおかしいの?」
「それが」
と言ったシンシアは、私たちしかいないのに顔を寄せ声をひそめた。
「小間使いのニンナとブルーノが付き合っていたらしいの」
「「ええっ!!」」
急な話の転換と予想外のことにのけ反る。
「結構な年の差よね」とルクレツィア。
「親子並みよね」と私。
「二十五歳差なの。それでね、今日の朝イチで結婚したの」
「「ええっ!!」」
急展開に次ぐ急展開だ。
「……それは、おめでとう」と私。
ルクレツィアも続いた。
「それがね……」とシンシア。
続いた言葉に私たちはますます仰天した。まさかのおめでた婚とは!!
ただ。ニンナの話では、昨晩おめでたをブルーノに打ち明けてからは怒濤の急展開だったという。
ブルーノは即、クラウスとラルフに報告をし、三人はとにかく一刻も早く婚姻をと口を揃えたらしい。しかもブルーノとニンナ二人きりの夜を過ごせるようセッティング。お祝いと称してクラウスから豪華フルーツの差し入れとご祝儀。
日が明けて今日は、クラウス自らニンナの休暇を家令に掛け合い、四人で教会に赴いて式を挙げたという。
みなにこやかだけれど、どこか焦りがあるように見受けられたらしい。まるでのんびりしていると、結婚できなくなるような……。
「しかもダメ押し。この件はクラウスからみんなに知らせるから、それまでは口外してはいけないと言われたそうよ。私にもね!」
それは確実に怪しい。
「一方でアレンはずっと私から離れないの。まるで監視しているたみたいに。今も、お手洗いと言ってまいてきたのよ」
私たち悪役令嬢三人はお互いに顔を見合わせた。
だけど。
「でもおかしくないかしら」とルクレツィア。「もちろん公爵の毒殺事件もウェルナーのご父君の件も唾棄すべき犯罪よ。だけどあの二人が、こんな日にわざわざ何かを仕組むかしら」
私もうなずく。
「諸国からの賓客を味方につけたいのだとしても、違和感があるわ」
私たちがそう言うと、シンシアは表情を変えた。泣き出しそうに見える。
「……隠していたけれど、犯人を告発したい事件はもう一つあるの」とシンシア。「クラウスが修道院に入ったきっかけの火事。失火扱いにされているけれど」
彼女は息をついた。
「賊に襲撃されたの。彼の『家族』全員惨殺されて、その痕跡を消すために放火されたのよ」




