59・〔閑話〕元修道騎士たちの夜
元修道騎士ブルーノのお話です。
限界まで見開かれた四つのまなこが俺に向けられている。それからとなりのニンナにうつり、また俺に戻ってきた。
緊急の報告があると召集をかけて集まった若き主人の書斎。何事かと険しい表情でやって来た主人とラルフは、俺の他にニンナがいることに揃って首をかしげた。
そこで報告をしたらば。二人のまなこは、そんな風になってしまった。
「何やってんだ!」
先に正気に戻ったのはラルフだった。
「親子並みの年の差だぞ!」
うむとうなずく。
「二十五歳差だ」
ラルフは頭を抱えた。
「ニンナの父親に殺されるぞ!」
「ちょっと待て!」と主人。「彼女の父親って年は……」
「三十九だそうだ」
彼の顔が蒼白になる。
「お前より年下か!」
ラルフがうめき声を上げた。
「なんて詫びればいいんだ!」と主人。
「「赤ん坊だなんて!」」
声を揃えた二人が、今度はニンナの腹を見る。彼女は真っ赤になってうつむいている。
さすがに気恥ずかしさが募った。
「いや、まさかこの年で子供が出来るとは思わなかった」
「違うだろう!」とラルフ。「色々順番が! 色々順番! ここまであんたが緩いやつだとは思わなかった!」
主人がラルフを見る。
「お前、二人のことに気づかなかったのか! 同室だろ!?」
「そりゃラルフがいないときに……」
うわあ、と叫んでラルフが耳をふさぐ。
「ニンナ、すまん」と主人。「まだ若い君に取り返しのつかないことを……」
ニンナは赤い顔を上げた。
「違うんです」
違う?と目前の二人は阿呆のように揃って首をかしげる。
「私がブルーノさんを襲ったんです!」
二人は同時にまばたきをして、それから俺を見て、一緒に
「「えっ!!」」
と叫んでのけ反った。なんでずっとシンクロしているのだろう。こんな時になんだが、面白すぎる。新しい芝居を見ているみたいだ。
「ブルーノさんにはずっとシンシア様とアレンのことで相談に乗ってもらっていて。それで私が彼を好きになっちゃったんです!」
「えっ! こんな中年を!?」とラルフ。
「三十年修道騎士しかしてこなかったマルコを!?」と主人。
主人、間違えているぞ。ブルーノだ。余程混乱しているらしい。
「ブルーノさんには何十回もフラレました。でも諦められなくて」
可愛いニンナの頭を撫でると、彼女は俺を見上げてにっこりとした。
何十回……と二人が呟く。
そりゃそうだ。俺とて常識も理性もある。感情で突っ走るような年齢でもない。
「だから脅して襲って無理やり恋人にしてもらったんです。ブルーノさんは何も悪くありません」
そんなことはない。最後の最後で俺は可愛い彼女を突き放せなかった。
「……良かった、真剣なのか」と主人。
「てっきり乱心の末かと思った」とラルフ。
「俺がそんなに信頼できないのか」
俺の言葉に二人は目を泳がせた。
「いやだって……」とラルフ。
「二十五歳差だぞ……」と主人。
「「だまくらかしたと思うよな」」
また二人で声を揃えてうなずきあっている。
と、主人がはっとして、窓を振り返る。外は夜の闇だ。
「今日はもう無理か」と主人。
「そうか! あんた、教会は押さえてあるのか?」とラルフ。
「いや、まだだ」
「何やってんだ!」とラルフ。
「俺も赤ん坊が出来たとさっき聞いたんだ」
な、とニンナを見る。もちろんその場で求婚した。彼女を未婚の母にする訳にはいかない。
「なら明日朝イチで教会に駆け込むか」と主人。うなずくラルフ。
「あの……?」
ニンナが戸惑い顔で主人を見る。
「ニンナ」と俺は彼女の手を握った。「俺は公爵の護衛としてここにいる。いつ何があるかわからん。万が一に備えて一刻も早く夫婦にならないといけない。君とお腹の子供のために」
彼女は主人を見た。
「だけど明日はレセプションです。お忙しいですよね」
「なに、そのくらいの時間はある。明日は悪いが私たちだけで教会に行こう。とにかく婚姻証明書をもらわないといけない。式典が終わったら、ご家族たちが参列する挙式をしよう」
主人の言葉に俺とラルフがうなずく。
「そんな急がなくても」
とニンナは困惑している。
「しばらく式典で忙しくなるからな」と主人。
「そうそう。明日の朝ならまだヒマだ」とラルフ。
「君に、やっぱりこんな中年は嫌だと言われる前に夫婦になりたい」
自分のゴツい手の中に、柔らかい手。
「本当は還俗してから、家族を持つことに憧れていた。明日、一緒に教会へ行ってほしい」
ニンナはこくりとうなずいた。
「……ついに本物の父親になるのか」
ラルフの声に振り返る。なぜだか奴のほうが感慨深そうだ。
「お前もなったら?」
「いや、俺は神に操を立てている」
「だが赤ん坊は抱っこしたいな」と主人。
「そうだな」とラルフ。「顔を見てから……」




