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57・2肖像の間

「……まさかまた一人で抜け出して来たのか」とクラウス。

「だって疲れてしまったの。あなたこそ忙しいのではないの?」

「疲れたんだ」

 彼はそう言うと長椅子の端に寄った。私は反対側の端に座る。どうやら今日は広間に戻れとは言わないらしい。


 遠くから楽団が奏でる音楽が聞こえてくる。


「対策はできているのか?」

 クラウスの質問に首をかしげた。

「何の?」

「私が破滅に導くのだろう?」

「……そうね」

 忘れていた。というか、ここのところ、それどころではなかった。リヒターのことで頭がいっぱいだから。


 いやだ、泣きそう。


「大丈夫、なんとかする」

 週明けには第二回悪役令嬢の集い(再)を開催する。最後の対策会議だ。

「そういえばシンシアから聞いたの。あなたにも何か心当たりがあるって」


 月明かりに照らされたクラウスの横顔を見る。こんな乏しい光の中で見ても綺麗な輪郭をしている。さすが攻略対象。


「……いや、何のことだかわからない」

「そうなの?」

 シンシアの勘違いなのだろうか。

 あと他に、本人に聞いてと言われたことはなんだったっけ?

「それから『魔法の言葉』」

「なんだそれは?」

「それを言うとあなたは一発で動いてくれるって、シンシアが」

「……思い当たるものはないが」

「おかしいわね。彼女は自信満々だったのだけど。どれもあなたに聞いてね、って言われたの」

 となりからため息が聞こえた。

「あともうひとつ」

「なんだ?」

「本命はいるの?」

「……」

 長い沈黙。これこそが答えではないか。


 しばらく経ってから、

「ノーコメント」とクラウスは言った。

 こんな人の心を射止めるご令嬢は、どんな人なのだろう。


 これで本人に聞いてと言われたことは全部かな。あとは。


「ねえ、公爵。私、破滅するのは嫌よ。だけどあなたに会えて楽しかったわ。殿下とのことも沢山フォローしてもらったし、とても感謝しているの。万が一のことがあっても気にしないでね」


 クラウスがこちらを見た。

「……お人好し」

「あなたもね」

 私の大好きな人にちょこっと似ているクラウスを嫌えるはずがない。


 そうか。以前は好みのタイプは穏やかで知的で紳士で優しい人だと自認していたけれど、これから尋ねられることがあったら、優しいお人好しと答えよう。いつの日にかリヒターの耳に届くことがあるかもしれない。


 広間からの音楽が聞こえる。


 すっと目の前に手を差し出された。

「アンヌローザ。私と踊ってもらえないか」

 その絹の手袋で覆われた手に自分のそれを重ねた。

「ええ」


 立ち上がり微かに聞こえる音楽に合わせて足を踏み出す。彼の肩を見ながら狭い室内を彫刻や椅子を避けて踊る。

 クラウスはリードがすっかり上手くなっている。本当に努力家だ。つい一年前まで修道士だったとは思えない。

 彼の上達に力を貸したなんて、誇らしいことだよね。


 ふと、聴こえているのが短調のワルツだと気付いた。なんだかまるで破滅に向かって踊っているようだ。


 もっと陽気な曲で、と言おうとしたその時に扉が開いた。慌ててクラウスから離れる。

「ブルーノ」とクラウスが呼びかけ、その名にほっとする。

「彼女を広間まで送ってくれ」

 クラウスを見上げた。

「私は用を済ませてくる」

 彼は私を見て、それじゃ、と一言を残して足早に部屋を出て行った。


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