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57・〔閑話〕姉の矜持

第二王女クラウディアの話です。

 雲でも踏んでいるかのような足取りで去っていくアンヌローザ。長椅子の二人を見れば心配そうな表情で親友の背中を見つめている。


 今がタイミングだ。


 長椅子の元へ行きルクレツィアのとなりに座る。みんなの視線が私に向く。

「ここからは女子の時間よ」

 その宣言にウェルナーとジョナサンは素直に頷いて二人並んで去っていった。


 フィリップは逆に寄ってきて私の手を取った。眉間にシワが寄っている。

「他の男と踊らないと約束するなら」

「分かったわよ」

「それから俺に本気になるなら、離れて……」

「なるから! 今夜だけだけどね」

 はあっ、と盛大なため息をついてフィリップは渋々と去った。


 これで長椅子には三人きり。シンシア。ルクレツィア。私。

「愛されているわね、お姉さま」と可愛い妹が言う。

「違うわよ。復讐だもの。全くうっとおしい」


 ジョナサンもフィリップも、もうどこぞのご令嬢に声を掛けられている。侯爵家のイケメン兄弟だから仕方ない。


 だけど今日のジョナサンはいつものように女の子たちを侍らせず、ずっとルクレツィアのそばにいた。彼が言う『問題』が何かは分からないけれど、解決したら求婚してくれるのではないだろうか。

 むしろこれだけ思わせ振りな態度をしておきながらルクレツィアをふったら、二度と女の子たちと遊べないようにしてしまおう。


 それよりも今は、嘘臭い笑顔で必死に上辺を取り繕っているアンヌローザが心配だ。

「彼女はどうしたの?」

 と二人に尋ねる。だけど二人とも首を横に振った。

「何も聞いてないの」とルクレツィア。

「今日会って驚いたんです」とシンシア。


 そうか。この夜会の最中に、原因を問いただす時間はなかっただろう。

「お兄さまがやらかした訳ではなさそうだし」

 ルクレツィアの言葉にうなずく。

「しゅ……、ゴトレーシュのご令嬢とは和やかに挨拶をしていたって友人たちが教えてくれました」とシンシア。

「ここ何日か塞ぎこんでいるらしいわ。ラムゼトゥール公爵夫人から聞いてきたの」

「さすがお姉さま!」

「当たり前!」


 胸を張って、だけどそれからため息をついた。

「となると庶民の男と何かあったのかしら」

 二人は顔を見合せてから表情を曇らせて、多分、と声を揃えた。


「実は」とシンシアが遠慮がちに切り出した。「結婚する覚悟は決めたけど、その前にリヒターさんに気持ちは伝えるって話していたんです。アンヌ」

「そうなの?」とルクレツィア。

「ええ。あなたに打ち明けていいものか悩むと言っていたわ」

「そうね。ルクレツィアや私には言いづらいことね。でもそれなら、告白したら思いの外キツイふられ方をしてしまったのかしら」


「月曜日に集まる予定なの。きっとその時に話してくれると思うわ」

 ルクレツィアの言葉に、シンシアもうなずく。

「そう。明後日ね。それならおとなしく待ちましょう」

 浮かない顔ながらうなずく二人。


「ところでシンシア。ご存知かしら。クラウスが結婚させられそうなこと」

「えっ!」

 ちらりと後方に目をやるとアレンと目があった。

「異教徒の国の姫君が和平のために来るの。王族の妻か側室に、との希望だそうよ。だけど適齢期の王族はクリズウィッドとクラウスだけ」

 シンシアの顔が蒼白になる。

「あんまりだわ! 散々クラウスの人生をめちゃくちゃにしておきながら、まだ彼を踏みにじるの!」

 その口調は激しく、思わず瞬いた。ルクレツィアも驚いて目を見開いている。近くにいた貴族たちも振り向いている。


 そのことに気付いたのだろう、シンシアは目を伏せた。

「ごめんなさい、でも、彼の気持ちも汲んであげてほしいの」

 ルクレツィアがそっと彼女の手を握りしめた。

「クラウスは拒否をしているし、クリズウィッドも何か良い案がないか考えているわ」


 シンシアが目を上げて私を見た。訴えかけるような目だ。

「アンヌは」

 彼女の声が震えている。

「ウェルナー様のファンです。彼の声が大好きで……。だけど、彼と踊ることを喜ばなかったわ!」


 今度はルクレツィアが目を伏せた。


 シンシアの言う通りだ。

 クリズウィッドが『誰かアンヌと踊ってくれ』と言ったとき。クラウスはウェルナーにその権利を譲った。

 それを聞いたアンヌが傷ついた表情をしたのだ。彼は気がつかなかっただろう。今日の彼は彼女からずっと目を反らしている。



「私、不安だわ」とルクレツィア。「バッドエンドが起こらないか」

「バッドエンドってなに?」

 聞きなれない言葉だ。ルクレツィアが目を上げた。そしてアレンを見た。


「外してちょうだい」

 彼女らしからぬ強い口調。

「お願いよ」とシンシアが言い添える。

 アレンは一礼して離れて行った。

 周りに人がいなくなる。


「信じがたい話だけど、アンヌ、シンシア、私は黒風邪で死にかけたときに未来を見たの」

 低く押さえられた声。ルクレツィアは真剣な表情だ。シンシアも同じ顔をしてうなずく。

「私たちが見た未来は一緒よ。このままだとアンヌと私は刺し違えて死ぬの」

「恐らく来週のレセプション舞踏会で」シンシアが言い添える。

 二人の顔を見比べる。本気のようだ。

「私たち三人で、そうならない未来にしようと頑張ってきたの」

「だからだいぶ夢と現実は変わりました」

「だけど変わってないこともあるの。だからどうなるか、全く読めないの」


 確かににわかに信じられる話ではない。だけど二人は真剣そのもので、レセプションは一週間後だ。真偽がどうのと論争している時間はない。


「原因は?」そう尋ねると、二人は周りに視線を走らせてそばに人がいないことを確認した。そしてルクレツィアが、

「公爵の取り合いよ」

 と答えた。

 予想外のことに瞬きをする。

「……それなら大丈夫ではないの? 少なくともあなたはジョナサンが好きじゃない」

 ところが二人揃って首を横に振る。

「それがそうもいかないの。夢と全く同じ通りに起こるわけじゃないし、勝手にそんな状況になってしまうこともあるの」とルクレツィア。

「どちらかというと、アンヌがキーパーソンなんです」とシンシア。「ルクレツィアはあまり問題なくここまで来れたけれど、彼女はかなり厳しい状況です」


「私、さっきのアンヌを見て怖くなったの」 ルクレツィアの目に涙が浮かんでいる。「お兄さまたちがアンヌを巡って剣を持ち出すのではないかしら」

「クラウスはないわ」すかさずシンシアが応じた。「刺し違えのことは以前話したし、それがレセプションだとも、今日話したの」

 そうなの?とルクレツィア。

「あの人は絶対にアンヌを危険な目に合わせない。散々大事な人たちを亡くしてきたのよ。信じる信じないは別にして、万が一に備えてブルーノとラルフをなるたけあなたたち二人の近くに待機させるそうよ」

「心強いわ!」とルクレツィア。「それなら問題はお兄さまね。さっきのアンヌの反応はショックだったに違いないわ」

 まだ涙の浮かんだ目が私を見る。

「そうね」


 先日クリズウィッドはひどく打ちのめされていた。彼がクラウスの気持ちを知った上で姑息な対応をしていたことを、本人が気づいていたという。

 挙げ句にアンヌがクラウスに惹かれかかっているのでは。

 今の彼のメンタルはボロボロだろう。

 幾らなんでも刃傷沙汰を起こすとは思えないけれど、万が一ということもある。


「クリズウィッドは私が様子を見るわ。当日シンシアはクラウスがエスコートよね?」

 シンシアの顔に戸惑いが浮かぶ。

「それが忙しいからとアレンなんです」

「公式行事なのに?」

 ルクレツィアの言葉にシンシアがうなずく。

「ちょっと不安ね」とルクレツィア。

「だけど確かにクラウスは忙しいかもしれないわ。陛下は彼が自分の駒だと諸国にみせつけたいのよ。正統な王の証としてね」

 私の言葉にシンシアが不愉快そうな顔をした。


「ルクレツィアはジョナサンにエスコートを頼みましょう。彼は近衛だもの。万が一のとき役に立つはずよ」

 だけど彼女は首を横に振った。

「だめよ、お姉さま。彼を危険から遠ざけておきたいの」

「……わかったわ。それじゃあ」


 言いかけたところでこちらに来る人影が目に入った。式典出席のために来ている外国の賓客だ。


 ルクレツィアの膝をつつき注意を促して、私は笑顔を浮かべる。


 密談はとりあえずここまでだ。

 とにかくみんなの姉として、出来ることを考えよう。





◇お礼とおわび◇


お読み下さり、ありがとうございます。

昨日の更新から沢山のご反応をいただいてます。

ご感想を下さった皆様、ありがとうございました。

ブックマーク、評価して下さった皆様もありがとうございます。

また、アクセス数がとんでもなく増えています。

本当に本当に嬉しいのですが、反面、小心者なので戸惑ってもいます。


明日のアップ部分までが今回の山場で、その後はまたラブ度が減ります。

クラウスは!?リヒターは!?となると思います。申し訳ないです。

もちろん、いずれ出て来ますので、どうかのんびりお待ち下さい。


8/24(土)・・・閑話と本編のアップで一段落

8/25(日)・・・閑話2編(コメディ調)で箸休め

8/26(月)・・・本編再開


どうぞよろしくお願いします。

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