59・2質問
私が座るとクリズウィッドも隣に腰をおろした。
お互いに体をななめにして向かい会う。窓から入る夕方の橙色の光が彼の顔を照らしている。その光のせいなのか、よく知っているはずのクリズウィッドの顔が、初めて見る顔のようだ。
「アンヌローザ」
声にも強ばりがある。
「私の質問に正直に答えてほしい」
いつもと違う雰囲気に、わかりましたと丁寧に答える。
「君は好きな男がいるね」
はい、とうなずく。
「ルクレツィアに聞いたが、庶民の男らしいね」
再び、はいとうなずく。
「お忍びで町歩きを楽しんでいるときに助けてもらった」
三度、はいとうなずく。
「私に話したルクレツィアを怒らないでくれ。無理に聞き出したんだ」
「もちろん怒りません。私たちは親友だけど、あなた方は仲の良い兄妹ですもの」
「……君のそういうところが好きだよ」
にこりとするクリズウィッド。ようやく見慣れた表情になった。ありがとうと笑顔で返す。
「その男とはこの先も会うのかい?」
「いいえ。彼は都を出ました。どこへ行ったかも知りません」
ちょっとだけ声が震えてしまった。クリズウィッドは気づいただろうか。
「……そうか」
彼は息をついて、目を反らした。
「その、……彼とは恋人関係だったか?」
「いいえ。ただの……」
ただの、なんだろう。雇用主と護衛? 知り合い? 友達? どれも違う気がする。
「……週に一度、孤児院に遊びに行くことが私の大事な気晴らしだったのです。その道中が危ないからと同行してくれていました。それだけです」
クリズウィッドはなるほどと言って目をつぶった。
急に不安に教われた。クリズウィッドは、本質は優しい人だ。間違いない。
だけど今日の彼はなんだか変だ。
ブルーノと二人きりで部屋にいたときのように、また、怒り出すかもしれない。リヒターを探し出して責めるかもしれない。
ルクレツィアの言った『一番剣を持ち出しそうなのはお兄さまなの』との言葉が思い出された。
「本当にそれだけです。私は彼が好きだけど、彼はずっと……」鼻の奥がツンとした。「悩んでいた私に、もっとあなたのことを考えてやれと、助言してくれていました。あなたは庶民の間でも評判の良い人だから、私は幸せになれるって励ましてくれて、だから……」
今度ははっきりと声が震えた。
「彼を怒らないで」
クリズウィッドは目を開いた。
優しい表情だった。
「そんなに怯えないでくれ。確かに僕はこの一年、狭量だった。君が怯えるのは僕自身のせいだ。だけどもう、おしまいにする」
彼は膝の上の私の手を取って、握りしめた。
「アンヌローザ。婚約は解消する」




